第54話 交易都市サンドリア、裏切り者への断罪
砂漠へ足を踏み入れる前。
王都アルヴェリアを出発してから数日。
血盟一行は、ここで砂漠越えに必要な物資を補充し、数日間の休息を取っていた。
交易都市。
そこは、砂漠を渡るすべての旅人、商人、傭兵、冒険者が必ずと言っていいほど立ち寄る巨大都市。
『砂漠の命綱』とまで呼ばれるその街は、王都にも劣らぬ賑わいを見せていた。
高い城壁の内側には異国の文化が入り混じり、王都アルヴェリアとはまるで違う空気が流れている。
露店には乾燥肉や燻製魚、色鮮やかな果実、砂漠でしか採れない香辛料が所狭しと並び、食欲を刺激する香りが街中へ広がっていた。
大道芸人が炎を操れば、子供たちが歓声を上げる。
商人は値切り交渉に熱を上げ、旅人は地図を広げ、傭兵たちは次の仕事を探していた。
まさに、砂漠へ挑む者たちの玄関口。
活気に満ちた街だった。
その賑わいを思い出しながら、ルネは深いため息を吐く。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……なんで私、こんな砂漠のど真ん中歩いてるんだろぉ……」
照りつける太陽を恨めしそうに見上げる。
「一週間前までさぁ、美味しいご飯食べて、お菓子食べて、屋台巡って、お土産買って、デザート食べて、街をぶらぶらしてたんだよ? 完全にバカンスだったじゃん……。人生って急転直下すぎない?」
「バカンスじゃない。あれは砂漠へ入る前に必要な物資と体力を補うための補給期間だ」
ゼイルが一秒の迷いもなく訂正した。
「細かいことはいいの!
私の気持ち的には完全に旅行だったもん! あの串焼きも美味しかったし、冷たい果汁ジュースも最高だったし、あの時だけは『血盟って意外と楽しいじゃん!』って思ってたのに!」
「現実逃避だな」
「現実が暑すぎるんだよ!」
ルネが涙目で叫ぶ。
そのやり取りに、エリシアは思わず吹き出した。
王女だった頃には、こんな他愛もない言い合いを見る機会はなかった。
今ではそれが、どこか心地よかった。
その横で、羊皮紙を広げたカラムは地図と方位磁石を見比べていた。
「現在地から次の補給地点までは約二日。予定通り進めば到着できるが、水の消費量が増えれば予定は崩れる」
羊皮紙へ新たな印を書き込みながら続ける。
「現在の消費速度は想定よりやや早い。
このまま無駄な体力を使えば、水も食料も予定より先に尽きる可能性がある」
「2日もこの砂と付き合うの!? もう十分仲良くなったよ!?」
ルネが頭を抱えた。
「砂は友達にはならない」
ゼスが真顔で返す。
「なお悪いよ!
友達にもなれない相手と二日間一緒とか地獄じゃん!」
ルネはその場に崩れ落ちそうになる。
「歩けば終わる」
「その『歩く』が一番つらいんだって!」
するとグロスが豪快に笑った。
「がっはっはっは! 嫌ならこの砂漠の魔物を全部ぶっ飛ばして、そのまま帰るか!」
「もっと嫌だよ!」
「なら歩け!」
「横暴ぉぉぉ!」
グロスの豪快な笑い声につられ、エリシアも小さく口元を押さえて笑い、カラムも苦笑を浮かべる。
ゼイルは呆れたように肩を竦め、ゼスもわずかに口角を上げていた。
重苦しかった空気が少しだけ和らぐ。
砂漠という過酷な環境でも、仲間たちと交わす他愛ない会話だけは変わらない。
そんな光景を眺めながら、ミレーヌはふっと懐かしそうに目を細めた。
「あなたたち、本当に変わらないわね……」
その言葉に、自然とサンドリアでの出来事が脳裏によみがえる。
血盟の仲間たちからも自然と笑みがこぼれた。
重苦しい空気が少しだけ軽くなる。
そんなやり取りを眺めながら、ミレーヌがふっと口元を緩めた。
「そういえば……補給地点でも、色々あったわね」
その言葉に、ルネが思い出したように顔を上げる。
「あっ……あったあった!」
「お前が一番騒いでいたな」
ゼイルが呆れたように言う。
「ち、違うもん! あれは不可抗力!」
ルネが必死に首を振る。
ミレーヌは苦笑しながら、一週間前の出来事を思い返した。
ライルとミレーヌは、交易都市の市場を歩いていた。
保存食や乾燥肉、携帯用の薬草など、砂漠を越えるために必要な物資を一つひとつ揃えていく。
市場は活気に満ちていた。
客を呼び込む商人たちの威勢のいい声。
旅人や傭兵たちが行き交い、砂漠へ向かう隊商が最後の準備を進めている。
その喧騒を背に、二人は買い物を終えて宿へ戻るため、人通りの少ない裏通りへ足を向けた。
「……久しぶりだな、ライル」
低く響く男の声。
ライルの足が止まる。
ミレーヌもすぐに視線を巡らせた。
薄暗い路地の奥。
一人の男が壁にもたれかかるように立っていた。
粗末な外套を羽織っているが、その立ち姿には隙がない。
腰には長剣。
口元には余裕を浮かべた笑み。
そして、その瞳だけが獣のように鋭く光っていた。
ライルは男の顔を見た瞬間、表情を一切変えずに呟く。
「……生きていたか」
男は肩をすくめ、愉快そうに笑う。
「お前こそな。死んだって話も聞いてたが、案外しぶといじゃねぇか」
ライルは何も答えない。
男は一歩、前へ出る。
「昔のお前なら、俺たちの側へ来ていたかもしれない。あの国に義理なんてなかっただろ?」
「……」
「今からでも遅くない。俺たちと来い。お前ほどの腕なら歓迎する」
しばしの沈黙。
風だけが路地を吹き抜ける。
そしてライルは、静かに黒剣の柄へ手を添えた。
「断る。
裏切り者に掛ける言葉は、それだけだ」
男の笑みが消える。
「……相変わらず融通の利かない奴だ!」
怒声と同時に剣を抜く。
ライルの姿が消えた。
踏み込みすら見えない。
一瞬だけ黒い炎が揺らぎ、世界が静止したような錯覚が走る。
ライルはすでに男の懐へ入り込んでいた。
「黒焔剣技――奥義 断罪・崩滅ノ太刀」
静かな声が響く。
黒炎が奔る。
一本の漆黒の斬撃が、空間そのものを裂くように走り抜けた。
あまりにも速く。鋭く。
男は剣を振るうことすらできなかった。
遅れて、斬撃の軌跡から黒炎が噴き上がる。
男の剣は真っ二つに砕け、その身体も音もなく崩れ落ちた。
ライルは振り返らない。
倒れた男を見ようともしない。
静かに剣を鞘へ納める。
カチリ、と小さな音だけが路地に響いた。
「……行くぞ」
それだけ言って歩き始める。
ミレーヌは少し遅れて後を追いながら、小さく息を吐いた。
「相変わらずね……裏切り者には、本当に容赦がないわ」
ライルは前を向いたまま答える。
「裏切ると決めた時点で、敵だ。
敵なら斬る。それだけだ」
ミレーヌは横顔を見つめ、小さく微笑む。
(だからこそ、この人は誰よりも信頼できるのよね……)
敵には容赦しないが、一度仲間と認めた者には命さえ預けられる。
それが、血盟を率いる剣士ライルという男だった。




