伯爵、夜会に舞い降りる
キラキラと輝くシャンデリアの灯り。ユラユラと揺らめくテーブルにセッティングされた燭台の蝋燭の炎。
ヒラヒラと淑女を飾るドレスとレースの海の中でキラリンと光る宝石の数々。ざわざわとざわめく人の声。
やってきました、王宮へ!
今日が本番、王家主催の春の夜会当日でございます。
あー、紳士淑女の視線がブスブス刺さって、イテー、イテー。
あれだよ、入場するときにさ、「誰々様、おな~り~」みたいに声を張り上げてくれるんだけどさ、俺が入場するときに係の人が「オールポート伯爵様」と高らかに名前を呼ぶと、会場内にいる人、全員がギョルンとこちらを見たのだ。
こわーっ。
まさしく動物園のパンダ状態で、好奇心に塗れた視線に晒され、あちこちでコソコソと噂話が始まった。
……ま、今まで社交を無視していたオールポート伯爵の登場とこの白豚加減に、噂好きの貴族たちに黙れとは言えん。
その前の亡くなった奥さんもなにやら噂の的だったらしいし、例の下品ママの「自称伯爵夫人」も笑いの種だったろうしね。
俺は視線にメッタ刺しにされたまま、優雅に会場内を移動する。
いや、緊張はしているよ?
初めて会ったときのトビーみたいに右手右足が一緒に出ないように注意しているよ?
体はガッチガチに硬直しているけど、見た目がポヨンポヨンのぷにぷにだから、周りからはそうは見られていないと思う。
とにかく、会場の端に行き、頼みの綱の兄上が入場するまで時間を潰さねば。
爵位順に入場するのがセオリーなので、伯爵の上の侯爵である兄上の入場はまだまだ。
ボッチのときに、厄介な奴に絡まれないように目立たない、目立たない……って、この巨体だと無理か?
どうやらセシル君は結婚前、王都の学園に通っていたから同年代の奴らには注意しとかないと、下手に親しげに声をかけられてもこっちには記憶がないので返答できないし。
無我の境地……とまでは達観できないが、誰とも視線を合わせず石のようにじっとしている俺の肩を誰かがポンポンと叩きしまた。
ビクッ! とする。
「セシル、待たせたね」
恐る恐る後ろを向くと、爽やか笑顔の兄上がニッコリ笑顔で立っていた。
「あ、兄上……早いですね?」
うっかり入場時の案内を聞き漏らしたみたいだが、侯爵様の入場にしてはやや早いような?
「ああ。セシルが心配で早く来たんだ」
善人がすぎる! もしくはブラコンかっ!
そういえば、この人は天使のセシル君から白豚に突然変異した弟の姿に動揺しなかったんだよなぁ。
その鋭い瞳には、いつも弟に対する愛情が湛えられている。「気」も安定のパステルピンクとオレンジでキラキラだ。
兄上にホテル就職希望者の斡旋のお礼と王都で見つけたトビーたちの話をすると、ニコニコ顔の兄上から爆弾発言が……。
「へ?」
「うん。一緒に陛下への挨拶することになったから」
陛下への挨拶?
そ、それは高位貴族は問答無用で夜会とかにはいつもしている挨拶のこと?
え? それって伯爵以下は陛下やその他重臣たちが選んだ人が挨拶すればいいんだよね?
なんで、俺が……セシル・オールポート伯爵が選ばれた?
「陛下もね、セシルに会うのは久しぶりだって楽しみにしていたよ」
「そ、そうですか」
お前か? お前がやらかしたんだな?
くそーっ、ブラコン侮りがたし。この白豚でもかわいい弟と思い陛下たちにポロッと話しちゃったか……。
それで興味を持った陛下のご指名が入ったのね。大丈夫? かわいい弟は白豚なんだけど。
それでどうしたって? 行ったよ、挨拶。兄上と一緒に。
王族のいるところって、ホールより高いところに玉座があるから、俺にしては大変なの。
ただでさえガチャガチャと飾りが付いた貴族の正装姿で、数段とはいえ階段を上るんだよ?
ブヒブヒしちゃうわ!
んで、「太陽のなんたら」という決まり文句で挨拶をした俺を興味深そうな目で見た国王陛下と、扇を広げて口元を隠し目を大きく見開いて俺の足元から頭の先まで何往復も視線を動かしていた王妃様、スンッと澄ました顔のままの王太子様、王太子妃様の前を汗をかきかき通りすぎ、気になったのは第二王子殿下が王妃様とまったく同じ顔で俺を凝視していたことだ。
珍しい? この白豚が?
「セシル。気を付けて。第二王子殿下はセシルと同時期に学園に通っておられた」
「うわっ。はい」
アブねぇぇぇぇぇぇぇっ。顔見知りかよっ。
ま、学生時代の天使から大天使に進化途中のセシル君と、今の白豚伯爵がイコールになるのは、難しいと思うが。
鬼門である王族への挨拶をなんとかクリアしたあとは、兄上にお願いしていた貴族当主たちへの挨拶、顔つなぎだ。
オールポート領の農産物を買い入れている領地や鉱山から採掘した宝石を加工する職人を抱えた領地、山や川で繋がっている隣の領地など。
今までの不義理で文句を言いたい人もいたかもしれないが、バックに王家の覚えもめでたいハーディング侯爵がいたから、皆さんとっても友好的でした。
うっ、そろそろ白豚の体が悲鳴を上げる。
「あ、兄上。俺じゃない、私はそろそろ」
お暇したいです。帰りたいです。もう、いいですよね?
そんな気持ちを込めて首を傾げると、兄上は手に持っていたワイングラスを慌てて給仕に押し付けた。
「そうだな。目的は達したから帰ろうか? おい、馬車を頼む」
「いやいや、兄上はまだいいでしょう? 私だけ先に帰ります」
まだ宴もたけなわ、紳士淑女もお酒やおつまみ、スイーツを手に楽しんでいますよ?
でも、国王陛下と王妃様、王太子様と王太子妃様のファーストダンスも終わり、ホール中央でダンスを楽しむ人が減ってきた時間ではある。
兄上は俺の背中にそっと手を添えて出口までエスコートし始めた。
……そういえば、今回の夜会って男ばっかりね。女性の姿が極端に少ない……春の社交シーズンだからか?
そのため、本来は必要なパートナーもなしで、俺や兄上のようにソロ参加も多いみたい。
エスコートする女性もいないから助かったけどね。シャーロットちゃんはまだデビュタントもまだだから夜会参加できないし。
「やあ、ハーディング侯爵」
扉近くで兄上に声をかけてきた老紳士の姿に、兄上が驚いた表情を見せる。
「ラス・ヤーゲン博士」
「久しぶりだね。そうだ、最近、面白い論文を読んで、ぜひ君と話したいと思っていたのだよ。今いいかね?」
「あ……っと、えっと」
うん、兄上が困っている。これは白豚が気を利かせないとダメだな。
「兄上、どうぞ。私は少し外の空気を吸ってきます」
俺は引き止められる前にそそくさとホールを抜けて庭へと逃げ出した。




