領主、笑われる
教えて、ラスキン博士!
俺の期待するキラキラの眼から、嫌そうに視線を外したラスキン博士は首をちょっと捻った。
「まず、魔獣は群れない。目撃される魔獣はたいていは一匹だ。そこから出没地域を調査して、もう一匹いるかいないか。ここの狼型の魔獣は、その一際大きい体躯の狼と、もう一匹いると聞いている。……推測だが、その魔獣は元々群れのリーダーだったのではないか?」
ラスキン博士の言葉にレナードたち鉱山夫は目をぱちくりとしたあと、円陣を組んでコソコソと相談しあう。
「ラスキン博士。でも魔獣って他の獣に対しては攻撃するつーか、捕食対象なんだろう? 元は同じ群れでも魔獣化した時点で他の狼は食われんじゃないの?」
クラリッサ女史から教えてもらった知識ではそうだ。そして、魔獣同士だからといって群れない。つまり普通の狼とつるんでいるのも変なら、他の魔獣と行動を共にしているのもおかしい。弱肉強食の世界はどこいった?
「魔獣化することがハッキリと解析されたわけじゃないからのぅ。ただ、魔獣化した獣が本能のままに攻撃性を高くするのには、知能の程度の問題ではないかと思っている」
ラスキン博士の研究では、獣の体内に自然界で溢れている魔力の素、魔素が入り込み魔獣化するのを定義として、人と比べることをしていた。人の体内には魔素が存在する。人と獣も同じ魔素が体内にあるのに、それぞれが影響する程度が違いすぎるのは何故か、と。
俺の考えとしては、ほとんどの人は魔力を魔法として使うことはできないが、魔石の魔力充填のように魔力操作できる人は少数いると思う。だけど、魔獣は人と違って魔力操作とかできなさそう。
「え? 魔法を使える人っているの?」
俺もラスキン博士とコソコソと内緒話中です。ここら辺は世界の常識の話だから、堂々と話していると俺の常識を疑われてしまう。でも、レナードたちに記憶喪失なんですみません、って理由を説明するわけにはいかない。
「うむ。極稀に魔法を行使できる者がいる。いわゆる魔法使いというものだ。四元素の魔法が確認されている。だいたいは国の軍に囲われるから、ワシらが会えることはないだろうが。だが、ここで仮説が立てられる。人は体内に魔素があっても理性が保っていられるのに、なぜ魔獣はできないのか?」
「いや、それは……」
あいつらに理性がねぇからでしょ? 犬とか猿とかは知性が高いと思うけど、ネズミとか猪とかは無理じゃん。狼はどうかな? 知性とか理性とか……ないだろう? だって野性の獣だよ?
俺が腕を組んでう~むと唸っていると、レナードたちの内緒話が終わりこちらに体を向けてきた。
「狼の群れについては頻繁に目撃されていたわけじゃない。ただ、魔獣化した狼は群れのリーダーとその番だと証言する者がいる」
「やっぱりか……」
ラスキン博士は、群れの規模や狼たちの年齢など矢継ぎ早に質問をし、不明確ではあるがある程度の回答を手に入れると、目を瞑って熟考の体勢に入ってしまった。
もう、これ納得する答えが出るまで動かないやつじゃん。
「はーっ。しばらく休憩だな。ディーン、トビーにもらった菓子を出してくれ。メイはお茶を頼む」
「はい」
「かしこまりました」
馬車の長期移動でそのまま鉱山夫たちと会談ってオーバーワークだよね?
ディーンが籠ごとトビーの菓子をテーブルの上にドーンと置き、メイが俺たちとレナードたちにお茶を淹れて配る。こちら側は茶器もある程度持ってきていたが、レナードたちの分は持ち運び用のカップだったので、メイのこめかみがピクピクしていた。
いいじゃん、飲めればなんでも……って言ったら、俺が被害に遭うから黙ってよーと。
「美味いな」
「だろ? 領地経営としてこっちもなんとか持ち直してきたところだ。西側領地もサレルノと名付け新しい産業が生まれつつある」
レナードとハリソンが緊張感のない会話を始めた。トビーの菓子が褒められるのは嬉しいが、領地内の他の地域が盛り上がっている話は、ここでは秘密にしておいてほしかった。だって、ここはこれから寂れちゃうかもしれなでしょ?
「なにができる?」
「ああ……俺にもよくわからんが、綿と亜麻を育てて、カイコとカラーシープを飼いだした。糸とか布を作るらしい」
ぎゃあああぁぁぁぁっっ、なにをペロッと話しちゃっているのよ、ハリソンくん! ほらほら、ほぉらぁ、レナードの片方だけの鋭いお目々が俺を見ているじゃないのぅ。
え、えへへへ。
白豚、ここ一番の笑顔を浮かべてみたけど……効果なし! 無念!
「なにをおかしい顔をしているんじゃ。セシル様、とにかくその魔獣をこの目で見てみたい。ワシを明日、山に連れて行ってくれ」
「は? はあああぁぁぁっ? 死ぬぞ、爺さん! 何を言ってんの? ラスキン博士は魔獣についてレクチャーしてくれて、討伐したあとは解剖でもなんでもすればいいけど、山はダメでしょ。俺とは別の意味でダメでしょ?」
両手で大きくバツをしてラスキン博士の要求を即却下する。
「いいじゃねぇか、別に。爺さんが行きたいなら連れて行ってやるぞ。ハリソンも行くだろう?」
「まあな。俺たちは魔獣専用の武器を持ってきたし、元より行くつもりだからな」
レナードとハリソンが視線を合わして、ニッと男臭く笑い合う。いやいや、お前たち筋肉バカと片足棺桶に突っ込んでいる爺さんを同レベルで語るなよっ。
「領主様はわざわざここまできて魔獣討伐の見物もしないのか? なんのためにきたんだ?」
「はあっ? バッカヤロー。俺だって行けるなら行くわっ。この体で山歩きができるか! 魔獣に襲われる前に自分の体で死ぬわっ」
あ、つい。素の俺で反応しちゃった……。伯爵としての威厳が……。
そっと見たレナードたちは、きょとんとした顔だったのが、徐々に表情が崩れていき、最後には大爆笑になった。
なんだよ、ちくしょー。しょうがないだろう? 白豚伯爵は運動量が決まってんだよ!




