17話:烏合の衆、紫電の前に平伏す
「くっ、怯むな! 突撃せよ! 辺境の不届き者どもに
王国の威光を知らしめるのだ!」
総督府の謁見の間。勇者カイルと仕立て屋キルト、
そしてルミナスの放つ圧倒的なプレッシャーに
圧されながらも、聖騎士長バルド・レインストは
己のプライドを保つために絶叫した。
王都で神童と称えられ、無敗のまま聖騎士長に
上り詰めた彼にとって、辺境の有象無象に気後れするなどあってはならない屈辱だった。
バルドの怒号に弾かれたように、背後に控えていた
「第一近衛・聖騎士団」の精鋭十数名が一斉に
聖剣を抜いた。
白銀の鎧がガチりと音を立て、一糸乱れぬ動きで
ルミナスたちへ向かって一歩を踏み出す。
だが、騎士たちがその一歩を踏み切るよりも早く、
空間に「パチン!」と硬質な音が響いた。
「動くなよ。これ以上進んだら、君たちの頭部が
床に転がることになる」
キルトがふわりと両手を広げ、ピアノを弾くように
十指をわずかに動かす。その瞬間、突撃しようとした騎士たちの動きが完全に静止した。
「な……身体が、動かん……!?」
先頭の騎士が恐怖に目を見開く。
彼らの喉元、手首、足首、そして鎧の継ぎ目に、
肉眼では捉えることすら不可能なほど極細の魔蜘蛛の糸―キルトの放った『鋼糸』が、すでに幾重にも
巻き付いていたのだ。
ほんの少しでも身じろぎすれば、その鋭利な糸が
容易く肉を断ち切る。
キルトの超神速の糸遣いの前では、王国が誇る
最高峰の重装甲など、ただの肉の缶詰に
過ぎなかった。
「貴様、聖騎士たる我らに向かってこのような
無礼が許されると……! 離せ、離さんか!」
バルドは自身の首筋に触れる冷たい糸の感触に顔を
引きつらせながらも、なおも傲慢に怒鳴り散らした。
人質に取られた部下たちの命よりも、自分の面首が
傷つくことを恐れるその醜態。
「おいおい、お仲間が人質に取られてるっていうのに、よく喋る口だな。少し頭を冷やせよ」
アルスが呆れたように溜め息をつくと、誰もいない
虚空に向かって右手を無造作に突き出した。
「『アイテムボックス』――開放」
バルドの頭上の空間がぐにゃりと歪み、漆黒の
亀裂が現れる。
そこからドサリと落ちてきたのは、かつて荒野で
仕留めた、家一軒ほどもある巨大な原生魔物の
「頭骨の塊」だった。
「うおっ!? ど、どけぇ!」
間一髪でバルドが後ろへ転がり込む。
凄まじい質量が床に激突し、大理石が砕け散る
大轟音が響いた。
空間から突如として巨大な質量が降ってくる理不尽。
バルドの顔からは、先ほどまでの余裕が完全に
消え失せていた。
「ひ、ひぃ……!」
床に這いつくばったバルドの前に、のっそりと
巨大な影が立ちはだかった。
愛用の大剣を無造作に肩に担ぎ、冷酷な眼光で
バルドを見下ろす少年――勇者カイルである。
「あんたさ、さっきルミナスさんを
『不吉な魔女』って言ったよな。
耳が腐るような不快な言葉だったぜ」
カイルの一歩とともに、部屋全体の空気が物理的な
重さを伴って沈み込んだ。
それは、ルミナリアの過酷な防衛戦を最前線で
戦い抜き、無数の凶悪な魔物を屠ってきた者だけが
放つ「本物の闘気」――後に世界を救うことになる勇者の威圧だった。
王都の温室で育ち、実戦経験の乏しいバルドに
とって、その風圧はまるで巨大な魔王の前に
引きずり出されたかのような錯覚を抱かせるもの
だった。
バルドの膝が、恐怖のあまりガタガタと震え始める。
「もういいわ、みんな。下がっていて」
鈴を転がすような、しかし凛とした涼やかな声が
謁見の間に響き渡る。
カイルとキルトが瞬時に気配を消し、主への道を譲るように左右へ下がった。
ルミナス・アルートスが、
静かに椅子から立ち上がる。
その瞬間、彼女の全身から溢れ出た紫色の雷光が、
総督府の建物を内側から激しく震わせた。
窓の外の空は完全に漆黒の暗雲に覆われ、
昼間であるはずのルミナリアは、一瞬にして夜のような深い闇に包まれる。
「バルド様。お父様や王家に、私の言葉をそのまま
伝えなさい」
ルミナスが静かに右手を天に掲げると、
彼女の編み込まれた銀髪が、溢れる魔力によって
美しく逆立った。
その瞳は、深淵なる紫色の雷光そのものへと
染まっている。
「私は、あの冷たい伯爵家も、私を害そうとするこの国も、もうどうでもいいの。恨む価値すらないわ」




