拓海、家族の闇に悩む
秋の社交シーズンで王都に行く前にできることはしておかないと……。
西側領地サレルノは、兄上の出資の元、ハーディング領の職人と魔道具をフル稼働して、住宅と工場が建てられている。綿花や亜麻畑、カイコ飼育用の桑の木、ついでに果樹園や薬草園。俺の希望を叶える形で羊の牧場。栄養を考えて鶏小屋も作る。
あとは、綿花や亜麻の収穫、カイコの繭と材料が揃い、工場で作業ができるようになってからだ。
領都クレモナは代官であるクラークを中心に猛スピードで整えられている。空き店舗は埋まりつつあるし、街道の石畳が痛んでいる箇所は直した。街路樹も植え、メインストリートに面した店舗は花を飾ることを課している。
噴水広場にもベンチを多く配して、子どもやお年寄りが安心して過ごせるよう、騎士の見回りを開始した。
そろそろ、南側領地から荷馬車で採れたて野菜を積んでくる人たち用の市場を開いてもいいのでは? 採れたて新鮮の野菜を安価で手に入れられるし、売れ残りは孤児院や西側領地サレルノで引き取ってもいい。
ああ……俺、頑張ったなぁ。
まだまだ、やらなきゃいけないことは山積みだけど、セシル君の中で目覚めて半年強の間で、よくやったと思うよ、俺。
家族の問題も、シャーロットちゃんとは少しずつ歩み寄って、改めて親子関係を築いている。シャーロットちゃんが本当にいい子でかわいいから許されたセシル君の所業は、実は俺が一番許していない。
くっそ! セシル君もヒドイ目に遭っているけれど、子どもに罪はねぇーんだよっ。毎日鏡でセシル君に説教をしているが、彼からの返事はない。
それはそれで、セシル君を乗っ取ってしまった罪悪感が圧し掛かってきます。
オールポート家の使用人との関係もほぼ良好だし。マリーとメイは……もう、いいや。あの子たちはそれだけシャーロットちゃんが大好きってことで。
最近、道端に落ちているゴミから洋服に着いたシミ程度にランクが上がった気がするし。あれ? どっちも変わらない?
実家であるハーディング侯爵家とも問題なく。兄上は俺のこと溺愛しているし、イライアス様とは商売でいい関係になれそうだ。若干、あっちに手綱を握られている気がする。トレヴァー君はシャーロットちゃんとも仲良しだし、白豚にも優しいいい子だ。
あと……王都でハーディング前侯爵様にお会いすることになった。つまり、セシル君の父親ね。兄上が同席してくれるけど……ちょっと緊張する。
ああ……眠っているのに、つらつらとこんなことを考えていたせいかな?
夢を見る。あの夢を……。
う~ん、あの夢は、正直見たくない。
親友が俺を失っていつまでも悲しんでいる夢なんて、もう見たくないよ。あいつには元気で幸せになってほしいんだよ。
しかも……あいつが俺のこと好きだったって……いやいや、嘘だろう?
フヨフヨと浮かぶ俺。
あちゃ~、夢見ちゃったかぁ。
俺の真下には親友が酷い顔色で椅子に座っていた。……マジですごい顔。爽やかイケメンが台無しな、目の下の隈! 青白い顔にこけた頬。しかも、切れ長で色気MAXだった瞳が死んでいる。ハイライトさんがお仕事を放棄している。
唇もカサカサだし……お前、相変わらず寝てないな?
ムッと顔を顰めた俺だが……ここはどころだろう?
いつもはこいつの自宅に出現する幽体の俺だけど、ここはテレビで見るようなセレブの豪邸。ホームパーティーでも余裕で開ける広いリビング。イタリア製のお高いソファーセットに毛足の長い絨緞。
ここって、もしかして?
「理人さん。いい加減、あの会社を辞めて戻ってきなさい」
「……」
おわっ! 気づかなかったけどもう一人いたよ。親友の対面に座っている……上品な着物を着て目を吊り上げている女の人はこいつの母親だ。
「くだらないことにいつまで関わっているの。早くこちらに戻ってきて魁人さんの手伝いをしてちょうだい」
フンッと鼻を鳴らして項のおくれ毛を手で撫でつけるこの女の人……性格キツそう。
親友が倒れて、病院に見舞いに来たときには「退職させる」と宣わっていたが、本人の承諾なしでは退職手続きができなかったらしい。ざまぁ。
「くだらないこと……」
「ええ、そうよ。会社の同僚がくだらない理由で死んだって。理人さんには関係ないでしょ」
それ、俺のこと? ああーっ、お前、そんなに手を握りこんだら血が出るーっ。血が出ちゃうから、手をパーにしなさい、パーに!
「こちらに戻ってきたら、すぐに結婚よ。魁人さんのところ……まだ子どもができないのよ。困ったわ。理人さんに子どもができたら魁人さんの養子にして、跡取り教育を始めなきゃ」
「……俺に、相手なんていません」
「あら、やだ。理人さんが結婚相手を決められるわれないでしょ。全部、こちらで決めますから」
「母さん……」
げえええええぇぇぇっっ! お前の母親は傍若無人な女ジャイ〇ンかよ、ハイソでセレブな世界はよくわからん。
こんなに冷たくて他人より遠いのが母親かよ?
トボトボと母親との短い逢瀬を終えて廊下を歩く親友の顔は暗く、お前のほうが幽霊みたいだ。
「理人」
「……兄さん」
階段に立っている男の人に気づいた親友がのろのろと俯けた顔を上げる。
何も言わずに見つめ合ったあと、親友は口から息を漏らした。それは力ない笑いだったのかもしれない。
「安心してください。俺はこの家にも、父さんの会社にも戻りません。兄さんの邪魔はしない」
プイッと顔を背け足早に家を出ていく親友に、俺は一言、言いたい。
もうちょっと、言い方を考えようぜ?
お前の兄ちゃん……ものすっごい辛い表情をしている。しかも、その瞳は憎々し気にお前の背中に向けられていて……。
複雑な二人の関係。お前の兄ちゃんは、優秀な弟と比べられてきた、いい家の甘やかされお坊ちゃんなんだろうなぁ。ずっと越えられない壁だった弟が家を出て、自分は結婚して、そうやって弟のことを忘れていたのに。また、弟と比べられる生活が始まるのかという恐怖と、「安心しろ」という上位者からの恵みの言葉。自尊心……傷ついちゃっただろうなぁ。
俺はフヨフヨと浮かびながら、誰もが羨む豪邸の殺伐とした関係に、そっとため息を漏らした。




