領主、仕事に追われる
西側領地サレルノの住民との接見も済み、面倒なことはクラークや住民の代表にぶん投げたので、俺は屋敷に戻って伯爵様のお仕事を頑張りましょう。
俺としては微々たるものでも脂肪は減り続けていると思うんだけど、お出かけ用の馬車を牽く馬の視線は厳しいままだ。
おかしいな? 服だって腹回りには少し余裕ができているし、階段の上り下りもできるようになった。ウォーキングだって欠かさないのに。
自分の馬に許される日は来るのか、一抹の不安を抱えて馬車を下りる。
「お帰りなさいませ、セシル様」
「お、おう」
圧ーっ! 圧を感じるーっ! ディーンが不機嫌な声音で出迎えてる。
「ディーン、控えろ」
俺がディーンの圧に慄いていると、サッと間にベンジャミンが入ってくれた。クラークは別の馬車で役所へ戻っているし、ハリソンは馬に騎乗のまま、騎士たちを鍛えるため訓練場へと行ってしまった。
「……すみません」
あれだよ。子どもが全然悪いと反省してないのに、口だけで謝るやつ。ディーンってベンジャミンの前だと子どもなんだよなぁと、微笑ましく思っていたらニヤリとこっちを見て笑いやがった。
「さあ、セシル様。執務室でお仕事をいたしましょう、執事長はライラが話があると伝言を頼まれています」
ディーンの言葉にベンジャミンはひょいと片眉を上げてみせたが、そのまま屋敷の中へ入っていった。
おーい、主人を置いてけぼりにしているぞーっ。
「それでは、セシル様」
「おわっ」
がっちりとディーンら腕を取られてズルズルと引きずられるように屋敷へと連れていかれる俺。白豚の出荷じゃないんだから、引っ張るなよーっ!
結局、西側領地サレルノの担当としてディーンを任命した。
そんなに仕事がしたかったのか? よくわからんが、西側領地サレルノはオールポート伯爵家にとって重要な場所だ。しっかり頼むぞ!
「お前……相手はラスキン博士だけど、大丈夫?」
お前とクラークの先生だったんだろう? お前たち悪童だったから、かなりラスキン博士には怒られたと思うんだが……苦手意識はないの?
「あっ……」
うん……忘れていたんだね。ダメだよ、今さら担当を変わりたいとか、俺の耳には聞こえませーん。
俺の手は震えている。
兄、ハーディング侯爵様からの手紙である。
兄上……セシル君のこと大好きすぎない? ねぇ、大丈夫? なんか毒親である母親にヤバい洗脳とかされてない?
「驚きましたね」
「そうだな……。まさか満額回答だとは……」
そう、俺が出した「お兄ちゃん、お金貸してちょーだい」という手紙には、かなり吹っ掛けた金額が記載されていた。もちろん、値切り交渉を見越しての金額だ。最初の金額からあーだ、こーだと攻防して、凡その金額で手を打つという、営業の様式美。
なのに、それが通じないだと?
「よかったじゃないですか。お金、借りられて」
「うむ……。しかし、半分は投資で半分は借金。つまり元の金額が多ければ借金も増える。嬉しいとばかりは喜んでいられない」
まあ、その半分の借金のうち、半分は兄から弟へのプレゼントになるわけだけど……本当に兄上、大丈夫?
結婚してハーディング侯爵家を出た弟にこんなに手厚くしていて、奥さんじゃない、パートナーさんに怒られないの?
「しかし、用意してくれるなら遣わなければ。ドーンと遣おう! 住民の住宅も工場もドンドン建てちまえっ!」
景気よく放った言葉は冷静なディーンに鮮やかに打ち返された。
「あ、無理です」
「なんで?」
「職人が足りません。領都クレモナも店舗の改装工事があるんですよ? 西側領地サレルノの工事に割り当てた職人の数では住宅と工事を……あ、ハーディング領からも職人の方がいらっしゃるんですよね?」
「ああ、うん。兄上が手配してくれたからな」
「じゃあ、大丈夫かもしれません」
なんで? ハーディング領の職人がいたら、工事がドンドン進められる理由ってなんだよっ。
「セシル様は忘れてしまってますから、直接見たほうが早いですよ」
意地悪ディーンは教えてくれなかった、こいつ……今日、屋敷に置いていったことを根に持っているな?
むすっと頬を膨らませて手紙の続きを読むと、もっと驚くことが書いてあった。
「あ、兄上が家族と一緒にサレルノの視察に来るって。そのままその日はこの屋敷に泊まりたいそうだ」
「へ? ええーっ!」
あわわわ、どうしよう?
西側領地サレルノの視察はいいよ。でも、そこに兄のパートナーが一緒……つまり男の伴侶が一緒。うわわわ、俺の記憶喪失の話って聞いている?
それだけじゃない、兄の子どもでハーディング侯爵家嫡男のトレヴァー君もいる。子どもが喜ぶ玩具とかあるのか、この屋敷?
とにかく「おもてなし」をしなければ!
「ディーン。すぐにベンジャミンとライラに伝えてくれ! 俺はラスキン博士に手紙を書く!」
「はいっ! ああっと、クラーク殿にも知らせたほうがいいですよ。俺はハリソン団長にも伝えます」
「わかった! 抜かりなく、よろしく頼む」
ハーディング侯爵からの手紙でオールポート伯爵家は上に下にの大騒ぎ。
なんとか、手紙を出し終えて、方々への手配も済ませて、ホッとした気持ちで着いた夕食の席で爆弾が落とされる。
「お父様? 何かみんなが騒がしかったみたいですが……サレルノで何かありましたか?」
やっべぇーっ、シャーロットちゃんにハーディング侯爵一家ご訪問を教えるの忘れてたーっ!




