父親、無知を知る
午後のオールポート伯爵邸の応接室。
俺とシャーロットちゃんの前に、シャーロットちゃんの家庭教師候補が並んで立っている。
兄上……実際は兄上の奥さん推薦の二人だが……、俺は聞いていない大事なことにこめかみがピクピクしていた。
まずは一人。
髪を後ろでキッチリとまとめ、濃い臙脂色の首元が詰まったロングドレスを着た長身で痩せ気味な女性。
年は俺より年上……だな。
うん、いかにも家庭教師つーイメージのままな人だ。洋画でよく見たガヴァネスのイメージだね。厳格な教育方法でシャーロットちゃんが泣いちゃったらどうしよう?
そして、もう一人が問題なのだ。
俺の隣で、シャーロットちゃんがスカートの裾を摘まんでちょんとご挨拶。
「シャーロット・オールポートです。よろしくお願いします、先生方」
うんうん、かわいい。
マリーよ、今日のコーディネートもバッチリだ。
シャーロットちゃんは、兄上の奥さんチョイスの白と水色のストライプ柄のワンピースを着ている。春の社交シーズンが終わって少しずつ夏に向かって気温が高くなるこの頃にピッタリな涼し気なワンピースだよ。
髪もサラサラストレートの髪をハーフアップに結わえて、髪飾りは白い花と青い花。
痩せすぎだった体もなんとか肉が付いてきて、顔色もよくなった。少女らしいバラ色の頬とさくらんぼのような唇だ。
キラキラと輝く瞳はパッチリとバッサバサの睫毛が憂いを足してかわいいしキレイな子。
う~む、この白豚の娘とは思えない。
だからこそ、もう一人の家庭教師候補に警戒が必要なんだ。ガルルルルルッ。
二人の家庭教師は俺がむっすりと黙り、剰え敵意丸出しの視線を向けているのに不安顔だ。
「お父様?」
「……シャーロットちゃん、ちょっと待っててくれるかな? ベンジャミン」
シャーロットちゃんには害のない笑顔を向け、スンッとした無表情に戻すとベンジャミンを顎で呼ぶ。
「なんでしょう?」
「こっちにこい」
応接室を出ていく俺とベンジャミン。ノーマンはキョロキョロと俺と家庭教師たちの間で視線を行き来させたがその場に残ることにしたみたいだ。
ディーンは別に呼んではいないが、どこか期待した顔で俺たちについてきた。
パタンと扉を閉めてから、俺はギンッとベンジャミンを睨んで文句を言った。そりゃもう唾を飛ばす勢いで言いまくった。
「な・ん・で、シャーロットちゃんの家庭教師が若い男なんだよっ! しかも、なんかチャラいし軽薄そうだし。お前たちに言ってもわかんないだろうけどホストっぽいし。シャーロットちゃんに万が一があったらどーすんの! 俺、いやだよ。シャーロットちゃんの初恋があんなニヤけた男だなんて。結婚したいとか言い出したらどおおぉぉぉぉすんだよっ!」
ベンジャミンの襟を両手で掴んでガックンガクン揺さぶってやったわ。
「……落ち着いてください、セシル様」
ペイッと簡単に手を振り払われ、バランスを崩した俺はよろける。
「あのですね、あの方は優秀な家庭教師です。どこの家でも問題を起こしたことはありません」
グイッと襟を正してベンジャミンは言い切る。
あの家庭教師候補……男だったんだよっ! しかも若い男!
ちょっとタレ目のブルーグレーの瞳に前髪長めの黒い髪。スラリとした均整のとれた手足も長いスタイルで、ちょっと胸元をセクシーに開けている。
人好きしそうな柔らかい笑顔……この俺、白豚にも向けられたその笑顔……怪しい。
あれ、絶対詐欺者だろ? 結婚詐欺か? シャーロットちゃんに近づいてオールポート伯爵乗っ取りを企てているに違いない。
ブヒーブヒーと鼻息荒くベンジャミンにそう迫ると、「フンッ」と鼻で笑われた。
「ハーディング侯爵様のご推薦ですよ? そんなことするわけないでしょう。ま、教え子に手を出す輩がいないとは言い切れませんが、あの方は大丈夫です」
なに、その信頼? なんで初対面の男がベンジャミンの信頼を勝ち得ているのさ?
「ああ、親父、じゃなかった、執事長。あれですよ、あれ。セシル様はわかってないのでは? 魔道具の件とフィンガーボールのときと同じで」
「まさか。いや、そうだな。記憶がないのだった。そんな社会常識まで失われているとは思わなかったが、その件があったな」
あのさー、親子二人で勝手に納得しないでくんない? だって、俺のことでしょ?
「あの、ですね、セシル様」
「なんだよ」
「王宮の夜会で気になったことはありませんでしたか?」
ディーンの突飛な質問に俺は「はて?」と考える。夜会? 王宮の夜会?
そのとき最初に思い出したのは夜闇に包まれた庭で出会った月の軍神の姿だった。
いやいや、あのイケメンは関係ない、関係ない。
「そうだな……春の社交シーズンだからかソロでの参加が多かったな」
全体的に野郎ばかりで女性が少なかった。そういう意味では華やかさに欠けていたともいう。
「そうそう、パートナーがいないせいか、男同士でダンスを踊る人もいたぞ。いや、あれ? 女の人同士でも踊っていたかな?」
もしかして、王宮の夜会って無礼講だった? 俺ももっとはしゃいでも大丈夫だった?
「それです!」
ズビシッと俺に人差し指を突き付けたディーンは、ベンジャミンの手にぎゅむとあらぬ方向へ曲げられていた。
「イテーッ!」
「馬鹿者。主人に対して態度が悪い。申し訳ありません、セシル様。つまり……同性婚でございます」
「同性婚?」
それって同性同士で結婚できるつー制度のこと? 前世ではまだまだだったのに、この世界では同性婚が認められているだと?
いいんじゃない。別に俺は反対じゃない。俺の性的指向は異性だけど、同性同士でも愛は貴き愛なのです。
「ええ、同性婚が認められているは平民だけでなく貴族も王族もです。あの家庭教師候補の方も同性のパートナーがいらっしゃいます」
「なあんだ、そうだったのか」
つまり結婚しているつーことだよな? 同性婚だったらシャーロットちゃんに手を出す危険も少しは下がるか?
「あー痛ッ。あと、セシル様のお兄様。ハーディング侯爵様も同性婚ですよ」
曲げられた指を押さえてディーンが余計な情報を追加する。
……ん? なんだって? 兄上の結婚が同性婚?
それは……兄上の奥さんは男?
「は? はあ? はああああああぁぁっ?」
だって、兄上には子どもがいるじゃん。どうなってんの?




