父親、いい男を考える
ハリソン・クィンと名乗ったその熊男は、なんとびっくりベンジャミンが探していた元オールポート伯爵騎士団の騎士団長様だった。
そりゃ、白豚のセシル君のことも御存知ですね!
ただ、ニ~三年の間に容姿が変わりすぎて古馴染みのベンジャミンでさえわからなかったという……いや、団長さん、何してたの?
「すまん、ジャコモはいるか?」
「いるけど……?」
ジャコモはうちの料理人だ。意地悪コーディさえも、その料理の美味さに無下に扱えなかった自慢の料理人である。しかも居候のトビーとヘクターと毎日飽きるほど料理研究していたから、さらにその腕を上げた。
いいことだけど……ダイエット中の白豚にはその匂いが既に暴力だったりする。
くそっ、腹減った。
ドサッと熊男じゃなかった、ハリソンが肩に担いでいた荷物を降ろす。荷物を包んでいた布がパラリと解けると、そこには血抜きをされた獣が見えた。
「イノシシと豚だ。美味いぞ」
ニカッと笑うハリソンを、俺はベンジャミンの背中に隠れながらじーっ見つめていた。そんな人の好さそうな笑顔に誤魔化されないぞ熊男め。
もちろん「気」を確認するために、奴の姿を凝視しているのである。
別に土産に丸々太った豚を持ってきたことに「共喰い」じゃねぇかと気分を害したわけじゃない。
ハリソン・クィン……こいつ見た目と「気」が全然違うぞ。ハリソンに対する俺の警戒度がグーンとあがった。
見た目は熊男だけど、その表情や話し方から大胆で快活な陽気な男に見える。だが「気」は違う。
全体は氷るような冷たさを感じる薄い水色に縁が銀色に輝いている。頭の周りには紺色が滲み出ていて手と足は茶色の膜があるようだ。
もう、これだけでハリソンという男が理性で動き感情をコントロールできる男だとわかる。特に頭部分に紺色……これっていざとなったら非情な判断できる印だとしたら、騎士団の団長として適任すぎる人物だ。
手と足に茶色が見えるのは、鍛えられた肉体を示すのかも。つまり、岩みたいに固いとかね。うわー、怖ーっ!
ただ、この男。冷徹冷静な騎士だけでなく、胸の辺りには燃え盛る炎に似た紅蓮の花が咲いている。これって情に厚いとか、情熱、忠義を指しているのかな?
かーっ、なんじゃこいつ。いい男か? さてはいい男なんだな? 漢気のあるいい男なんだな?
……自分の騎士団の団長としては、すこぶる頼りになるけど、面白くないっ。
ムッと顔を顰めた後、それが醜い嫉妬からだと認めて、俺は自分の顔をムニュムニュと揉み解して笑顔を作った。
「よく、戻ってきたハリソン!」
やあ、俺がお前の主人の白豚じゃなかったセシル・オールポートだよ、と親し気に声をかけてやれば、ハリソンの奴「フンッ」て鼻で笑いやがった。
「別に貴方のために戻ってきたわけじゃありません。ベンが頼むのと、伯爵家の正当な跡継ぎであるシャーロット様をお守りするためです」
「うっ!」
お前もマリーやメイと同類か……。今までのセシル君の振る舞いでは致し方ないが……胸に突き刺さる蔑視が痛いぜ。
「ハリソン。その件は文では書けなかったが、セシル様には重要な変化が起きている」
ベンジャミンが俺を庇うように前に出てハリソンを叱責していけど、あれか、重要な変化って俺の記憶喪失か?
「そ、そうです! ハリソンのおじ様。お父様は以前とはまったく違うのです!」
ドキーッ! シャーロットちゃん、白豚を庇ってくれるのは嬉しいけど、まったくの別人ってセシル君の中に異世界産の魂が入っていることがバレたのかと思って焦るから、その言い方はやめてくれ。
ベンジャミンとハリソンがグギギギッと睨み合う間に涙目ウルウルのシャーロットちゃんが割って入るが、剣呑な空気は晴れないままだ。
どうすんべ、これ……と途方に暮れかけたところで屋敷の奥から料理人ジャコモが姿を現した。
「バッカヤローッ! 素材の鮮度が悪くなるだろうか。肉を持ってきたら早く俺のところまで運べ!」
ポカンとハリソンの頭を叩き、ついでとばかりにベンジャミンの背中を叩き、ジャコモはよいしょとイノシシと豚を肩に担いでのしのしと厨房へ戻っていった。
はわわわわっ、あの重量を軽々と担いでいったよ、ジャコモ。
本当のいい男はジャコモでした……そんなオチかよっ。
さて、ジャコモの登場と退場で毒気が抜けたところで、いい加減エントランスから屋敷の中に入ろうよ。
俺は物件巡りをして疲れているし、ベンジャミンたちに協力してもらって溜まった仕事を片付けないといけないんだ。
「ベンジャミン。とりあえず執務室で話そう。……つーか、ハリソン。お前、その身なりをまずどうにかしろ」
熊男、前世のマタギ状態で騎士ですって言えないだろう。風呂に入れ、風呂に。そしてモジャモジャな髭を剃ってスッキリしやがれ。
「髭ですか? 気に入っているのですが」
なんで髭剃るのに、そんなにしょんぼりしちゃうの? ほら、シャーロットちゃんが「かわいそう」って同情する目で見ているじゃない。
ダメだぞ。やっぱり騎士はキリッとカッコよくないとって、俺ってば、王宮で出会った軍神様のイメージに拘りすぎかな?




