領主、詐欺をする?
伯爵位の貴族で領主である人間が軽々しく礼をするな、とベンジャミンに小言を言われること数分。
えー、前世の癖で腰の低い挨拶をしてしまったが、改めてちゃんと自己紹介しましたよ。
この白豚が君たちの領主である、セシル・オールポート伯爵様である。頭を下げろーっと偉そうにふんぞり返ったら、みんなが萎縮するとラスキン博士に怒られた。
どうしろつーの。
「じゃ、もういいや。堅苦しいのはナシで。こっちがオールポート伯爵家の執事長、ベンジャミン。人手不足なので家令の仕事もなんでもこなしています。んでこっちが領都クレモナの役所に勤める代官のクラーク。俺の代わりにオールポート領の行政を担っている。ああ、この後ろにいるデカいのはオールポート伯爵家騎士団の団長に出戻ったハリソンだ」
「……俺の紹介が一番ヒドイ気がするんですが」
後ろ頭を搔きかき不満そうにしているハリソンは無視します。メイも紹介してほしい? ああ、そう。遠慮するのね。了解です。
「今日、みんなに集まってもらったのは、このオールポート領の西側。今まではハーディング領との行き来する街道があるだけだったが、大きく開発をしていこうと思う」
わざとここで言葉を切ると、俺に集中していた領民の顔がみるみるうちに曇っていく。
コホン! うんうん、不安だよね。追い出されるかもと思うよね? ふふふ、こうして不安を煽ってから安心させると、俺への信頼度が爆上がりするのだ!
ああ、違う違う。詐欺師の手口じゃないよ? 営業スキル、営業スキルだってば。
「ラスキン博士の協力の元、魔虫カイコの飼育が始まっている。このカイコからは上質な糸が取れる。そして、何にも使われていない草地を整備し、綿花と亜麻の畑を作る。これにより綿とリネンを、そしてカイコの糸を作る工場、製糸工場とその糸で布を織る製布工場を作る!」
ババーンと胸を誇らしげに張りたいが、白豚の腹でデデーンとせり出しただけだった。無念!
「それだけじゃない。いずれは糸や布を染色したり、刺繍した小物とかを作って売ってもいい。あ、そうそうカラーシープも飼育することになったから、毛刈りして糸にして編み物! カイコの餌として桑の木を植林して増やすが、ついでに果樹も植えてジャムとか作るのもいいな。あー、そうそう、薬草園も小さいけど作ろうと思ったんだ!」
「セシル様、セシル様。話がズレてます」
ツンツンと脇腹をクラークに突かれて、俺もハッ! と思い直した。そうだった、今は西側領地サレルノの未来記を熱く語っている場合ではない。
「……それでだな、この一大産業を共に作り上げていく協力者として、君たちにお願いしたい。どうだ! ここで働いてみないかっ!」
バッと両手を広げ、イメージとしては天井からのスポットライトを浴びている俺……かっこいい。
「……何、言ってんだ、アンタ」
うっとりと自分に酔いしれていた俺の耳に、戸惑いの声が届く。
チラリと薄目で声を発した人物を見てみれば、壮年の男が複雑そうな顔で俺を見ていた。体格は立派だし、家なし生活のわりには清潔感もある。あと……左足が動かないのか足を伸ばした不自然な体勢で座っていた。
「ここにいるのは、年寄りで働けない。ガキが小さくて働けない。俺みたいに体が動かなくて働けない。そんな奴らばっかりだ。一緒に働くなんて無理だろう? どうせ、ここにいたら邪魔だから出て行けって話なんだろう?」
男の声に同意なのか、ズーンと空気が重くなり、母親や父親に抱っこされた子どもは目に涙をいっぱいに溜めていた。
「本当に?」
「ああ?」
「お前は、本当に働けないのか? ラスキン博士の小屋や飼育小屋に置いてあった糸紡ぎの道具。あれらを作ったのは、お前なんだろう?」
確信はなかったが、はったりで言ったら当たっていたらしく、男の眼球がキョロキョロと定まらない。
「年寄りはもう働けないか? 子どもがいたら働けないか?」
俺の言葉に誰も応えない。働けないだろうと思っていても、働けないと言いたくはない。働けないと自分で決めつけたくない。
「働けるさ。働ける仕事をすればいい。クラーク、ベンジャミン、地図を頼む」
「はい」
ハリソンも手伝って大きな地図を広げる。組み立て式のパーテーション擬きに地図を張り付けて、みんなに見えるようにするんだ。
「……これは?」
「ここ、西側領地サレルノの完成図だ!」
「サレルノ?」
そうだよね、ここに名前が付いたのも知らないよね? だが、驚くのはそれだけじゃない!
「ラスキン博士、説明を頼む!」
「はい、わかりました」
製糸工場、製布工場、染色工場。作業場。畑は綿花と亜麻。カイコの飼育、カラーシープの牧場。領民のための薬草園。桑の林に果樹を植える予定地。
連作を防ぐための作物を育てること。これらの仕事や付随する細かい作業をそれぞれに割り当てる。
「でも……あたしの子どもはこんなに小さいんです。そんな……工場に連れて行っても大丈夫でしょうか?」
「小さい子はみんなまとめて日中は預かる場所を作る、爺さんや婆さんが面倒みてくれるだろう。なあ、爺さんたち。婆さんたち。それも立派な仕事だろう?」
俺の言葉に子持ちの親の顔と年寄りの顔がパアーッと明るくなる。
「住むところもあるぞー。ラスキン博士」
「ああ、ほら、よく見ろ。こことここ。ここにも住宅が用意される」
「「「わあああああっ!」」」
よしっ! 食いついたぞ!




