伯爵、軍神と出会う
俺は王城の正面に面した明るく趣向を凝らした庭ではなく、裏庭のようなポツポツと灯りがある静かな木々に囲まれた場所に出てしまったようだ。
ちんまりとしたかわいい噴水の前にベンチが置いてあるから、座って時間を潰そう。
どっこいしょ、と。
「ふーっ」
まるでお風呂に入ったおじさんみたいな声が漏れちゃったよ。
背中には王宮のホールの賑やかな声が微かに振り注ぎ、煌びやか灯りが足元をほんのりと照らす。
王様たちに挨拶したのはイレギュラーだったけど、兄上を介してこれから付き合うであろう貴族と知り合えたのはよかった。
屋敷に帰ったら、ベンジャミンとヴァスコ指導の元、お手紙でも出しておかねば。
あー、領地に帰ったら西側の領地だけでなく南に広がる農作地と東に聳える鉱山も視察に行かないとなぁ……。
この巨体を引きずっての馬車旅にちょっとうんざりするけれど、シャーロットちゃんも連れて行ってあげたいし、あちこち異世界を見て回れるのは楽しみだ。
サラリーマン時代も出張に行くまでは面倒で憂鬱な気分だったが、行ってしまえば現地のグルメや文化をどっぷりと楽しんだ覚えがある。
お土産をあれこれ選んで買うのも楽しかった。
ああ……シャーロットちゃんに王都のお土産を買って帰ろう。どこぞの観光土産みたいに地名の入ったクッキーとかお饅頭とか売ってないかな?
うう~ん、王都名物ってなんだろう? あっ、じゃあオールポート領名物も作ってしまおうか?
目を瞑って、噴水の水音を聞いて癒されながら、頭の中は領地経営のあれこれやを考えている異世界でも社畜の俺。
どれぐらいの時間が経っただろう。兄上を呼び止めたお爺ちゃんは話好きな人の好さそうなタイプに見えたから、まだまだ兄上は解放されないかもしれない。
そうそう、俺といえば他人の「気」が見れる能力があるっぽいけど、四六時中、会う人会う人の「気」が見えたら、世界が極彩色で目がチカチカするので、ちょっと困っていた。
ダイエットでウォーキングに勤しむ傍ら、何気に能力コントロールに精を出し、この夜会参加前に無事に能力を制御できるようになりました!
この人の「気」が見たい! と望むと「気」が見えるようにしました。
よかったぜ……結構「気」が見えすぎて挙動不審になるときがあったからな……。
ただし、強い「気」の場合は見えてしまう。こちらが遮断していても強い「気」、強い感情やカリスマ性などは目に映ってしまうので注意だ。
今回も王族の皆さまとこれから付き合うであろう貴族の皆さんには、俺の能力を開放したがそれ以外は無視です。
俺を白豚だと蔑んで周りでコソコソ噂話をしていた紳士淑女の「気」なんて、わざわざ見なくてもわかろうってものだ。
この能力は活かさないとね。悪人も俺たちを騙そうと近づく輩にも、害そうとする奴らからは逃げて避けて、仲良くお互いに切磋琢磨できる善人と付き合いたい。
くふくふと笑っている俺の上に誰かの影が重なる。
バッと振り向くよりも先に、腰にきそうなバリトンボイスが白豚の耳に捧げられた。
「どうかされましたか?」
――そこには、月の光を浴びた軍神が立っていた。
夜の闇より漆黒で艶のある髪に、星のように瞬く黄金の瞳。白い肌に高い鼻梁、薄い唇からは最高級の音楽が紡ぎだされる。
軍服は白を基調に金銀の勲章と金色の紐が幾重にも飾られている。飾緒とかいう紐だったかな?
左肩にだけ羽織ったジャケット風のマントは紺色。
ストイックな軍服を着こなすスタイルも抜群だ。前の世界の親友よりも高い身長に足が長い! 本当に足が長い! ロングブーツを履いてるからそう見えるのではなく、体の半分が足なのでは?
は……腹立つううううぅぅぅっ!
俺はイケメンの登場にやや機嫌を損ねてムッと顔を顰めてみせた。
「なんでもない。ちょっと人に酔っただけだ」
見ごたえのある庭ではなく、こんな人のいない場所で噴水見ながら見慣れない白豚がポツンと一人でいたら怪しいかもしれないけど、ちゃんと王様に招待された貴族だもん!
「大丈夫ですか?」
クールな容貌なイケメンがちょっと眉尻下げて心配そうに俺の顔を窺う。
あら、いやだ。勝手にイケメンだからと僻んでいた白豚にまで優しいなんて……くそっ、勝てねぇ。
んぐぐっと口を結んでいると、遠くから俺の名前を呼ぶ兄上の声が聞こえてきた。
「……シル。セーシール!」
侯爵当主でありながら久しぶりに会えた弟を心配して、王城の庭をマナー違反にも小走りで駆けてくる兄上の姿に、ついクスリと笑いが漏れる。
「お知り合いですか?」
「ああ。兄上だ」
俺が笑った顔に釣られて軍服イケメン様もフッと笑いを漏らすが……本当にイケメンだなあああぁぁぁっ。ちっ。
このままこの軍服イケメンといたら、ますます俺の僻み根性が酷くなるので、兄上と一緒に帰ることにしよう。
よっこいしょとベンチから立ち上がろうとしたら、目の前にスーッと差し出される白い手袋に包まれた大きな手。
「へ?」
視線を何度も軍服イケメンの顔と手と往復させて、気づく。
お、俺に差し出され手なのか?
プルプルと震えて自分の手をちょこんと乗せれば、意外な力でグッと握られグイッと引っ張られた。
もう、そのまま軍服イケメンの胸に飛び込むんじゃないかって力でベンチから離された俺は、彼の支えもあってすんなりと立ち上がることができた。
「あ、ありがとう」
「いいえ。暗いので足元に気をつけて。それでは……」
軍服イケメンは颯爽とその場を去っていった。
「セシル?」
「……兄上。今の方はどなたですか?」
「え? ああ、あの方は騎士団副団長、ルーカス・ウェントブルック殿だよ。現ウェントブルック辺境伯の弟君で最強の騎士との噂だ」
最強の騎士。ルーカス・ウェントブルック。
あいつ、最後俺の手を離すとき、耳元で「セシル」って名前を囁きやがった。
もしかして、俺の知り合いなのか?




