領主、兄家族と会う
とうとう、ハーディング侯爵家とご対面の日が訪れてしまった。
昨日のオールポート伯爵邸フルチェックはベンジャミンの監督の元、オールクリアできた。
本来なら、オールポート伯爵邸でお茶でも楽しんだあとに、西側領地サレルノの視察へ行くべきだが、ハーディング侯爵領からだと行って戻ってになるので、そこは家族の関係だからと西側領地サレルノで落ち合うことにした。
こちらからは、シャーロットちゃんとメイドのマリー、ベンジャミンと連れて行けと主張の激しかったディーン、もちろん主である俺。
役所からは代官のクラークとサレルノの担当になるチャールズが参加だ。護衛にとハリソンとその騎士団長が選抜した騎士三名。
料理長ジャコモと居候のトビーたちが作ってくれたサレルノ住民への差し入れを馬車に積み込んで、さあ出発だ!
サレルノでは、ラスキン博士を中心に職人代表のロブとひとり親代表のジェシカ、年寄り代表マシュー夫婦でいろいろと意見をまとめ、俺が作ったサレルノ未来図をより詳細に地図へと書き加えてくれている……はず。
領主である伯爵といえども、高い税金と無策で自分たちを苦しめてきた白豚と本物の侯爵様では、奴らの緊張度も違うだろうと危惧している。
王都で教鞭を奮っていたラスキン博士は別として、兄上の来訪にガチンコチンに固まっているサレルノ住民の姿が安易に想像できるから、俺たちは予定よりも早く屋敷を出てサレルノに向かったんだ。
……うん、もう立派な馬車が何台か止まっているのが見えるなぁ。馬車を牽いている馬も毛艶がよくて足がしっかりしていて……馬具も高そうだなぁ。
って、もう兄上たち、着いているじゃないのおおおおぉぉぉっ!
ハーディング侯爵家の紋章が掲げられた馬車や騎士たちを見てパニックになったのは俺だけじゃない。ハリソンたち騎士の騎馬のスピードが徐々に上がり、俺の乗っている馬車も釣られて速度が増す。
「うわっ!」
待って待って待ってええぇぇぇぇっ! 白豚が箱の中でゴロゴロと転がっているよ! バランスが悪いんだから、揺れないように走ってくれよっ。
「イテッ! イテテテテテテッ」
積載オーバー気味だから、馬車には俺しか乗っていないのが仇になった。俺の苦境に誰も気づいてくれないっ。御者も俺の様子にちっとも気づかずに馬を走らせる。
「わああぁぁぁっ!」
バカヤローッ、脂肪だらけの体でもぶつかったら痛いし、重みで弾むから何かに当たったときの衝撃は強い。
白豚は取扱い注意だーっ!
ドサリと馬車から落ちるように下りた俺の姿に、ハリソンは目を見開きベンジャミンは慌てて手を差し伸べた。
「……っう」
正直、ラストスパートのせいで馬車に酔ったし、ぶつけたあちこちが痛い。それもこれも、俺たちを置いて馬を走らせたハリソンが悪いと思う。
俺の恨みがましいジト目を受けて、ハリソンが後ろ頭を掻きながらヘラヘラと誤魔化し笑いを浮かべた。
ムッキーッ! お、お前なぁっと俺がハリソンの胸倉でも掴んでやるかと立ち上がると、俺の名前を呼ぶ人が……。
「セシル! 元気だったか? ん、どうした?」
兄上登場! ハーディング侯爵様とそのご家族です。
どうした? って、あんたが予定より早くサレルノに到着してんのが悪いんでしょうがっ!
しかし、文句を言いたくても、この方はここサレルノの大スポンサー様。こちらが揉み手で相手をしなくてはいけない、太客様なのだっ!
でも、俺のお兄ちゃんだけどね。
「兄上、なんでもありません。兄上こそ、早かったですね?」
ニコッとお金様……じゃなかった、兄上に笑いかけると、兄上も凛々しい顔を嬉しそうに綻ばせた。本当に、この白豚のことが大好きなんだな。
「ああ。楽しみでね。つい家族を急かして出てきてしまった」
「……それは、たいへんでしたでしょう」
兄上はともかく周りの人たちの準備がね。
「そうだ、紹介するよ。私のパートナーのイライアスと息子のトレヴァーだ」
スッと兄上が横に移動すると、スラリとした背格好の男性と、その足に纏わりついている子どもの姿が見えた。
「あ……」
偏見だ。偏見だった。わりと前の世界で「理解がある」と思っていたけど、やっぱり俺は自分でも知らないうちに偏見を持っていた。
兄のパートナーは男性。でも、女性的な男性のイメージがあった。小柄で細身。中性的な容貌であざとい仕草とかしちゃう系。もしくはバッチリメイクのオネエ系で小指立てちゃうとか。
でも、兄から紹介されたパートナー、イライアス様は違った。背は兄よりやや低いががっちり体形の兄の背に隠れるほどの細身で手足が長いモデル体型。髪は艶のある赤髪でサラサラのショートヘアー。耳にはトパーズのピアス。
眼は切れ長でクールな印象だ。瞳の色が深い紺色のせいかもしれない。高い鼻梁にアンバランスなぽってりとした唇。長い首にはしっかりと喉仏があった。
「ええっと……初めまして。セシル・オールポートです」
ぼけっとした顔でイライアス様を見つめながらの自己紹介に、ベンジャミンからの咳払いが聞こえてきた。
あ、ヤベぇ。もしかしたらセシル君として面識があるかもしれないのに、「初めまして」って言ったよ、俺。
イライアス様はちょっと目を真ん丸にしたあと、ニンマリと嫌らしく笑った。
ひええええぇぇっ、この人、怖いんだけどーっ、兄上?




