第56話 勝負師の意地と、豪快な戦斧
交易都市サンドリア。
砂漠を行き交う商人や冒険者たちが集まり、昼夜を問わず人の声が絶えないこの街には、酒場や武器屋だけではなく、旅人たちの懐を狙う様々な娯楽施設も存在していた。
その中でも、とりわけ賑わいを見せる場所がある。
ひときわ大きな悲鳴が響き渡った。
周囲の客たちが一斉に振り返る。
視線の先にいたのは、小柄な少女ルネだった。
カジノ。
今日も多くの客が一攫千金を夢見ていた。
大金を手にした者と、財布を空にした者が生まれていた。
周囲ではカードが配られる音。
ルーレットが回る音。
ダイスが転がる音。
勝者の歓声と敗者のため息。
様々な音が重なり合い、カジノ独特の熱気を作り出している。
「まだ始まったばかりなんだから!」
ルネは勢いよく顔を上げた。
「やった! ほら! やっぱり私、運がいいじゃん!」
ルネは嬉しそうにコインを数えた。
「おう。よかったな」
グロスはその様子を横から見ていた。
「でしょ!?これなら、すぐに増やせそう!」
ルネは得意げに胸を張った。
グロス「そう簡単にいくかねぇ」
ルネ 「……あれ?まあ、一回くらいはあるよね。
ほら!やっぱり大丈夫! あれ?………まあ、これは仕方ない」
積まれていたコインが、目に見えて低くなっていく。
「そりゃ負けてるからな」
ルネはグロスを睨んだ。
「次は勝つ。絶対勝つ!ここで勝てば、さっきまでの負けを取り戻せる」
「その考え方が危ねぇんだが……」
コインが置かれる。
ディーラーがゲームを進める。
結果は――負け。
「なんでぇぇぇぇぇぇぇっ!?また負けたぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
カジノ中に、ルネの絶叫が響き渡った。
周囲の客たちが一斉に振り返る。
ルネはテーブルを両手で激しく叩いた。
「おかしい! 絶対おかしい! こんなの絶対おかしいってば!」
「お客様、どうかお落ち着きくださいませ。
運も実力のうちでございます」
ディーラーが、営業用の笑顔を浮かべながら声をかける。
「その言葉、私に言うの!?
私のギフトなら、勝率が上がるはずなの!
絶対勝てるはずなんだから!
こんなのイカサマだよ!」
グロスの肩が震えて、耐えきれなくなった。
「……がっはっはっはっはっ!」
盛大な笑い声がカジノに響き渡る。
「笑わないでよ!」
「いや、悪ぃ悪ぃ!嬢ちゃん、賭博ってのは負けるようにできてんだよ!」
「そんなわけない!」
ルネは即座に反論した。
「お前なぁ……」
グロスは笑いながらも、呆れたように頭を掻いた。
「ギフトは万能じゃねぇんだぞ。
それに相手は何千、何万人から金を巻き上げて飯を食ってる連中だ」
グロスはカジノを見渡した。
歓声を上げ、大勝ちしているように見える者。
そのすぐ隣で大量のチップを失っている者。
それらから金を集めているのが、このカジノという場所だった。
「そんな場所へ飛び込んで、『私だけ勝てます!』なんざ考えが甘ぇ」
「むぅぅぅぅ……」
悔しい、とにかく悔しい。
何より、自分にはギフトがある。
それなのに負けた。
その事実が、どうしても受け入れられなかった。
「……次なら」
ルネが顔を上げる。
「ん?」
グロスの眉がピクリと動いた。
「次なら、勝てるかもしれない」
「おい」
「だって、さっきまで運が悪かっただけだもん」
「嬢ちゃん」
「次はきっと――」
「お前、まさか」
ルネは残ったコインを握りしめる。
そして、真剣な顔でゲーム盤を見つめた。
財布を取り出し、中身を一枚ずつ確認していった。
硬貨も紙幣も、すべてテーブルの上へ並べる。
「おいおい……本気かよ」
グロスが頭を抱える。
「負けない。
ギフトの力を証明するの」
ディーラーが差し出した交換用の皿へ、ルネは全財産を滑らせた。
ディーラーが営業用の笑顔を深める。
「それでは、次のゲームを始めさせていただきます」
数時間後
――ドゴォォォォォンッ!!
「――――っ!?」
凄まじい轟音がカジノ全体を揺さぶった。
床が大きく震え、壁が軋む。
天井から吊り下げられたシャンデリアが激しく揺れ、テーブルに積まれていたチップが宙へ舞い上がった。
「きゃあああああっ!」
「な、なんだ!?」
「爆発!?」
「逃げろぉぉぉっ!!」
それまで歓声と音楽に包まれていたカジノは、一瞬にして大混乱へと陥った。
煙と砂埃がフロアを覆い尽くす。
その向こうから、巨大な影がゆっくりと歩いてくる。
筋骨隆々の巨体。
肩に担いだ巨大な戦斧、その顔には場違いなほど豪快な笑みが浮かんでいた。
グロスだった。
「がっはっはっはっはっ!!」
腹の底から響く笑い声が、カジノ中へ轟く。
グロスは大戦斧を天高く掲げると、周囲をぐるりと見回した。
「おうおう!! お祭り会場はここで間違いねぇみてぇだなぁ!!
だったら派手に始めようじゃねぇかぁ!!」
床に転がって駄々をこねていたルネが、ぱっと顔を上げた。
数秒間、きょとんとしたままグロスを見つめる。
「そ、そういうことだったんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
勢いよく立ち上がった。
目がきらきらと輝いている。
「グロスさんは、私がカジノで負けたから、負けをなかったことにするため、お店ごと壊しに来てくれたんだね」
「違ぇよ!!」
グロスが即座に否定する。
しかし、ルネは聞いていない。
「さすがグロスさん!!
そういう豪快なところ、大好きぃぃぃ!!」
満面の笑みを浮かべ、背中の弓を構える。
「だから違ぇって!」
「よぉぉぉし!! 私も手伝う!!」
ルネは勢いよく矢を番えた。
「カジノそのものがなくなれば、負けた記録もなくなるよね!!」
「ならねぇよ!!」
ゼイルが即座にツッコむ。
ルネ「細かいことはいいの!」
ゼス 「よくない!」
《連射・風穿》
シュババババッ!!
放たれた風の矢が、次々とカジノ内部を駆け抜ける。
ルーレット台を貫き。
スロットマシンを吹き飛ばし。
さらに天井から吊り下げられていたシャンデリアの鎖を断ち切った。
ガシャァァァン!!
巨大なシャンデリアが床へ落下する。
「やったぁぁぁぁっ!!
これで負けた勝負も全部なかったことぉぉぉ!!」
ルネは両手を上げて喜ぶ。
「お客様ぁぁぁぁぁぁ!!」
ディーラーが半泣きになって叫んだ。
その声も次の轟音にかき消される。
「まぁ、派手なのは嫌いじゃねぇ!」
グロスが戦斧を大きく振り上げた。
ズドォォォォン!!
巨大な柱が粉砕された。
武装した男たちが次々と現れた。
「敵だ!警備兵を集めろ!」
「まとめて相手してやるぜ!!」
グロスは戦斧を握り直した。
「ほらぁっ! やっぱり私の借金を消すためなんだ!」
「違ぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
戦斧が床へ叩き込まれ、豪華なカジノは一瞬で戦場と化した。
コツ。コツ。コツ。
混乱の中、静かな足音が響く。
煙の向こうから、一人の男が歩いてくる。
黒い外套。
腰に差された黒剣。
周囲で騒ぎが起きているにもかかわらず、その歩みには一切の焦りがない。
ライルだった。
彼は周囲を一瞥すると、淡々と告げる。
「……敵は片付いた」
「ライルぅぅぅっ!やったね! 私たちの借金、全部チャラだよ!」
ルネが満面の笑みで駆け寄る。
ライルは数秒だけ沈黙した。
そして、ゆっくりとルネを見る。
「……誰か説明しろ」
ルネ「私がカジノで負けたから、グロスさんが全部壊してくれたの!」
「違ぇよ!!」
グロスの叫び声が、壊れかけたカジノに響き渡った。




