領主、豚のおじさんと化す
子どもの無邪気な声に、俺のガラスのハートが砕かれてボワッと口から魂を飛ばしていたら、孤児院の別の子どもがシャーロットちゃんを指差した。
「あーっ、あくやくれいじょーだーっ!」
なぬっ! こんな孤児院の子どもにまでシャーロットちゃんの悪評が広まっているだと? しかも、オールポート伯爵家一同とゆかいな仲間たちで、シャーロットちゃんの耳には入れないようにしていたのに、誤魔化しようのないほどにそれがバレてしまった……。
そうーっとシャーロットちゃんへと振り向けば、きょとん顔のかわいい娘が立っていた。あれ? これってばセーフかな?
「ねぇ、マリー。あくやくれいじょーって、なあに?」
「えっ! そ、それは……」
問いかけられたマリーは、普段のクールビューティーが崩れオロオロと戸惑っている。昨日までマリーの隣にメイド服を着て寄り添っていたメイは、質問されないよう、しっかりと距離を取っていた。
「ベンジャミン。これ……どうしたらいいの?」
俺と同じく突然のことに呆然としていたベンジャミンに助けを求めると、ポンコツと化したベンジャミンが目を泳がして俺から顔を背ける。
「おいっ!」
「無理です、セシル様。私の口からはとてもとても」
俺の口からだって、かわいいシャーロットちゃんに説明したくないよっ。だって嫌われたくないもん!
ダメな大人が右往左往としている間に、孤児院の子どもたち、それも十歳に満たない子たちがシャーロットちゃんに群がって、ピーチクパーチクと囀り始めた。
「あくやくれいじょーは、いじわるなおひめさまだよー」
「いもうとをいじめるのー」
「おうじさまにきらわれるんだよ。おかねもいっぱいつかうの。わるいこなの」
ぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁっ! 何を言ってんのーっ! 噓でしょーっ。
あと、この悪役令嬢の噂を広めたの、絶対にニセ乳っ子とぼんくら息子だろう?
あいつら、自分たちの株を上げるためにシャーロットちゃんを悪者にしやがったなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!
俺はドスンドスンと足音を立ててガキどもの前に、シャーロットちゃんを庇うように立ち塞がると、よっこいしょとしゃがんだ。
ダイエットしてそろそろ半年以上、急激なダイエットは体にも悪いからゆっくりじっくりと体重を減らしていたが、服のサイズや体の動きに変化を感じて痩せた気になっていた。
でも、嘘が吐けない子どもの目には、やっぱり豚。豚も豚。人ですらない豚おじさんとして、愛する娘のために頑張っちゃうもんねー。
「豚のおじさん」
「そうだ、豚のおじさんだ。そして、あの子は俺のかわいい娘だ」
「あくやくれいじょー?」
「違う。あの子は俺の大事な大切な娘だ。二度と悪役令嬢と呼ばないでくれ。そのぅ……娘が悪役令嬢と呼ばれていると……俺は悲しい」
いくらクソガキと思っても、こいつらはまだ幼く孤児院で生活をしているということは、親はいない。そんな子どもに鉄拳を振るうわけにもいかず、かといって怒鳴ることもできずに、俺はお願いすることにした。
「かなしいの?」
「うむ。あの子はとっても優しくていい子なんだ。豚のおじさんにいじめられていたんだ。でも、いまは仲直りしてるんだぞ」
仲直りしていると俺は思いたい。ここで、シャーロットちゃんに「豚を父親にもった覚えはない」と断言されたら号泣する。むしろ、このガキどもに縋って泣き崩れる自信がある。
俺の言葉に子どもたちは円陣を組んでコソコソと内緒話を始めた。その様子をハラハラしながら見守るシスター二人と、面白そうに見物するリベリオ大司教様。ベンジャミンとマリーはシャーロットちゃんの周りを固め、ハリソンとメイは少し離れた場所で待機している。
くるっと振り向いた、リーダー格のちょっと背の高い勝気な瞳を輝かした女の子が、てててーっと俺に向かって走ってきた。
「豚のおじさん」
「お、おう?」
「あくやくれいじょー、じゃなかった、シャーロットちゃんさん? あたしたちの仲間にいれてあげる」
「おおーっ、そうかそうか。ありがとう!」
ニコッと笑って礼を言うと、その子は顔を変に歪ませて首を捻る。
「豚のおじさん、偉い人なんでしょ? 孤児院の子にお礼を言うの?」
「言うぞ。孤児院の子とか関係ない。嬉しいことをされたら礼を言う。俺が偉くても、相手がどうでも関係ない」
フンッと鼻息荒くそう告げると、女の子の後ろにいた子どもたちは「キャーッ」と歓声を上げてシャーロットちゃんへと走り寄っていく。
「あくやくれいじょー、じゃない。シャーロットちゃんさん、あそぼーっ」
「シャーロットちゃんさん、あっちへいこー」
シャーロットちゃんの両手を子どもたちが握ってグイグイと引っ張っていく。
「は、はい。遊びましょう!」
シャーロットちゃんは戸惑いながらも嬉しそうに口を綻ばせて、その小さな手をギュッと握り返していた。
ほーっと吐く息が聞こえ、目の前に立つ女の子は安心した顔でシャーロットちゃんと子どもたちを見送っている。そうか……この子は他の子と違って俺やシャーロットちゃんが貴族だってわかっている。その貴族に失礼なことをしたら、どうなるかもわかっている。
試されたのか? 散々放って置いて、忘れたころに善人面してやってきた俺たちを? それは……とても怖かっただろう。本当にシャーロットちゃんが噂どおりの悪役令嬢なら、自分もあの子たちも、下手したらシスター二人も罰を受けていたはずだから。
「あ……あの……」
「豚のおじさんは、シャーロットちゃんが笑っているならいいんだよ。これからここにシャーロットちゃんが遊びにくるから、仲良くしてあげてくれ」
ポンポンと女の子の頭を軽く叩き、そっとその背中を押し出した。
「……はい」
コクンとかわいく頷くと、ダーッと走り去って行く。
「ホッホッホッ。とりあえずは合格みたいですな。あとは、こちらに任せてください」
食えない爺さんだが……「気」はたしかに聖人レベルのリベリオ大司教様、よろしく頼みますよ。
「はあーっ。疲れた」
領主業とやらは、後から後から問題が湧いて出てきて、前途多難なお仕事です。




