伯爵、実家に帰る
うしっ! 今日は気合を入れてセシル君の実家、ハーディング侯爵王都屋敷へ行くぞ、おーっ!
朝の運動後、美味しい朝食を愛娘と客人たちとで楽しく囲み過ごしたあと、気力マンマンで片手を天へと突きあげた……のに、無視するってお前たち、ノリが悪いぞ?
俺の後ろには、今日のお供であるベンジャミンとハリソンがいるが、なんでそんなお通夜に行くみたいに沈痛な表情をしているのだね?
「我らのことは気にしないでください」
「いやいや、そんな死にそうなか細い声で言われても……。ディーンと交代するか?」
俺の優しい提案にベンジャミンはフルフルと力なく首を振る。ヴァスコをチラリと見たが、いつもの微笑みを崩さず静かに立っているだけだ。
「もう迎えの馬車が来たから行くぞ?」
なんだよーっ、何かあるなら俺にも教えてくれよーっ。
ベンジャミンは俺の非難がましい視線を避け、両手にずっしりと税務関係の書類を持ち馬車へと乗り込んだ。
ベンジャミンと二人きりの馬車の中は重い沈黙に支配されている。俺は目を瞑って、昨日講義を受けたハーディング侯爵家領地のおさらいをすることに決めた。
コーンウォール王国ハーディング侯爵家。
王家と血族関係にある公爵家や重要な地域を守護する辺境伯、そのほかの公爵・侯爵家の中でも、ズバ抜けた財力と権力を持つと言われている。
その領地も広大で、オールポート伯爵領とお隣とはいえ、その広さは比較にならない。ゆうに三倍は超えるだろう。しかも、飛び地の領地もあり、海辺の領地では他国との交易も盛んであり、領地内の山は魔石が採掘できる鉱山もある。
「魔石?」
クイッと顎を上げて、講師であるクラリッサ女史がコロンとテーブルに石を転がす。
石かな? ちょっと半透明でところどころ赤く光る。石? 手に持って首を捻る俺にクラリッサ女史が淡々と語る。
「魔石は、魔道具を動かす動力です。魔力を内包した魔石を使い、この魔石は赤いので火の魔法、つまり火種や灯りの魔道具に利用されます」
魔石にはそれぞれ属性の違う魔力が内包され、その魔力をエネルギーに便利道具である魔道具を動かしている。生活に使っている魔道具ならば、小さい魔石で数年稼働が可能らしい。
しかも、この魔石は充填式であり、エコなエネルギーなのだ! 空っぽになった魔石に、魔力持ちで魔力操作ができる能力者が魔力を注入する方法と、魔石が採掘される鉱山や魔力を湛えている湖などに安置する方法がある。
まあね、魔力操作できる能力者なんて国に一人か二人いるレアな能力者だし、自然の力で充填するには数年かかるらしいけど。効率が悪いと思ってはいけない。俺は顔に出てたけど。てへっ。
ハーディング侯爵領の魔石鉱山は素晴らしく、かなり大きい魔石が採掘されている。う、羨ましい。オールポート伯爵領にあるのは宝石が採掘できる鉱山だし……、それでもすごいけど……あまり良質で大きい石は採れないのだ。
クラリッサ女史の講義は続く。しかし、出るわ出るわ、ハーディング侯爵領の金になる産業。すっげぇ、オールポート伯爵領が日本の中小企業だとしたら、ハーディング侯爵領はグローバル企業、しかも世界的にチョー有名。
「お……俺はそこの……御曹司だった、と」
セシル君のご実家が凄すぎて目がチカチカしてくるぜ。そんな大企業に嫁にきた女が自己愛のサイコパスって、ドラマが作れるな?
ハーディング侯爵領は代々有能な当主だが、先代、つまり俺の父親でグワワッと発展した。飛び地の領地も父の代に手に入れたものだ。俺の父上はすげぇな。女運が激悪だけど。
「先代の侯爵様は国王陛下と幼馴染であり、側近でもありました。いくつかの外交問題を解決した傑物であります。もちろん、レイフ様も国王陛下の覚えめでたい有能な方でございます」
クラリッサ女史は正直な人だから、褒めておだてる気持ちではなく、本当に兄上のことを評価してくれたんだ。激ラブされているセシルとしても嬉しい言葉だよ。
でもなぁ、そんなハイブリッド親子の前に、果たして白豚となり下がった俺が出ていってもいいのかね? 「お前みたいな白豚なんか知らん」とか拒絶されない?
そのときは、ブラコン兄上が助けてくれるかな?
「で……でけぇ」
馬車が門を潜ってからも長い時間を走っていたが、馬車を下りて目にしたハーディング侯爵王都屋敷の敷地のデカさは想像以上だった。
ほ、ほへぇぇぇぇぇっとアホ面して眺めている俺、広大な敷地に白豚参上……ってふざける気持ちも湧かない。
オールポート伯爵屋敷は、どちらかというと優美なデザインが多く、柔らかいイメージだ。ハーディング侯爵屋敷は質実剛健のイメージ。やや黒っぽい石造りのどっしりとした横に広がった屋敷だった。
「セシル!」
エントランスから声が響き、ポカンと開いた口を閉じてそちらへ顔を向けると、兄上が満面の笑顔で両手を広げて走ってくる姿が見えた。
「ハハハハハ」
兄上の相変わらずのセシル愛溢れる行動に、乾いた笑いが零れ緊張が解れた気がする。
「ぐえええっ」
ぎゅうぅぅぅぅっっと兄上の太い腕に力いっぱい抱きしめられた俺の口から、屠殺される家畜のような声が漏れた。
「久しぶりだな、セシル」
兄上の体で見えないが、低くて渋い声が……たぶん先代のハーディング侯爵様。俺の父上の登場だ。




