父親、むちゃブリする
俺がちょっと気絶している間に、すべては終わっていた……わけじゃないが、勝手に面白いことをして伯爵邸の庭をめちゃくちゃにした人間は、愛娘の監督の元、風呂に入っているらしい。
「んで、例の副団長様たちはどうした?」
「予定どおり南方の魔獣討伐に行かれました」
「あ、そー」
ベンジャミンのすまし顔を横目にズズーッと紅茶を啜る。
どこぞの少年漫画みたいにウチの髭熊男と王都の騎士団副団長様は剣を交え、友好を結び、そして去っていったと。
なんじゃそりゃ。
「ベンジャミン。本当にハリソンで大丈夫なんだろうな? これからのオールポート領には騎士団が不可欠だし、特に西側領地サレルノに常駐する騎士は適当な奴らに任せる訳にはいかない」
なのに、そのトップがアレで大丈夫? 娘のメイに逆らえないし、血の気が多いし。むさいしマタギだし。
ちゃんと部下に舐められないで統率できる?
「ちゃんとやる男ですからご安心ください。腕も立ちますし部下からの信望も厚い男です。……そうは見えなかったでしょうが」
本当か? 俺への忠義はゼロでもいいが、オールポート領、シャーロットちゃんには絶対であってほしいんだが……。
ズズーッと紅茶を啜ってため息を吐いた俺は、廊下から聞こえる激しい足音に目を半眼にして扉を睨んだ。
バッターン!
うん……お前だと思っていたけど、思っていたけど……お前誰だよ?
「助けてくださいっ、セシル様!」
あ、マタギじゃなかった、ハリソンだった。風呂に入って汗や泥を流してさっぱりしただけでなく、伸びっ放しのはねまくっていた髪も短く、うなじがジョリジョリできる長さに切られ、ボーボーに伸びていた汚らしい髭も跡形もなく剃られていた。
腰に大剣は佩いているが、そもそも来ている服は簡素ではあるが白いシャツに黒ズボンに黒のロングブーツでスタイルがいいな。くっそ!
「おうっ、人間になったな熊男」
ニカッと笑顔で嫌味を言ってみたが、そういうお前は人間への道もまだ遠い白豚でした。チーン……。
「お二人とも、騒々しいですよ。メイ、いい仕事でした。持ち場に戻りなさい」
ここまで父親を追いかけてきたメイの手にはクシとハサミが握られていた。
ベンジャミンからの労いの言葉に頭を下げて、颯爽と去っていくメイ……おい、扉を閉めていけ。
「あー、疲れた」
「どうでもいいが、それが主の前でする態度か?」
ソファーに場所を移し、俺の対面に座ったハリソンは、テーブルの上にドカリと足を乗せ、両手を広げて頭を上に向け、汚い声で鳴いた。
「……主と認めてねぇからな」
「ハリソン!」
ベンジャミンの叱責を片手で制止し、俺はハリソンを真っ直ぐに見つめた。
「別に俺を主と認めなくても構わん。どうせ俺は余所者だしな。ただ……次期伯爵のシャーロットちゃんを軽んじた場合、鞭打ちだけで済むと思うなよっ」
主に対する反逆として処刑されても文句は言えないぞ? しかも一族郎党皆処刑だって有り得るんだからなっ。
「次期伯爵がシャーロット様ですか?」
「正統な跡取りだろう? オールポート家の血を繋ぐのはシャーロットちゃんだけなんだから。ちゃんと伯爵位も彼女が継ぐぞ。旦那になんか振り回されてたまるかっ」
フンッと鼻息を飛ばしてドサリとソファーに深く背を沈めると、ベンジャミンがクスクスと軽く笑ってハリソンに紅茶を注いでやる。
「……ちっ。ベンジャミンの言ったとおりか……知らない間にセシル様がマトモになってら」
「マトモになったわけじゃない。ちょっと……記憶がなくなってな」
チラリとベンジャミンに目配せして、後の説明は彼に代わってもらった。自分のことだけどセシル君のことは他人事よりもなお遠い存在に感じるからね。
「……マジか……」
ハリソン沈没。肘を両腿に乗せ両手で顔を覆ったまま動かない。
「そのままでいいから話を聞いてくれ。いま、オールポート領の治安はハーディング侯爵領から借りた騎士たちの手によって維持されている。お前がいなくなった後に雇われた騎士もどきは自身の保身のため他領に逃げた者も多い。ハリソンには騎士団長職に戻り、一日も早い騎士団の立て直しをお願いしたい」
いくらセシル君ラブの兄上から借りた騎士さんたちでも、いつまでも他領を守っていることはできないもんね。
「……しばらくしたら、俺を追ってきた野郎どもがこっちへ着く。いま残っている奴らも鍛えなおす。目途が付いたらハーディング領の騎士たちにはお帰りいただこう」
のそっと顔を動かし、上目遣いでこちらを見てくるハリソンの姿に苦笑し、ベンジャミンへ地図を持ってくるよう命じる。
バサッと広げられたオールポート領の全体地図と領都クレモナと西側領地サレルノの地図を並べる。
「さて、オールポート伯爵邸と領都クレモナはハリソン率いる騎士団が、西側領地サレルノにも騎士団を常駐させて……」
南の農作地方リグーリ、東の鉱山地方ヴァゼーレにもいずれ騎士団の駐屯地を。そんで騎士たち数名による小隊で各駐屯地を巡らせる。
それなりの町や村には自警団を作らせて治安維持に勤めさせる。この自警団のトップは騎士団の騎士で不正をさせないために数年周期で交代させる。
自警団の中で希望者がいれば何年か毎に試験を受けさせて騎士団へ入団させてもいいかも。
ほら、子どもたちの夢にもなるしね。近所の兄ちゃんみたいにいずれは騎士団に入るんだって、思ってくれるかもしれないじゃないか。
「ちょっと、ちょっと待ってください! それ……俺が……?」
「そうだよ、ハリソン。お前がウチの自慢の騎士団長様なんだから、頑張って強い騎士団を作ってくれよ!」
俺の後ろに立っているベンジャミンもいい顔で頷いていると思うぞ。




