領主、キメる
とにかく、領地の東に位置するヴァゼーレからの使者を客室で休ませている間に、朝食を済ませてしまおう。
領都クレモナから慌ててこちらへやってくるクラークも待たなければならないし。迅速に対応する必要の案件だから、このあとゆっくりできる時間があるか、わからないしなぁ。
「どうかしましたか、お父様?」
いつもはしつこいぐらいに咀嚼して飲み込む朝食を、心ここにあらずと喉に流し込んでいたら、シャーロットちゃんに心配されてしまった。
「ええっと、なんでもないよ……と誤魔化すのもダメだよねぇ」
シャーロットちゃんは次期オールポート伯爵だ。領地内で起きたことは情報を共有しておかないと、後々困るのはシャーロットちゃんだ。でもなぁ、鉱山が廃坑になるなんて……もっと先の話だと思っていたよ。それこそ、シャーロットちゃんの孫、曾孫よりも、もっと先の話であってほしかった。
「お父様、お話ししてください」
キリッとした目をする娘に、俺ははーっとため息を吐き出した。
「わかった。でも、いまは朝食を済ませてしまおう。あとでクラークが来るから、そのときにシャーロットちゃんにも話すよ」
コクリと頷くシャーロットちゃんに俺はにへらと笑いかけ、ディーンに執務室ではなく応接室に全員を集めるよう指示した。あと、東側領地の地図もね。
ジャコモの作ってくれた美味しい朝食をもそもそと食べ終わり。重たい体を引き摺るようにして応接室へと移動する。応接室には暗い顔をしたクラークとチャールズがいて、ヴァゼーレからの使者が小さく縮こまっていた。
「セシル様!」
クラークの声を片手を上げて制止して、一人掛けのソファーに腰掛ける。
「皆が揃ってから話し合おう。それと、明日にはヴァゼーレに向けて出発したいが、役所の者で同行できる者をリストアップしてくれ」
こっちはどうしようかな? ハリソンは案内兼仲介人として連れて行くのは決定で、ベンジャミン、ディーン、ううむシャーロットちゃんはお留守番だから、ライラとマリーとメイも留守番だな。兄上に頼んでハーディング家の者を何人か寄こしてもらうか……。鉱山に詳しい人材がハーディング家にはいるはずだ。
「もちろん、私が同行します。チャールズ、お前は残れ」
「はい」
「え? 大丈夫か? 代官のお前が動いて?」
びっくりした俺の顔を見てクスリと笑ったクラークは大きく頷いてみせた。
「ヴァゼーレから採掘される宝石は我が領の財政を担うものです。それが枯渇しゼロになるならば代官として見極めなければなりません」
毅然と言い切るクラークの姿に、俺はじんわりと感動していた。オールポート領は散々な領地経営で青色吐息だったけど、こうしてなんとか持ち直せるのは、クラークのような人間がいてくれたからだろう。感謝です。
着替えを済ましたシャーロットちゃんたちが部屋に入ってきて、メンバーは揃った。
テーブルの上に広げられたヴァゼーレの地図は、当たり前だけどほとんどが山だった。びくびくしている使者を真ん中に、みんなで地図を凝視する。
「それで、この山のうち宝石を採掘していた鉱山はどれだ?」
え? あんた領主なのにそんなことも知らないの? みたいな怪訝な顔を使者から向けられたが、俺はしらっとすっとぼけていた。ゴホンゴホンとベンジャミンが咳払いし、使者の耳にそっと囁く。
セシル様はいずれ伯爵位を継ぐお嬢様の勉学のため、尋ねられている、と。ものは言いようです。当然、異世界産の魂が入った白豚はヴァゼーレのことなんてこれっぽっちも知りません。
「え……、えっと、採掘していた山はこの鉱山町に近い、こことここ。あと、こっちの山です」
トントンと指で示した場所を目で追う俺たち。ふむ、鉱山町というのは、名前のとおり鉱山夫たちのための町だろう。そのほかに町や村が見当たらないが、もしかしてヴァゼーレって鉱山関係の領民しかいないの?
「セシル様。鉱山町には鉱山夫たちの住居、酒場、日用品を売る店と行商人、採掘された原石を査定する商業ギルドから派遣された者がおります」
「規模はそんなに大きくない……か?」
地図からだとわかりにくいが、鉱山町は西側領地サレルノよりも狭く感じる。でも山間の町だからなぁ、ちょっと感覚が掴めない。
「ここまでどれぐらいの旅程になる? もしかして山歩きが必要か?」
馬車で辿り着けないと俺が行けないんだよ。まだこの白豚には山歩きとか無理だから。本当の豚なら山を登れるかもしれないけど、白豚伯爵には無理だからーっ。
「ここからは馬車で三日。鉱山町までなら馬車で行けます。ただ……そのぅ、鉱山は流石に……」
クラークの遠慮がちの言葉に、ああ、俺には無理なのねと納得した。できれば鉱山まで行きたいが……行ったはいいが帰れなくなりそう。体力は尽きるし足が自分の重さに悲鳴を上げそうだし。
「ハリソン。なるべく丈夫な馬を用意して、同行する騎士を選んでくれ。ヴァゼーレの鉱山夫に負けない我の強い奴で頼む。ベンジャミン、俺の荷物をまとめてくれ。往復で六日、滞在は……十日で済むかな?」
「え? セシル様が行かれるのですか?」
ガタッと驚いたクラークがその場で立ち上がるが、俺はチラリと視線を投げたあと、部屋にいる一人一人の顔をゆっくり見回した。
「当たり前だ。俺はセシル・オールポートだぞ」
ドーンッ! 決まった、俺……かっこいい。
「あ……あのぅ。実は……宝石が採れなくなっただけでなく……え、えっと……魔獣が出ました」
ほへぇ? はーいと使者が右手を小さく上げて発言したのは、みんながポカンと口を開けてしまうほど現実味のない情報だった。
魔獣? え? 魔獣? えええええええぇぇぇぇぇっ!




