父親、キャパオーバー
カラーン。
抵抗しないことを行動で示すため、ハリソンは手に握っていた大剣を放した。
騎士団副団長、ルーカスはまさに電光石火の動きでオールポート邸の門扉を破り、ハリソンの背中側から騎馬を大きくジャンプさせ、俺とハリソンの間に位置すると剣を無慈悲に敵へと突きつけた。
そして、発した言葉は怪しい不審者であるハリソンから俺を守るセリフだ。これ、女の人だったら惚れちゃわない?
だって、ルーカス副団長、夜の星空の下でみてもかっこいい人だったけど、陽の光の下でもすっげえイケメンよ?
俺も乙女のように両手を口に当てて「ふわわわ」と意味不明な声を発したわ。
「おーい、ベン。なんとか言ってくれ」
チクリと首に刺さったところから、タラリと血が垂れてきてるもんね。俺はイケメン騎士に目を奪われているから、ベンジャミンよ、ハリソンの身元保証を頼む。
「すみません。その男は確かにオールポート伯爵家の元騎士団長です」
ベンジャミンの感情の籠らない淡々とした声に、ルーカス副団長はゆっくりとこちらに振り向いた。
「本当ですか」
ここで俺が「是」と答えるべきなんだろうけど、俺も知らねぇし。
「ええ。そうだなメイ」
「……はい。情けないことですが私の父のハリソン・クィンで間違いないです」
え? ええーっ! この熊男、メイの父親なの?
俺……ちょっと許容範囲を越えちゃったかも。白豚の体で王都へ繰り出し物件を見て回り。あちこちでどうやら商業ギルド案件を零しまくっていたらしいし。
やっと屋敷に帰ってきたら熊男が出てくるし、俺のこと敵視してくる奴だし。なんとか話し合いをしようと動きだしたらイケメンなルーカス副団長が参上。
んで、熊男と対峙して……そんでまだ俺に手厳しいメイドの一人であるメイの父親だって?
あ……ダメ。腹も減っているし……ダイエット中でそもそも空腹だし……血糖値が下がる……。
「……ほへぇ」
アホな声を口から漏らし、白豚はその場で倒れた。暗転である。ふわっと浮き上がる気持ちよさでの失神……。
あれ? 本当に体が浮いてない? いやいや、俺、白豚だよ? 軽々と持ち上げられる人なんていないでしょ?
遠のく意識の中でユラユラと揺れる感覚と、耳に届く自分の名前。
「セシル? セシル!」
はりゃ? 誰だよ……俺は大丈夫だって。ちょっと腹が減って頭使って、目を回しただけだって。
だから、そんな泣きそうな顔でこっち見んな……心配性だなぁ……俺の親友は……。
ちょっと休んだら、ちゃんと起きるから。それまで待っていて…………理人。
パチッと目が覚めたら、いつもの俺の部屋の天蓋付きベッドだった。
「あれ?」
目をパチパチとしたあと、よっこいせっと重い体を起こしたら、タイミングよく扉がノックされた。
「ああ、目覚めましたかセシル様」
「……ディーン。ああ、俺、倒れちまったか」
「ええ。まだそんなに時間は経っていませんよ。軽食の準備はしてありますが、どうします?」
「食う」
ダイエット中でも必要な栄養は摂取しないと健康に悪いし、下手すると痩せにくい体になってしまう。
自室のリビングに軽食を用意してもらう間に、倒れていたときのことを確認する。
「まず王都の騎士団は無事に南方へと移動していきました。ルーカス副団長からは騒がしたお詫びの言葉がありました」
熊男が領内をうろついていて領民が不安に思っていたのを解決しようとしてくれただけなので、ルーカス副団長は悪くない。悪いのは身だしなみを整えずにマタギみたいな恰好で、武器を見せびらかして町を闊歩した自称騎士団長様だ。
「その諸悪の根源はどうした?」
「メイに散々、説教された後、風呂に入って髭を剃ってます」
「最初からそうしろよ」
まったく人騒がせな。
俺はディーンが淹れてくれたお茶を一口飲んで、ジャコモが作ってくれたサンドイッチに手を伸ばす。この肉……ハリソンが持ってきた豚かな?
「……んで、セシル様は覚えてます?」
「なにを?」
このサンドイッチの肉美味いな。やっぱマヨネーズが欲しいな。
「セシル様をどうやってここまで運んだかですよ」
「……そういえばそうだな。もしかして丈夫な板にでも乗せて運んだか?」
担架みたいにしてな。そうなると板の厚さもほとほどに厚くないとダメだから、むちゃくちゃ重かっただろうに。何人がかりだったのか……スマンな、白豚を運ぶのに手間をかけさせて。
「いいえ。驚かないでくださいよ。セシル様を姫抱っこして運んだです。一人で!」
ディーンの興奮した口調も驚くが、待て待て。この、白豚の体を乙女の憧れ姫抱っこで運んだだと。
そんな超人どこにいた?
「あ……もしかしてハリソンか?」
あの熊男の筋肉すごかったもんなー。
「違います。なんと、ルーカス副団長です!」
「ぶーっ!」
ぷはぁっ。茶を噴いたわ! なんだって? あのイケメン騎士が、この俺の体を抱っこして運んだだとーっ!
「嘘だろ?」
「いいえ。ハリソン団長も目を剥いて驚いていましたが本当です。しかも、あの鉄面皮と噂されるルーカス副団長の慌てふためき動揺した様子。……セシル様、もしかしてルーカス副団長とはお知り合いで?」
「知らん。あ……いや、記憶にない」
んー、セシル君とルーカス副団長は知り合いだったのかな? しかも俺が倒れて動揺するなんて、もしかしてお友達だった?
ルーカス副団長と顔を合わせたときのことを遡って思い出してみたが……いや、ないな。
友達だったらもっと親し気に話しかけてくるだろう?




