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5話:未来の勇者と紫電の神罰

ガルザス領の開拓を始めて数週間。アルスの

『鑑定』と『アイテムボックス』、そしてルミナスの『雷属性』が噛み合った陣地は、もはや「簡易的な砦」と呼べるレベルにまで発展していた。アルスがアイテムボックスから出した冷えたハーブティーを飲みながら、ルミナスが防壁の微調整を行っていた、その時である。


ゴゴゴゴゴ……と、大地の奥底から響くような不気味な震動が、二人の足元を揺らした。


「……ルミナス、作業を止めてくれ。かなり大きい魔力反応がこっちに向かってきてる」


アルスが作業の手を止め、琥珀色の瞳を険しく細めた。彼の『鑑定』スキルが、数キロ先にある「圧倒的な質量」と、それを必死に遮ろうとする「乱れた魔力」を捉えていた。


「魔物の大移動スタンピードかしら?」


「いや、それだけじゃない。魔物に追われて、こっちに逃げ込んできている『人間』がいる。それも、かなりの速度だ」


不毛の地であるはずのガルザス領に、予期せぬ来訪者が近づきつつあった。


荒野の地平線から、もうもうと立ち込める砂煙。その先頭を、ボロボロの鎧や引き裂かれたローブを身に纏った数人の男女が、必死の形相で走っていた。

彼らは王都から遠征してきた、若き冒険者パーティーだった。


「はぁ、はぁ……クソッ! なんでこんな辺境に、あんなバケモノがいるんだよ……!」


大剣を背負った少年――カイルは、肺が焼け付くような痛みに耐えながら、仲間を鼓舞し続けていた。まだ17歳の駆け出しでありながら、その瞳には強い意志が宿っている。彼こそが、後に世界を救うことになる「未来の勇者」だった。しかし、今の彼らは、ただ圧倒的な捕食者に追われるだけの無力な存在に過ぎなかった。


「カイル、前方に何か見えるわ! ……あれは、砦!?」


魔術師の少女が叫ぶ。カイルの視界に、荒野にはおよそ不釣り合いな、紫色の結晶が混ざった頑丈な石壁が飛び込んできた。


「人がいる!? おい、逃げろ! 早くそこから逃げろッ!!」


カイルは声を枯らして叫んだ。砦の前に男女の影が見えたからだ。巻き込むわけにはいかない。自分たちが引き連れてしまった「絶望」は、あまりにも巨大すぎた。


カイルたちの背後から、さらに凄まじい地響きが轟く。


現れたのは、巨木をも容易くへし折る巨体を誇る、Aランクの魔物グラトニー・ボアの群れ。その数、およそ数十頭。狂暴化した巨大な牙が、土砂を巻き上げながら迫っていた。赤黒い目を血走らせ、すべてを喰らい尽くさんとするその勢いは、一国の騎士団すら壊滅させかねないものだった。


「あいつら、もう限界だな。ルミナス、どうする?」


アルスは迫り来る脅威を冷静に『鑑定』しながら、隣の幼馴染に声をかけた。


「決まっているわ、アルス。私たちの家を、あの不潔な足で踏み荒らさせるわけにはいかないもの」

ルミナスは長い銀髪を風に揺らしながら、静かに一歩前に出た。


「おい、何を突っ立ってるんだ! 死にたいのか!」


カイルは叫びながら、ついにルミナスたちのいる場所にたどり着き、その場に膝から崩れ落ちた。限界だった。仲間の魔術師も戦士も、一歩も動けないほど消耗している。


カイルは息を荒くしながら、目の前に立つ綺麗な少女――ルミナスを見上げた。


およそ戦場には似つかわしくない、仕立ての良い(しかし少し汚れた)ドレスを着た令嬢。そんな彼女が、凶暴な魔物の群れを前にして、眉一つ動かさずに佇んでいる。


「下がっていなさい、冒険者。ここはもう、私の領地よ」


ルミナスは優しく、しかし絶対的な拒絶を込めてカイルたちに告げた。


「バカ言え、あれはAランクの群れだぞ……! 早く逃げないと、一瞬で踏み潰される……!」


カイルの必死の制止をよそに、ルミナスは細い右手をゆっくりと天へ掲げた。


「ルミナス、全開でいっていいぞ。後ろは俺が完全に守る」


アルスがルミナスの背後に回り、虚空に両手を広げた。


「『アイテムボックス』――展開ディプロイ

空間がぐにゃりと歪み、ルミナスの背後一帯を覆うように、透明な空間の障壁が形成される。アルスの『アイテムボックス』は、物質を収納するだけでなく、その「収納の入り口」を盾として展開することで、あらゆる物理的・魔術的衝撃を異空間へ吸い込む絶対防御の障壁としても機能するのだ。


「ありがとう、アルス。あなたがいるから、私は何も恐れずに撃てるわ」


ルミナスの胸の奥から、王都でずっと抑圧されてきた莫大な魔力が溢れ出し始める。


ジジ……パチッ……。


静寂だった荒野の大気に、紫色の火花が散り始めた。


「な、なんだこの魔力は……!?」


地面に倒れ伏していたカイルは、肌を刺すような圧倒的なプレッシャーに息を呑んだ。


少女の身体から立ち上る、見たこともない紫色の電撃。それが大気を震わせ、周囲の空気を一瞬で一変させていく。あまりの魔力密度に、空気そのものがオゾンの匂いへと変わっていく。


王都の愚者たちは、彼女のこの力を「不吉な天災」と呼んで蔑み、恐れた。


だが、その本質は違う。彼女の雷は、理不尽な暴力を一瞬で無に帰す、圧倒的な神罰の光。


「消えなさい、貪欲な獣たち」


ルミナスの瞳が、完全に美しい紫色へと染まる。

直後、雲一つなかったガルザスの青空に、急速にどす黒い暗雲が立ち込め、荒野全体が夜のような暗闇に包まれた。バリバリと鼓膜を破らんばかりの放電音が、世界の終わりを告げるかのように鳴り響く。


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