伯爵、押し売りされる
王都でのスケジュールを消化して、シャーロットちゃんへのお土産も買って、さあオールポート領に帰ろうか、なんて話していた朝に突撃してきたのは、顔色の悪いトビーだった。
どうした? なにか悪いモンでも口にしたか? それとも、今さらオールポート領には行かないって言わんよな?
「た、助けてください、セシル様! お願いしましゆゅゅゅゅっ」
朝食の席に突入し、そのまま見事なスライディング土下座を披露したトビー。すげぇな、前世の俺だったら、一緒に謝罪行脚に行かない? と誘いたいほど素晴らしい土下座だ。
しかし、いきなり「助けて」と請われても、俺にはなんのことだがわからず、パチパチと瞬きを数回繰り返す。
「へ?」
トビーの後ろにはリタもいて、深々とこちらへ頭を下げている。
「たしゅけてくだしゃいいいいぃぃぃっ」
いや、お前、まずは涙と鼻水を拭けよ。
はっと我に返ったヴァスコとベンジャミンが二人を椅子に座らせ、温かい紅茶を淹れてやる。
俺もまだ食後のティータイム中だった。
「で、俺は誰を助ければいいんだ?」
「……セシル様、すみません。でももう、セシル様しか頼れないんですぅぅぅぅぅっ」
また泣き出しちゃったよ……。俺たちの呆れた視線に気づいたリタが説明してくれたよ。
トビーとリタが流されるままに王都にやってきて借りることになった例の店舗。知り合いもいない王都で、トビーとリタが困ったのは仕入れ先だ。
右も左もわからない王都で、店に必要な食材を売っている場所も、店舗を飾る小物や食器を売っている店すらもわからない。
そんな田舎者二人に心よく手を差し伸べてくれた人がいた。
自分たちも決して立地の良い場所ではないところで店を開き、ギリギリの生活をしているのに、トビーとリタに良品を扱う仕入先と安価でもセンスのいい品を売っている雑貨店などを紹介してくれた。
店の開店資金で持ち金が尽きると、食事を持ってきてくれたり、テーブルクロスにと布を贈ってくれたりと面倒をみてくれた。
「……優しい人たちです。どうか彼らもオールポート領で店を開かせてもらえませんか?」
「そりゃ、いいけど。せっかく王都で店を出しているのにいいのか?」
トビーとリタは元々、生まれ育った村に近い町で店を開くつもりだったから、オールポート領で店をやることに問題はないだろうけど。
「はい。それは大丈夫です。それに……お店は燃えてしまったので」
「も、燃えた?」
なんて物騒な話だ……。
トビーとリタの店は肉体労働者たちが仕事終わりに一杯やってく飲み屋街にあり、その親切な知人の店は鍛冶屋などの職人街にある。
飲食店なら職人たちは喜びそうだが、提供している商品が職人たちには合わなかった。
その店だけ周りと合わず浮いてる存在だったのを面白くないと思う職人たちは多かった。
ある日、酔ったノリで店の壁を蹴っ飛ばされ口論になり、誰かが店の置き看板に火を点け、その火が風に煽られ店が半焼。
「ギリギリでやりくりしていたので、店を直すお金もなく……恩人がそんな状態なのに、わ、私たちだけオールポート領で店を開くなんて……」
いつも心配してくれるその人たちに、破格の条件でオールポート領で店を開くことができるからとお別れの挨拶に出向いたら、この世の終わりと嘆いている恩人の姿があったと……、そりゃ泣いて助けを求めるわな。
「んー、まだ空き店舗はあるからいいけど……問題はさ、その店の商品が美味いかどうかだ。人情で助けてあげるほど伯爵領は豊かではないのでね」
元々の領民だったらいいけど、君たちはいわゆる余所者なので、俺が必要以上に贔屓するわけにはいかんのだ。
あんまりセシル・オールポートの独断が過ぎると、今までの不満が爆発して領民が暴動を起こしてしまう。
トビーとリタは互いに顔を見合わせ力強く頷くと声を合わせて断言した。
「「美味しいです!」」
その店が扱っていたのは「パン」と「タルト・パイ」だそうだ。
「職人たちにパンって不人気なのか?」
総菜パンとか好きそうだけど?
「……セシル様」
ベンジャミンのその低い声に俺はビクッと背中を震わせた。も、もしかして総菜パンとかない世界だったりした?
俺はぎゅむと口を結ぶと代わりにベンジャミンがトビーに指示を出す。
「まずは貴方たちが呑んだ条件の話を。それから出発の日程は遅らせませんから、間に合わなければ自分たちでオールポート領に来ることを了承させなさい。あとは、昼にその者たちが作ったものを審査します。厨房を貸しますから本人たちを連れてきなさい」
「パンとかだったら小麦とかバターに拘りがあるかもな。どうしてもならオールポート産じゃなくてもいいぞ」
トビーとリタは手を取り合って喜び、来たときの悲愴な表情と打って変わり、ルンルン気分で出て行った。
ちっ、リア充め。
「ヴァスコ。引き続きトビーたちみたいな料理人や不遇な目に遭っている商人がいたら、オールポート領へ行くように促してくれ。秋の社交シーズンまでにはメインストリートの空き店舗は失くしておきたい」
見栄えの問題でね。裏道や細道の店は領民が営むほうが治安的にいいかもしれないし。
ヴァスコは俺の言葉に黙って頭を下げる。隣にいるベンジャミンにはオールポート領へ帰る準備を頼む。
「貸馬車がもう一台必要になるかもしれない。トビーたちのオールポート領での借り住まいは屋敷でいいかな?」
「そうですね。いずれそれぞれの働き場所で生活するでしょうし、屋敷の使用人部屋をお貸ししましょう」
「頼む」
はーっ、まだまだ忙しいぞっ!




