伯爵、泣いて泣いて
夕方、シャーロットちゃんがイライアス様と一緒に屋敷へと帰ってきた。
エントランスで出迎えている俺は、心臓がドキドキ、体がソワソワして落ち着かない。王都の貴族子女にシャーロットちゃんが虐められたりしていたら? この日のためにライオネルが丁寧に作ったフリフリドレスに、紅茶のシミがあったり、破られていたりしたらどうしよう。
報復してもいい? オールポート伯爵家はもちろん、ハーディング侯爵家の権力も使って、自称セシル君の友達おっさん王子の名前も借りて、報復してもいい?
「セシル様。顔が怖いですよ」
こそっとヴァスコが耳に囁く。いかんいかん、シャーロットちゃんを心配するあまり、邪悪な白豚が降臨してしまった。
頬っぺたをむにむにと両手でマッサージして、ニコッと笑顔。さあ、こい! シャーロットちゃん。
「お父様。ただいま帰りました」
ふわっと馬車から飛ぶように下りてきたシャーロットちゃんは、明るい笑みを浮かべ俺の前に立つ。
え? ええーっ、シャーロットちゃんってば、キャラ変わってない?
「お、おおおおおお、お帰り、シャーロットちゃん」
やべっ、俺の動揺が止まらない。脂肪もブルブル震えちゃうぜ。
「戻ったよセシル。シャーロットも無事に送り届けたからね」
「イライアス様。ありがとうございます。どうぞ、お茶でも」
どうぞとうぞ、ズズイッと奥までどうぞ。そしてお茶会でのシャーロットちゃんの様子を、ゲロッと全部吐いてくれたまえ。
「いや、帰るよ。ダーリンとかわいいトレヴァーが待っている、どうせ、明日訪ねてくるんだろう?」
ハーハハハッと爽やかに笑い、馬車で鮮やかに帰っていきやがった、あの野郎。
シャーロットちゃんの様子を、いま、いま、知りたいの! 今日、いま、知りたいのーっ! 明日じゃ鮮度が落ちちゃうでしょ。くっそ、覚えてろよ鬼嫁め。
「セシル様。ご報告はメイから」
ススッと俺の後ろに付いてマリーが囁く。
「お……おうっ」
あれ? 戦闘メイドはメイでしょ? マリーは普通のメイドだよね? その足運びと気配の感じない存在感は……お前、暗殺スキルとか持ってないだろうな?
おっかしいな? 二人の「気」には、そんな暴力的な色はなかったんだけどなぁ。
「セシル様。シャーロット様はお召替えがありますので。夕食はいつもの時間でよろしいでしょうか」
「うむ、頼む」
ヴァスコの卒のない段取りに俺は偉そうに頷くだけ。
しょうがない、お茶会の様子は夕食のときに確認しますか。そして……もしものときには、持てる権力をフル活用してやる。
ふわっはははははは! あ。俺の権力はないよ? すべては他人頼みだ。
え? 他力本願で人として恥ずかしくないのかって? ふふ~ん、俺は白豚だも~ん。ブヒブ~ヒっだ。
俺が執務室に戻ると、ディーンはともかくベンジャミンとヴァスコが揃っており、メイは騎士服に着替えハリソンと一緒に部屋に入ってきた。
……ん? メイさん? お前、主人の執務室に入室する前にノックは? ノックはどうした?
「では、ご報告します」
「……ああ」
くっ! 主人のはずなのに、信頼されていない感が辛い。
「シャーロット様は本日のピンコット男爵家のお茶会で……」
ゴクリ。俺以外の男全員が唾を飲み込んでメイの言葉の続きを待つ。
「たいへん楽しく過ごしておられました」
「ほああぁぁぁぁぁっ。よかったあぁぁぁぁっ」
ふひゅ~と体から空気が抜ける気持ちだよ。脱力です。ディーンも肩から力が抜けているし、ベンジャミンとヴァスコも微笑んでいる。
「ピンコット男爵令嬢のボニー様とはドレスの話を。マーゴ・シャーウッド子爵令嬢とはお菓子の話を。お二人とは今後もお手紙とのやり取りのお約束を」
うおおおおおおぉぉぉっ! シャーロットちゃんに初めてのお友達があぁぁぁぁぁっ!
尊い! 尊いよっ、お友達。シャーロットちゃんにお友達!
「よかったですね、セシル様」
「うんうん、よかったよぉぉっ。よかったよおおぉぉぉっ。ずびっ」
あれ? おかしいな。目から鼻から汗が……喜びの汗が止まらないよぉぉぉっ。
「セシル様」
ヴァスコがスマートにハンカチで顔を拭いてくれた。あ、ちょっと待って。ぶびびびぃっ。これで、鼻もすっきり!
「……私からセシル様にお礼を申し上げます」
メイが恭しく頭を下げる。
ど、どうした? 何かヤバいことでも起きたか? それとも明日は世界滅亡の日か?
「本日、シャーロット様とお友達になられたご令嬢も。そのほかお茶会に参加された方も皆さま、シャーロット様にはとても丁寧に優しく接してくださいました」
「そうか、よかった」
虐められなくて。王都では無名の凡庸貴族で父親が白豚伯爵だからね。それだけでも、年ごろの女の子にはキツイ話だ。
「そうではなく、話題のほとんどがセシル様が考案したドレスと、トビーたちが作ったお菓子の話だったのです」
「ほへ?」
そ、そういえばトビーたちに手土産の菓子を作ってもらっていたな……。あ、あれか? あの菓子が貴族令嬢の乙女心にキュンときたのか?
「シャーロット様も父であるセシル様の話を嬉しそうに……。シャーロット様はセシル様の話だけは、気後れすることなく口にすることができるのです。そのため初めて会うご令嬢に囲まれても黙ることなく、活き活きとお話することができたのではと」
「そ、そうか。……えへへ」
なんか……俺、父親やっててよかった。嬉しいよ、シャーロットちゃん。ありがとう、俺のかわいい娘。
「ああ……また、涙で顔がぐちゃぐちゃですよ、セシル様」
ケラケラとディーンの笑い声が執務室を満たしていった。




