伯爵、書類作成終了
俺の一言で恐るべき税務報告を思い出した面々は、無言で作業に没頭した。
ハーディング侯爵家の有能な文官たちで、最後の最後、細かい数字まで確認して、明日提出する報告書を作り終わったときには、全員が真っ白い灰に燃え尽きたと錯覚するほどだった。
オールポート家の人間にギリギリと殺意バンバンだった父上も、ベンジャミンが使えるとわかった途端にコロッと態度を変えて仲良く作業をし出したぐらい、過酷な現場だったぜ。ふいーっ。
あ、ハリソンは脳筋野郎だから、役に立たなかったよ。主に重たい資料を運んだり、書類の整理をさせたり、お茶を運ばせたりしてました。
「はあああぁぁぁぁっ、こ、これで、明日提出したら終わりだあぁぁぁぁっ」
ソファーに上半身を投げ出して叫べば、同意してくれるはずの父上たちが不自然なほどに黙り込む。なんで?
「あ、あのな、セシル。税務報告は書類を提出して終わりじゃない。担当者からの質疑応答がある」
兄上のかわいそうな子を見る目で語られた衝撃の事実に、白豚は震えあがった。
「ええーっ、無理です。無理です。俺には答えられないですっ」
両手を前に突き出して、首と一緒にフルフルと振ってみせた。兄上と父上の眉が困ったちゃんに下がるが、役所の人間と顔を突き合わせるなんて、前の世界でも無理!
「しょうがない。レイフ、お前も一緒に行ってやれ」
「はい。そうします」
「え? いいの? 兄上と一緒に行ってもいいの?」
違う家のしかも侯爵様が付き添いとは……オールポート家担当の税務官さん卒倒ものじゃない? ある意味、圧迫面接的な脅し? 忖度カモーン。
父上たちの話では、驚くことにハーディング侯爵家の税務報告は王宮の役人がわざわざ領地に来るらしい。しかも、一年に一回では膨大な情報に処理ができないので、四半期ごとに報告しているとか。ハーディング侯爵家の財力って恐ろしいなっ。
なので、兄上が付き添いで来てはくれるが、王宮に報告書を提出するのは初めてになる。だが、ハーディング侯爵家当主が一緒であることが、多少のお目こぼしになることを確信している俺にとっては問題はない!
オールポート家の今までの税務報告は領地からの報告を万能執事ヴァスコがまとめて、王宮に提出してくれていた。今回もヴァスコが提出してくれればいいのに。
ヴァスコ曰く、「領主本人が一度は経験しておくものです」という、領主教育の一環として勧められた。しかも、一番厄介なときに。今年はコーディたちのやらかしや、下品ママとニセ乳ちゃんの浪費、領地立て直しの経費とハーディング侯爵家からの融資と盛り沢山の内容なのに。
ハッ! だからヴァスコは俺に押し付けたのか? むむむ、でも領主が税務報告に目を通すして把握しておくのは必要だしな。
明日は、腹を決めて王宮に突撃じゃ! 何かあったらハーディング侯爵の兄上を前面に出して抗議しよう。そうしよう。
「ぷわはっ」
美味い。ハーディング侯爵家の紅茶は美味い。きっと茶葉がお高い上物なのだろう。仕事が一段落した安心感からか、紅茶の味を楽しめるなんて……俺も伯爵業がサマになってきたみたいだな。
「セシル。何か不便なこととかないか? レイフが用意した金で足りているか?」
親バカ父上がブラコン兄上と張り合うような発言をしてきて、俺はサッと正気に戻る。紅茶の味にウハウハしている場合ではない。
「大丈夫です。兄上の助力のおかげで、ここハーディング領と接する西側領地サレルノも順調に工事が進んでいます」
「そうか。領地というのはいろいろとたいへんだが、楽しいのは新しく開拓するときと思っている。飛び地の領地を整えるときはたいへんだったが、やりがいもあったものよ」
父上がうっとりと目を瞑ると、兄上がやれやれと肩を竦めてみせた。あれか、老人の昔話、自慢話バージョンか? でも俺はその話を聞いたことがないので、興味はありますお父様。
「どうやって飛び地の領地が手に入ったのですか?」
ハーディング侯爵家の領地は十分に広い。そのうえ飛び地で海、つまり港がある領地と、魔石がわんさか出る鉱山がある領地を貰えるなんて、父上にどんな功績が?
「ふむ。ただ、デカい魔獣を倒しただけだ」
「ほへぇ」
「デカいって。海はクラーケン。鉱山にはグリフォンが巣食っていて、被害が甚大だったのだよ。そこでハーディング侯爵家の騎士団が討伐に参加して、その褒美として賜ったのさ。……魔獣に襲われてボロボロの土地をね」
それは……立地はいいが復興に時間とお金がかかる厄介な場所だったのでは? はは~ん、幼馴染の国王陛下にいいように押し付けられたな?
「我が騎士団は滅法強いのでな、たいしたことはなかった」
「そうですね。ハーディング騎士団の皆さんは強くて礼儀正しい方ばかりでした。その際はお世話になりました」
ペコリ。コーディ一味を掃討するときに借りて、しばらく治安維持に協力してもらいました。タダで! 家族だからタダで! 本当だったら法外な貸出料を請求されてもおかしくはない。
「父上。今度はオールポートにも来てください。俺の自慢の娘を紹介したいです!」
「……セシル。そうか……娘と認められるのか……。すまなかった、セシル。お前一人を犠牲にしてしまった。あのとき、すぐにハーディングへと連れ戻しておけば……お前に辛い思いなどさせなかったのに」
くっと苦し気に父上が唇を噛みしめると、兄上もうっと呻き顔を天に向けた。
どうやら、セシル君がオールポート伯爵令嬢の策略に嵌ったことに気づくのが遅れた父上たちが、セシル君救出に動き出したときには、セシル君は絶望の中におり、ましてや結婚した相手が薬を飲んで妊娠しているとなって、その手を拒んでしまった。
その後、父上たちがあの手この手で連絡を取ろうとしても、セシル君は自暴自棄になっていて没交渉。ただ、時間だけが過ぎてしまったと。
「……まぁ、その記憶はないわけですし。とりあえずはみんなと仲良くしたいなぁって」
ハーディング侯爵家みたいな太客は逃したくないんですわ。父上も兄上も大天使どころか白豚に変わっていても愛情を惜しみなく注いでくれるし、今さら昔のことで拒んでみせてもいいことはない。
「セシル。そこまで達観していたとは、さすが私の自慢の息子だっ」
ぶわっと目から大洪水の父上に、ニッコリと笑ってみせる。頬肉が邪魔だが、笑っているようには見えるだろう。
「ところで、婚約しようと思っていた相手のことは、吹っきっておるのか?」
「へ?」
「ああ、記憶がないんだったな。学園で一緒だった同級生と婚約したいと手紙を寄越してきていたんだ。もちろん、私は賛成だったよ」
セシル君が婚約したいと思っていた相手? ええーっ、誰? 誰誰だあれ? めっちゃ気になるううぅぅぅぅぅぅっ!




