王都の騎士と伯爵家元騎士団
白豚がスヤスヤと夢の中を揺蕩う間、オールポート伯爵邸では二人の男の間で火花が飛んでいた。
「では、私たちはこれで。騒がしてすまなかった」
ひょいとあの巨体であるオールポート伯爵を姫抱っこし、スタスタとした足取りと涼しい顔で階段を上り、天蓋付きベッドへ眠れる姫のようにセシルを運んだあと、王都でも人気が高く有名な騎士団副団長ルーカス・ウェントブルックは、自分が起こした騒ぎの詫びを口にしその場を颯爽と去ろうとした。
「おーい、ちょっと待て」
愛馬である黒馬の手綱を引き背を向けた偉丈夫を呼び止めるのは、この騒ぎの発端でもあるオールポート伯爵家騎士団団長の任に復職するはずのハリソン・クィンだった。
「なんでしょう」
「ウチの旦那を運んでくれたのには礼を言う。それとは別に俺はアンタに興味がある」
ここにセシルがいたならば、最近知ったこの世界の恋愛事情を思い出し「え……おっさんと騎士とのラブコメ?」と明後日の方向へ頭を働かせていただろう。
事実、ハリソンの言っている内容が理解できずにルーカスも無表情のまま、やや首を傾げてみせた。
相変わらずオールポート伯爵邸の門のところには門番はおらず、ルーカスの部下の騎士二名が馬から下りて二人の成り行きを見守っている。
ハリソンはニヤリと男臭く笑うと、地面にグサリと自分の愛剣の剣先を刺した。
「ちょっと、手合わせ願いたいんだわ」
「……私闘は禁止されています」
「そんな固いこと言うなって。田舎貴族の騎士に頼まれて、ちょっと稽古をつけてくれればいいんだわ」
今度は、大剣を片手に振り回し、自分の右肩に刀身を乗せにっこりと笑ってみせる。
邪気のないように見えるその笑顔と、後ろからは敬愛する上司と強いと噂のあったオールポート伯爵家の騎士団長との手合わせに期待して囃し立てる部下の声がルーカスの耳に入る。
「すみませんが、私たちの部隊は南方で発見された魔獣の討伐に行かなくては……」
任務優先を理由に断ろうとするルーカスへ、ズズイッと顔を寄せたハリソンはぐっと声を潜めて囁いた。
「いやぁ、うちの旦那、あんなみっともなくて困ってるんですわ。だってアレに忠誠なんて無理でしょ? 一緒にアレ、始末しません?」
露悪的に言い放ち、ハリソンが無意識にサッと身を躱すと、自分がいた場所にルーカスが鞘のまま剣を振り下ろした。
「おおっと、危ない、危ない」
飄々とした態度で二、三歩、ステップを踏むように後退ると、ルーカスの金色に燃える瞳をヒタリと見つめ鼻で笑ってやる。
「貴様ッ」
「あんたのその怒りが騎士精神からくるものなのか、私情なのかわからんが、俺を止めたいなら力づくで頼むわ」
楽しそうに宣言すると、チラリとオールポート伯爵家の執事長であり、自分とは古馴染みであるベンジャミンの顔色を窺う。
眉間にものすごく深いシワが刻まれているが、ベンジャミンは親指で屋敷のエントランスではなく庭で遊ぶよう指示していた。
「よっしゃーぁ!」
ハリソンは剣を担いでダダダッと走っていく。ルーカスは険しい顔のまま愛馬の手綱を手から離し、鞘から剣を抜いた。
全身からなにやら覇気が湧き出ているのが見えるような鬼気迫る顔だったと、ベンジャミンは後日セシルに報告したほどだ。
オールポート伯爵家の手入れのされていない雑草が生えているだけの殺風景な庭で、この国で最強とも謳われている騎士とオールポート領だけでなくその勇猛さが各地に轟くマタギもどきとの戦いの火蓋が切って落とされた。
ガッキン!
何度目かの剣戟の音が響く。
ルーカスの部下は声も出ず、両手を握りしめ目をかっ開いて凝視している。
オールポート伯爵家の使用人たちは、かつての同僚であるハリソンの剣技に魅了されることなく、むしろ早く終われとばかりに冷めた目を向けていた。
ハリソンの剣技は真っ直ぐであり、狡猾だった。
上段から大剣を力強く振り下ろすかと思えば、ルーカスの体勢が崩れれば手も足も使って攻撃した。
当然、王都の騎士たちからはブーイングが放たれる。
「うっせぇ。そんなキレイな剣捌きで命のやり取りができっか! お前だってそうだろう? ルーカス・ウェントブルック。ウェントブルック辺境伯家の者ならば、そんな貴族子息の剣筋なんてやめちまえっ」
ギギギーッと高い音をさせ剣と剣を滑らせて、相手の懐に飛び込んだハリソンは、肘でルーカスの目を狙う。
グイッと顔を背けハリソンの攻撃を避けると、その反らした首筋へハリソンの大きく開けた口が迫る。
「ちっ」
ルーカスは長い足を折り畳み、ドゴッとハリソンの腹へと蹴りだした。
「おっと! ほら、やればできるだろうがっ」
「……そりゃ、生まれたときから仕込まれましたから」
チャッキと剣を持ち直し、深く息を吸って吐く。
「どうして、そんなつまらない剣を使う? 辺境伯家の剣は生殺与奪の剣だ。魔獣の命も悪党の命も、そしてこの国に仇をなす者の命を刈り取る剣だ。それなのに流れる美麗な剣筋なんて愚鈍なモノを使うなよ」
「仕方ありません。それが王都の騎士団の剣ですから」
ルーカスは少し困ったように笑うと、顔つきを変え剣を構えた。
「貴方の人となりはわかりました。私は任務があります。次の一撃で終わりにしてもらいます」
「ああ、かまわんよ。俺が知りたかったのは、お前さんほどの強者が生まれてから息をするように扱っていた剣筋を変えるまで、王都にしがみついた理由だ。まあ……なんとなくわかった。信じられんが、わかった」
ハリソンは少し複雑そうな顔をして、屋敷の二階へと視線を向ける。
「さあ、最後の一撃、こいよ」
ハリソンの挑発にルーカスの足が動いた。




