領主、見送られ出発する
魔獣が出没し、ガラの悪い鉱山夫がうろつくヴァゼーレの地へ、メイは騎士の一人として志願して俺に随行するらしい。
なんで?
「お嬢様のためです。将来、お嬢様が治めるオールポート領地の安寧のために、私は剣を振るいます!」
マジか……あっぱれな忠義心ではあるが、メイの父親のハリソンはしょっぱい表情を浮かべている。ありゃ、ヴァゼーレ行きを反対したけど、愛娘は聞き入れなかったんだな。ご丁寧に魔獣用の武器まで奪われてんじゃねぇか、オイ。
「ん、わかった。とにかく、シャーロットちゃんが悲しむから怪我をしないこと。ちょっとでも怪我したら即帰還することを命じます」
俺の命令にメイの顔が淑女としては落第な形相に変わったけど、君に何かがあったらシャーロットちゃんが悲しむでしょうーがっ。だから、お前のために命じたんじゃないから、嬉しそうに笑うなハリソン!
「こっちのメンバーはいい。クラークも悲壮な顔つきだが、まだいい。問題は……なんでいるの? ラスキン博士」
あ、見つかっちゃった、みたいな顔をしてもダメ! これから俺たちは魔獣が跋扈する危険地帯に行くの。旅行気分で行く場所じゃないの!
「ラスキン博士、今すぐサレルノにお帰りください」
「いやじゃ!」
「子どもか! アンタがいないとカイコたちが不安になるでしょ! いいから、クワの葉でもカイコに食わせておいてくださいよ」
立派な飼育小屋も作ったし、ラスキン博士の自宅兼研究室も建てたでしょ? 兄上に頼んで高価な魔道具もたくさん用意したでしょ?
「セシル様。もしかしてワシの専門を知らないのか? ワシは魔獣の研究をしているのじゃ!」
「え? 食料不足解消のため、ゲテモノ食いの研究をしているんじゃないの?」
だって、最初に会ったとき、魔虫のカイコを食品化しようとしてたじゃん! あんな白くてぷにぷにの不気味な生き物を……って、俺も白くてぷにぷにの生き物だったわ。
「違うわっ。あれはやむにやまれぬ理由でちぃと調べていただけじゃ。だいたいカイコガは魔虫。魔獣と同様の変化により体内に魔力の素、つまり魔素を取り込んだ生き物。ワシの研究テーマとはそんなに離れとらん」
フンッと胸を張るが、どんな理由だったらカイコを食べようと思いつくんだよ。
「でもね、危険なんだよ? 今回の魔獣は他の地域に出没する魔獣とちょっと違うみたいでさぁ」
「セシル様。だから研究者たるワシが行くのでしょうが。領地の危機に領主である貴方様が行動するように」
「うぐぐっ」
自分のことを引き合いに出されて何も言えなくなった俺の前を、口笛を吹いてラスキン博士が通り過ぎ、クラークが乗る馬車へと乗り込んでしまった。
予定外のメンバーが増えたが、とにかく出発だ。早くヴァゼーレに行って問題解決しないと、本格的な冬が来て動けなくなってしまうぞーっ。
ヴァゼーレまで馬車で三日の旅なのだが、俺たちは領都クレモナで足止めをくらっている。
それは……号泣するトビーに縋りつかれて俺が動けないからだ。
「ト、トビー。いい加減泣き止め」
白豚である俺のむっちりボディにギュッと抱き着き、ビービー泣くからあちこちの店から人が出てきてしまった。
「だって……だって……。セ、ゼジルゥ様~魔獣討伐なんてぇ、ムリですよぅっ」
「別に俺が魔獣と対峙するわけじゃない。それは騎士の仕事だ。ハリソンたちもいるし、ハーディング家から騎士を借り受けることもできた。現地では王国騎士団の騎士もくる。俺は安全な場所で討伐の報告を待つだけだ」
これは本当。行きたくても行けないのよ、デブだから。鉱山町までは行けるけど、さすがに山歩きは無理だわ。魔獣討伐の前に体力なくて倒れるね、俺が。
「じゃあ、じゃあ……お菓子、いっぱい焼いたので、持っててくださいいいいいっ」
トビーが差し出したのは、山盛りの焼き菓子。うん、焼き菓子なら日持ちするからね。旅のおやつにはもってこいですよ。そして号泣するトビーの後ろには、苦笑するヘクターたちの姿がある。
「セシル様。パンをいっぱい焼きました。持っていってください」
「ありがとう。助かるよ」
ヘレンから籠いっぱいのパンをディーンが受け取る。ヘクターたちの後ろには、ラグジュアリーホテルの従業員と料理人たち。俺やヴァスコがここに呼び込んだ住民たちが不安そうな顔で見送りにきていた。
嬉しいのは、その後ろに遠慮がちに見送っているのが、元々の領民たちだってこと。少しは領主として信用してもらえただろうか?
じーんと感動している俺の前にスライディングのように滑り込んできたのはライオネルだ。
ど、どうしたの?
「ゼ、ゼジルゥ~ざまぁ~。っひく、が、がえっでぎで、ぐだざいねえええぇぇぇっ」
「縁起の悪いこと言うな。ちゃんと帰ってくるわい」
トビーよりも酷い泣き顔で、ブルブルと大きな包みを差し出してくるライオネルの姿に、ちょっと腰は引けるが貰えるものは貰っておくぞ。
「ど、どうか、どうか、それを。それを肌身離さずにいいぃぃぃっ」
「なんだ、それは」
形見分けみたいな言い方すんなっ。俺がガサゴソと包みを開けていると、ディーンがサッと奪いキレイに包みを剥がしていく。
「こ、これは……」
「なんだよ」
ひょいとディーンの手元を覗き込むと、厚手の生地で作られた見慣れたスタイルの服がある。たぶん俺サイズのバカでかい服だ。
そう、オーバーオール型の作業着だ。
「これで、大きな鉱石を採掘してくださいね!」
「アホかっ! 俺がツルハシ持って山に入るわけじゃねぇわっ!」
なぜだか、笑いに見送られて領都クレモナを出発することになった。
あ~あ、シャーロットちゃんの見送りがなかったのは寂しいけど、みんなの顔が見れて嬉しかったぜ。でも、オーバーオールは着ないからな!
次の更新は、土曜日になります。




