領主、ビビる
シーン……。
無言が痛いなぁ。
俺か? まずは俺が話の口火を切らないとダメなのか? ええーっ、やだよぉ、怖いんだもん、目の前の山賊が。
ヴァゼーレの鉱山町中央に建つ役所の二階、たぶんここの役所の代官が使っていた執務室に案内された俺たち。対面のソファーに座るは山賊改めここの現リーダー、レナード。太い腕を組んで長い足をグワッと広げてどっかりと座っている。その後ろにはボディーガードですか? と思う人相の悪い筋肉隆々の男たちがギラギラとした目でこちらを睨んでいた。
こ、怖いよぅ。
レナードの隣にちょこんと使者くんが座っているが、書記官のつもりなのか紙とペンを用意して真剣な顔でこちらを窺っている。
対するこちらは、俺とクラークとラスキン博士がソファーに座り、ディーンとメイ、ハーディング家からの騎士の隊長さんが後ろに立ってレナードたちに眼を飛ばしている。ハリソンはお誕生日席の一人掛けソファーに座ってもらった。お互いを繋ぐ唯一の人物だから、いわゆる仲介人の役目を押し付けたのだ。
あれ?
「おい! ハリソンがここを仕切らないと話し合いが進まないだろう!」
あっぶねええぇぇぇぇぇぇっ。
俺から話し始めなきゃならないかと、冷や汗が背中を流れちゃったよ。
「え? 俺ですか?」
「ハリソンに仕切りなんて、できねぇだろう」
レナードがニヤニヤとハリソンを揶揄うと、ハリソンはムッと眉を寄せてレナードを睨む。
「セシル様。だいたい話し合いなんて必要ですか? 鉱山は採れるモンがなくなったから廃鉱山。魔獣が出没したから討伐。討伐に参加しないなら鉱山夫を含め町の住人は散開する。違いますか?」
あー、バカ。バカ。ハリソンの大バカ!
なにをバカ正直に現状の話をしちゃってんの! 誰でもこれからの生活に不安を覚えているときに、本当のことでも「ここは終わり」って言われたら動揺するでしょ? なんのために俺がここに来たと思ってんの? 住民たちの不安を和らげて暴動が起きないようにって考えたからでしょう?
はーっ、このバカッ!
ゴツン。
「イテッ。何するんですか?」
「あ、ごめん。ハリソンのバカと思ったら蹴っちゃった」
てへっ。いや、殴ろうと思ったけど素早く立ち上がって行動できるだけのポテンシャルはまだないのよ、この白豚の体には。だから咄嗟に足が出て、お前の脛にクリティカルヒットしてしまった。
許せ、わざとだか。ふわははははっ。
「ハーハハハハッ。なに、ハリソン? そんな愚鈍そうな奴に一発いれられたのか?」
ハリソンを指差し大口開けて笑うレナードの姿は、まさに山賊だ。……いやまて、お前、俺のこと「愚鈍」って言ったな?
俺とハリソンが半眼でレナードを冷ややかに見つめると、コホンとわざとらしい咳払いをして、再び威厳たっぷりに腕を組んでふんぞりかえった。
「お前らは何を遊んでいるのじゃ。いいかげん話を進めんかいっ」
バンッとテーブルを拳で強く叩いて、ラスキン博士が怒声を発する。
す、すみません。真面目に話し合いをします。
俺たちは肩を竦めて体を小さく縮めた……つもりだ。
「結局、俺たちにここを出て行けって話じゃねぇか」
憮然とした表情でドガリとテーブルに足を乗せ、こちらを堂々と威嚇してくるレナード。
俺……領主ですけど? 偉い人ですけど? でもジロリと睨まれたら、顔を背けちゃうよ、だって怖いんだもん。
「しかし……宝石の採掘が叶わないとなると、この地域には鉱山に代わるものがなく。廃鉱山となれば、町に残っても生活の糧はなくなりますよ?」
クラークが恐る恐る告げる状況に、レナードは人を殺しそうな眼で睨み「あ?」という一言で、こちらを黙らせてしまう。
鉱山……もう何も出ないのかな? 俺としてはちょっと思いつくことがあるけど……確認できないしなぁ。
それは、ハーディング領地の山にも魔獣が出るという話と、セシル君のお友達だったヴィヴィアン・オファレルが責任者である商会の支店が、魔獣が出るチェゼーナ地方にあること。オファレル商会はあらゆる商品を取り扱って手広く商売をしているけど、特に魔道具の開発に定評がある。腕のいいお抱えの魔道具師が何人もいるらしい。
このヒントを得て、俺はノーマンに辺境以外で出没する魔獣の場所と、あるモノの関係を調べてもらった。俺のカンが当たっていれば、もしかしたらこの地域にもそれがあるかもしれない。ノーマンが調べた結果は、八〇%を超える高い確率で合致していたからだ。
でも、それをいま、ここのテーブルで交渉するわけにはいかないんだよなぁ。
「あのさ、とにかく対処が必要なことから話そう。魔獣の討伐のことだ」
俺が目配せをするとディーンはちょっと困った顔をして、テーブルの隅っこにここヴァゼーレの地図を広げた。
「どけ」
ハリソンがバシンとレナードの足を払い、テーブルからどかす。レナードは叱られた子どものように口を尖らせてハリソンに視線を移した。
「んで、魔獣が出没した場所を教えてくれ」
「あん? こいつが伝えただろう?」
レナードがクイクイと親指で使者くんを指し示し、受けた使者くんもブンブンと激しく頭を上下に動かした。
「……正確な場所が知りたい。ここにいるラスキン博士は魔獣研究の第一人者だ」
たぶん、知らないけど。少なくてもここにいる奴らよりも魔獣に詳しいだろう。
「ふん。魔獣、狼の魔獣の群れが出たのは、鉱山のこことここだ」
レナードが指で示した場所は、隣り合う鉱山でウィウス山とコルノ山と呼ばれている。もう一つの鉱山は少し離れた場所にあるクエットリ山だ。
「ふむ。ずいぶんと人里に近い場所じゃな。もっと奥にいるかと思ったわい。で、被害者は出たのか?」
「いいや。こちらが魔獣を発見して騒いだら、一際大きな体躯の狼がひと鳴きして山の奥へと走り去って行った。だが、またしばらくすると同じ場所に姿を現す」
……俺の気のせいかな? 狼たち、何か目的があってその場所に来るのでは? でもその目的ってなんだろう……。




