伯爵、父親に反抗する
怖い。
これが自分の父親の第一印象だ。あ、俺の父親だけどセシル君の父親ね。
国王陛下のマブダチでその国王陛下も無碍には扱えない、先代ハーディング侯爵ケント・ハーディング。とにかく威圧感がハンパない。兄上と変わらない背の高さに体の厚み。顔は兄上よりも数段イカつく、まさに漢のなかの漢。アニキーッ、いや親分って叫びたくなる。
ひょいと上がったカイゼル髭の下の唇はムスッと結ばれており、見下ろす瞳はギラついていて、いやぁ、一人や二人はやっちまってるな!
俺は藻掻きながらも兄上の腕から脱出し、父親の正面に立ち、貴族として正式な礼にて挨拶をする。
「お久しぶりです、父上。ご心配をおかけし、すみません」
どっかの軍人かと見まがうが、お願いだから息子を白豚と間違えて攻撃しないように。この豚の防御力は弱い。一桁台の防御力しかないから!
下げた頭をそのままに、内心はビビッてドキドキと心臓が早鐘を打っている。
「セシル……。セーシールーッ」
「うわっ」
ガバッと巨体が白豚に抱き着きやがった。なにしやがる、離せ。く、くるちいぃぃぃぃぃぃぃっっ!
「父上。父上。セシルが潰れてしまいますっ」
ベリッと兄上が力尽くで、吸盤かと思う父上の腕を剥がしてくれた。あー、苦しい。俺の体に腕で締め上げられた痕が付いてない? 白いモチモチ肌に赤い注連縄の痕付いてない? 大丈夫?
まさか……鬼も泣いて黙りそうな凶悪な人相の父上が家族ラブな人だと思わんかった。ふいぃーっ、変な汗かいちゃった。
「む、そこにいるのは、オールポート家の者か?」
父上が俺の後ろに控えていたベンジャミンとハリソンに気が付いた。おっとと、二人を紹介しないとな。俺の大切な右腕と左……。
「貴様らっ。よくハーディングの前に顔を出せたな。ここで成敗してやるっ」
いつの間にか父上の後ろに控えていた男から、長剣を手渡された父上はスラリと剣を鞘から抜き、両手で構えた。剣先は……ベンジャミンたちに向けられている?
「ええーっ! ちょ、ちょっと待ってください、父上。この者たちは俺の執事と護衛騎士です。あ、怪しい奴ではありません」
バッと怖いけど両腕を左右に広げて父上の前に立つ。ベンジャミンたちを庇わないと、この人は本当に剣で真っ二つに斬ってしまいそうだ。
「わかっておる。だから斬るのだ、こ奴らがセシルを嵌めたのだから」
「ええーっ! いや、そうだけど。そうだけど……元凶のオールポート伯爵たちは亡くなってますしぃ、この者たちは例の悪行には反対してましたしーぃ」
ブルブルと頭を左右に振って、父上のご乱行を止めようと思うが、わが父ながら目が血走っていて、めちゃ怖いっ。ひいぃぃぃぃっ。
「また、いつ裏切るかわからんぞ? セシルは記憶がないから、そ奴らを許せるのだ」
狼、いや猪? 違うな、熊かな? もう、野生の猛獣かと思う気迫に、捕食される立場の白豚は足がガクガクです。意識までもがクラクラとしてきたとき、俺の両側からベンジャミンとハリソンが前に走り出て、父上の前でキレイなザ☆土下座を披露する。
え? こっちの世界にも土下座の文化ってあるの?
「申し訳ございません。セシル様のこと……誠に申し訳ございませんでした」
「主の暴挙を止められないばかりか、長い間オールポートの地へ留めてしまいました。どうか、我ら二人の首にてオールポートを許してくだされ」
へへーっと平伏する二人の背中に、俺は唖然茫然。お前たち……死ぬ気でハーディング侯爵家まで付いてきたのか?
その二人の姿に俺のやる気スイッチがポチッと押された気がした。
「父上。お戯れはそこまでです。俺はオールポート伯爵! たとえ記憶を失くしても、いや失くした俺がオールポート伯爵であることを望んでいる。この者たちはオールポートにとっても俺にとっても大事な奴らだ。俺は……オールポート伯爵として領民でもあるこいつらを守る義務がある!」
デデーンとカッコよく言い切ったけど、怖くて足はガクブル震えているからね? つうーっと冷や汗があちこちから垂れていからね?
父上がむぐっと口を噤ませると、兄上がそっと父上の手を押さえ、剣をサッと取り上げた。
「父上。俺はオールポート領のために頑張ってます。ずっと放っておいたけど、今は頑張ってます。あと……俺にとっては不本意だったかもしれないけど、娘のこと。俺はシャーロットちゃんにとってもいい父親になりたいっ。いい領主、いい父親になるために、この二人の協力は絶対に必要なんですっ」
だからお願い。斬らないでーっ。ついでに俺も斬らないでーっ。
「……セシル」
あ、そんなしょんぼりとした姿を見せられると俺もチクリと胸が痛いよ、父上。心配ばっかりかけてごめん。ついでに中身が異世界産の魂でごめんね。
「セシル様。我々は貴方様に庇ってもらうほどの者ではありません。セシル様をお助けすることもできずに、記憶がなくなられたセシル様を自分たちにとって望ましい主人だと歓迎するような見下げ果てた輩です。剰え……そのまま記憶が戻らなければいいと……」
ぐっとベンジャミンの喉が詰まる。隣のハリソンは握りこんだ拳から血が滲んでいるのが見えた。
ええっ? それがなにか悪いことなのか? 別に俺の記憶が戻らくてもいいとか、願ってもいいじゃん。あー、元のセシル君が戻らないままになるけど、元のセシル君だと、領地経営してくれなさそうだし、シャーロットちゃんにも無関心だし、しょうがないでしょ?
「ディーンに叱られました。自分本位の考えに、セシル様のことを思う気持ちがないと。あんな不肖な息子に窘められるとは……」
「ディーンが……」
なんだ、あいつ。さては、俺のこと大好きだな? いや、待てよ。元のセシル君カンバックを願うってことは、あいつ、俺に不満でもあるのか? 帰ったら拳で話し合いしてやる。
「もう、とにかく、いいの! 昔のことはザパァーッと水に流して、これからのことを話そうぜ。父上もベンジャミンたちも」
「セシル。本当に許すのか、そ奴らを?」
ヘイ、パパン。いまはそんな些細なことに拘っている場合じゃないんだよ。
俺はベンジャミンがここまで運んだ書類の束を指差し、キリリとした顔で言い切った。
「とにかく、税務申告書類を手伝ってよ!」




