領主、魔獣を知る
――魔獣。
未だ未知な部分が多いが、主に辺境に生息する狂暴な獣であり、魔法を行使する個体も存在する。
討伐するのには、屈強な騎士が複数名必要であり、魔石を砕いて混ぜた魔鉄の剣でなければ傷をつけることができない。
群れをなすことはなく、一か所に多くても一、二匹が出没すると考えられているが、過去に数度、多種多勢の魔獣が人里を襲うスタンピードが確認されている。
一説では、野生の獣が何らかの切っ掛けで体内に魔力の素を取り込み魔獣化するといわれ、博識な学者による研究が進められている。
――クラリッサ女史の講義より。
「で、鉱山の山で目撃された魔獣はどんなの?」
びくびくと怯えている使者に尋ねると、非常に申し訳なさそうな顔をしてか細い声で呟く。
「お、狼です」
「狼かぁ……」
まぁ、無難といえば無難。ポピュラーといえばポピュラー。狼だとすばしっこいし足が速いから山から下りてきたらヤバいな。あっという間にヴァゼーレを抜けて領都まで来てしまう可能性もある。
「しかし……なんでまた、オールポート領に魔獣が出るかね? あれ、辺境に出るものでしょ?」
我が国に二つある辺境伯の一つウェントブルック家の領地内にある森には、わんさかと魔獣がいるらしいけど……なんで王都に近いオールポート家に出ちゃうかな?
「辺境以外にも魔獣の目撃情報はございます。ハーディング領内にも魔獣が出没する山があり、チェゼーナ地方にも魔獣がいる森があります。その他にも……」
「あ~、ベンジャミン。お勉強はあとだ、あと。この騒ぎが終わってからでいい」
俺は片手をヒラヒラとベンジャミンに振ってみせた。狼一匹……一匹狼くんよ、なぜヴァゼーレに出たよ。しかも、お金の元である宝石が枯渇したというときに。タイミングがいいのか悪いのか、白豚は頭が痛いぞ。
「あ、あのぅ。領主様」
びくびく使者くんが恐々と呼びかけてくるが、俺は怖くないぞ。ただの白豚だ。ブヒブヒ。
「なんだ?」
「その狼ですが……、見間違いだと思うのですが……」
なんだよ? イライラしてくるからハッキリ言えよ。俺が声を上げる前にハリソンの奴が先に大声を上げた。
「ええいっ、ハッキリ言え。なんだと言うのだっ」
「ひいっ。その、魔獣の狼は、群れです。十五頭前後の群れですぅぅぅぅっ」
「は?」
群れ? そりゃ、狼は群れで行動するけど、魔獣は群れでは行動しないんだろう? 確か、狼系や熊系、ネズミ系と魔獣になる種族は様々だが、元となった獣とはまったく違う生き物となるため、同族に見えようとも、そこは弱肉強食の世界。ネズミ系の魔獣はネズミを倒して食らってしまうという。
なのに、狼の魔獣の群れ? え? 魔獣だけで十五頭もいるの?
「バカを言え。いきなり魔獣が十五頭も出没するなぞ、スタンピードではないかっ」
ハリソンが立って怒鳴るけど、使者はビビッて頭を両手で抱えてしまっている。おいおい、しっかりしてくれよ、お前の情報だけが今は頼りなんだから。
「魔獣の狼だけの群れか?」
「い、いいえ。魔獣の狼は一匹か二匹。あとは、普通の狼です」
「普通の狼が魔獣と行動を共にしている? そんなことがあり得るのか?」
ベンジャミンとハリソンに問いかけるが、二人は黙って首を横に振った。そうだよなぁ。魔獣って他の獣にしたら捕食者だもんなぁ。
「とにかく、魔獣が出没したならば王国騎士団へ報告しないと。現地の調査は騎士団が主体で行います。ハリソンたちはその指揮下に入ることになるかと思いますが……」
ベンジャミンが訝しげにハリソンをチラ見すると、ハリソンは苦笑して頷く。
「大丈夫だ。王国騎士団なんて気に食わねぇとか我儘は言わん。むしろ、鉱山夫たちが騒ぐだろう」
「ハリソン。お前、ヴァゼーレにいたころの知り合いで、鉱山夫たちをまとめられる奴いないの?」
俺の質問にハリソンはう~んと腕組みして考え込む。誰かいないかなぁ? というよりも、あいつで大丈夫かなぁ? という顔だ。眉の寄せ具合が違う。
「セシル様。ヴァゼーレには鉱山地帯をまとめる文官たちがいるはずです。今回の使者は鉱山夫みたいですが、あちらに行けば文官から詳しい話が聞けるかと」
クラークが提案した言葉は、使者のフンッという皮肉な笑いで遮られた。ビビッていたわりには、不遜な態度だな。
「お前、なんか言いたいことがあるのか?」
「え? いや……その……えばっていた文官どもは、とっくの昔に逃げたつーか。悪どいことがバレる前に金持って、姿を消しちまった」
「へ?」
俺とクラークが顔を見合わせる。確かに領都と西側領地サレルノに手を入れるのを優先してたから、鉱山地帯ヴァゼーレには俺たちの目が届かなかったけど、でもでも、クラークから鉱山からの採掘量の報告とか鉱山夫の名簿とかちゃんと報告がきているって……。
「あ……」
クラークの奴も顔が青ざめていやがる。
「使者どの。その文官どもはいつ頃逃げ出しましたか?」
ベンジャミンがニッコリ笑顔で問いかけると、使者はビクンと体を強張らせて裏返った声で言い放った。そう……それは今年の始めのころだと。
「ああ……コーディーたちを追い払ったときか……。あいつら、そっちにまで手を伸ばしていたのか……」
迂闊だった。コーディと下品ママたちは王都と領都でやりたい放題だと思っていたのに、ちゃっかりヴァゼーレにまで手を伸ばしていたのね? コーディたちに便乗した小悪党だったかもしれないけど……。
「もう遅いですが、一応、手配書をまわしておきます」
使者がやけくそに告発した内容では、ときどき宝石の原石をチョロまかしていたみたいだしね。しっかりと罪は償ってもらおう。
「じゃあ……いまのヴァゼーレってどうなってんの?」
俺の疲れた問いに明確に答えられる者はいなかった……。嘘でしょ。




