領主、狼と対峙する
鉱山と聞いてゴツゴツした岩山ばかりだと思っていた。実際、ヴァゼーレの鉱山町に入るとき、周りは岩山だらけだったしね。
でも、町の奥の山々は天辺ハゲ山もあるが、緑が濃く前世で登った山と変わることのない普通の山々に見えた。不本意にも輿に乗せられて山道に入っても、周りは立派な大木だし、小動物がウロチョロしているし。でこぼことした山道は歩きにくそうだが、特に変わらない山に見えたんだ。ゴツゴツとした岩もないわけじゃないが、岩ばかりという景観ではなかった。
そして、いま……魔獣が率いる狼の群れは、俺たちよりも約一メートル高い場所から敵である人間を見下ろしている。緩やかな傾斜の山道だと思っていたが、ところどころ小さな崖のような場所もあり、うっかり道から逸れると大怪我をするとレナードから教えられていた。そんな場所から魔獣が俺たちを睨んでいる。
「ん?」
一番大きい黒い狼が群れのリーダーで魔獣化した奴で、その隣に陣取っているのは白い狼で黒い狼より一回り小さいが周りの狼よりは大きい。ちょっとほっそりしているが雌だろうか? そういえば、もう一匹の魔獣は番だと言っていた。この黒と白の狼が魔獣化した奴らだろう。
その周りにいる狼が野性の狼だ。でも三~四匹しかいないような? 残りの狼たちはどこにいった?
ま……まさか、ハリソンとレナードでヒャッハー! とばかりにやってしまったか?
黒い狼は俺たちを睨みつけたままなので、俺はキョロキョロと目玉だけを器用に動かして残りの狼たちを探す。そこへ、あちらこちらから狼の遠吠えが聞こえてきた。
アオーンッ! アオーン!
右から聞こえたら左から。後ろから聞こえたら前からも。狼の遠吠えが周りに溢れてくるが、黒い狼の視線は俺たちから外れないよーっ。
……ん? いや、白い狼はキョロキョロしだしたな……そしてじっと見つめる……黒い狼を……って、旦那の姿をうっとりと見惚れてんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!
心の絶叫が聞こえたのか、白い狼がチラリと俺のほうを見た! ひゃああああああぁぁぁぁっ!
ひゅっと首を竦めて、ゆっくりと狼たちから視線を外す。こ、こえええぇぇぇぇっ。
「セシル様。いかがしますか?」
こそっとブランドンが俺にお伺いをたててくる。う~ん、魔獣討伐に慣れているブランドンたちでも、あの黒い狼とやり合うのは難儀なのでは?
「あれ……倒せる? こっちの被害なしで」
「……あれは、ちょっと……」
ブランドンの答えの歯切れが悪くなった。そうだよねぇ、あの黒い狼は簡単には倒せないよ。しかも、ラスキン博士が「絶対に殺すな!」という訴えを体全体で示している。元気だなぁ、あの爺さん。
まず、黒い狼と一対一で戦った場合。ブランドンは討伐はできるが自分も怪我が酷く戦線離脱し騎士に復帰できないかもしれない。ハリソンは勝てる! と豪語したが、そもそも黒い狼と一対一で戦う状態にするまでに満身創痍になってしまうので、実際はギリ勝てるレベルらしい。レナードもリーダーとやり合うまでに群れの狼ともう一匹の魔獣の排除が難しいから、やらないと。番を守るために黒い狼がしゃしゃり出てくる可能性が高く、そうなれば魔獣二匹と戦うことになる。
命がいくつあっても足りないし、金にもならないから元傭兵としては受けない依頼だ……と魔獣と対面した日の夜に語ってくれた。
その……ツヨツヨ三人が討伐に難渋する魔獣と睨み合うこと……どれぐらい? まだ数分の気もするし、もう何十分も経った気もする。
そして、緊張感が高まる狼たちの遠吠えサウンド。
じりっ。
おやおや? 黒い狼に注目して気がつかなかったが、その黒い狼をうっとりと見つめる白い狼の背後にいた、子分狼たちの姿が見えなくなっている。もしかして、もっと後ろにいるのか?
巨体である俺にはキツイ姿勢だが、ひょいと爪先立ちして黒い狼の後方を見ようと……ひいぃぃぃぃぃっ、狼のヤロー、グワッと口を大きく開けやがった!
「ひいっ」
黒い狼は一歩、二歩、こちらに近づきグイッと首を伸ばし、俺へ威嚇するため牙を見せつける。魔獣の動きにハリソンの顔が引き攣るのが見えた。
やばい! 俺が、よりにもよって俺が魔獣たちとの均衡を崩してしまったか?
ブランドンが俺の前に出ようと体を前傾させた瞬間、今度は白い狼がグルルルルッと唸った。
「出るな! ブランドン」
下手に刺激したら、一気に斜面を駆け下りて、ガブッと俺の首元に噛みつくだろう。だって、この中で一番、俺が美味そうだもん。ハリソンたちは鍛えていて肉が硬いからダメだ。ラスキン博士は食うところないし。一番はムダに柔らかい肉に覆われた俺、次にメイで、その次がディーンだ。誰が一番魔獣が美味しく感じる肉コンテストで優勝しても嬉しくないやい!
俺はクイッと顎を上げてやけくそで黒い狼とバッチリと目を合わした。合わしてしまった。ゴクリ……もう逃げられないぞ。
「……セシル様」
バカ、ディーン。お前まで俺の前に出ようとするんじゃない! 俺は左腕を横に伸ばしディーンを牽制した。
「ふーっ。おーいっ、そこの魔獣。狼? リーダー? とにかく、落ち着いて俺の話を聞いてくれーっ」
話し合いなんて魔獣だろうが、狼だろうが、できるわけないけど、とりあえず俺の覚悟が決まるまでの時間稼ぎだ……って、あれ? 黒い狼の口が徐々に閉じられ、その金色の瞳に知性の輝きがあるように見えた。も、もしかして、俺の話が理解できてる?
「……んんっ。俺はセシル・オールポート。このヴァゼーレの地を治める領主でありオールポート伯爵だ」
「……」
一歩、俺は黒い狼に近づき、胸に右手をあて軽く礼をする。たかが魔獣に? そうだ、お互い治める地のリーダー同士、敬意をもって接するんだ。
「騒がしくしてすまない。この山で採れていた石に問題があり確認にきた。決してお前たちのテリトリーには入らないし、奪わない。だから……お前たちも俺たちの生活圏に入らず、何も奪わないと約束してくれ」
これからも、この山で魔石を採掘するのに人が出入りするからね。君たちは大人しく山の奥で生活しててくれないかなぁ。身勝手な願いだとは思うが、なんだかこの狼を討伐する気になれないんだよなぁ。隣で奥さんがずっと見惚れているしね……って、奥さんの見ているのって旦那? なんか視線ズレてない?




