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王の裏切り、俺の無双劇〜 追放英雄ライル、王国を無双で討つ  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


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第53話 果てなき砂原へ

 南の城門が重々しい音を響かせながら、ゆっくりと開いていく。

 王都アルヴェリアを守り続けてきた巨大な門は、朝日に照らされて黄金色に輝いていた。

 門が開くたび、乾いた風が街へと流れ込む。

 城壁の内側では、今日も人々の日常が始まっている。


 商人たちは店を開き。

 子どもたちは笑いながら走り回り。

 焼きたてのパンの香りが通りへ流れる。

 誰もが当たり前の日常を過ごしている。


 その光景を、エリシアは馬上から静かに見つめた。


(ここまでが、“守られていた世界”)


 これまで私は、この城壁の内側で育ってきた。

 城壁の影が自分たちから遠ざかっていくのを、はっきりと感じていた。


 王女として。

 護られる者として。

 危険は騎士たちが払う。

 それが当たり前だった。

 だが今日、その当たり前に背を向ける。


(帰ってきた時、私は今と同じ私でいられるのかな……)

 そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎる。


 見送りの兵士たちが一斉に敬礼する。


「血盟の皆様、ご武運を!

 王女殿下……どうか、ご無事で!」


 「必ずご帰還ください!」

 力強い声が響く。


 その声に応えるように、市民たちも手を振り始めた。


「王女様ー!」

「お気をつけて!」

「血盟の皆さん、頑張ってください!」


 子どもが小さな旗を振り、老人が静かに祈りを捧げる。

 母親が子どもの肩を抱きながら見送る。


 その光景を見たエリシアは、思わず胸へ手を当てた。


(こんなにも多くの人が……)


「……行ってきます」

 小さく呟いたエリシアの隣で、ルネがわざと明るい声を出した。


「うわぁ、見送られると逆に緊張するんだけど! これ完全に『絶対生きて帰ってきてね!』って空気じゃん!」


「いえ、生きて帰る予定だからね!?」


「そうだけどさ!物語とかだったら、こういう見送りってフラグじゃん!」

 ルネは苦笑いを浮かべた。


「縁起でもねぇこと言うな!」

 グロスが豪快に笑いながら、ルネの背中を思い切り叩く。


「いったぁぁぁ!」


 「冒険の始まりってのは、こうでなくっちゃよ!」

 グロスは白い歯を見せて笑う。


「不安よりワクワクを抱えて進むもんだ!」

「いや、そのワクワクが今ゼロなんだけど!」


「気合いで増やせ!」

「増えるかぁ!」


 カラムが腰の革袋から一枚の羊皮紙を取り出し、静かに広げた。

 彼は視線を走らせながら、一つひとつ確認するように口を開く。


「……補給の最終確認だ。

 飲料水、保存食、五日分。

 砂漠用の冷却符と防塵結界は各自携帯済み。

 解毒薬、止血薬、応急処置用の治癒薬も問題なし」


 一度言葉を切り、全員の装備へ目を向けた。


「ここから先、最初の補給地点まで約四日。予定より消耗が激しければ、さらに時間が延びる可能性もある。途中で引き返す余裕はない」


「つまり、覚悟しろってことね」

 セリアが肩をすくめた。


「え、ちょ、今さら言われると怖いんだけど!?

 さっきまで『冒険に出発だー!』って気分だったのに、一気に『生きて帰れるかな……』ってなった!」

 ルネが半泣きになる。


「最初から遊びじゃない」

 ゼイルが即座に返す。

 

「分かってるよ!? 分かってるけどさ!

 もうちょっと希望とかない!?

 ほら、『大丈夫、君たちならきっとできる!』とか!」

 ルネは両手をぶんぶん振った。


 エリシアは深呼吸し、一歩前に出た。


「ここからは……私は“王女”じゃありません。

 皆さんと同じ、“血盟の一人”として歩きます」


 一人ひとりの顔を見渡す。


 ライル。

 ゼス。

 グロス。

 ルネ。

 セリア。

 ミレーヌ。

 カラム。

 ゼイル。


「了解」

 ライルが短く答えた。


「それでいい」

 ゼスも一言。


「ふふ、肩書きは重いものね」

 ミレーヌが柔らかく微笑む。


「最初からそう思ってたぜ!

 王女だから遠慮なんてされたら、こっちが困る!」

 グロスが豪快に笑いながら、大きな手で胸を叩く。


「そうそう!

 むしろ一緒に転んで、一緒に怒られて、一緒にご飯食べるくらいがちょうどいいよ!」

 ルネも元気よく手を挙げる。


「それは少し違う気もするが……」

 カラムが呆れたように呟く。

 それでも、その表情は少しだけ柔らかかった。


 エリシアは自然と笑みを浮かべる。


「……ありがとうございます」

 その言葉は、心の底から出たものだった。



 しばらく後。

 前に広がるのは、果ての見えない黄褐色の大地。


「……あっつ。

 私、もう後悔してる」

 ルネの第一声が、全員の本音を代弁していた。


「早すぎるだろ」  

 ゼイルが即答する。


「だって暑いし! 喉カラカラだし! 砂が全部足に逆らってくるし!」

 言いながら一歩踏み出す。


 ズブッ。

 足首まで砂が沈む。


「ほらぁ!」

 無理やり足を引き抜く。


 エリシアも恐る恐る一歩踏み出す。

 ずぶり、と足が砂へ沈む。


「ルネさんの言う通りですね……。

 一歩進むだけで、いつもの何倍も力を使っている気がします」


 カラムが羊皮紙へ視線を落としたまま呟いた。


「現時点で全員、想定より水分消費が約二割早い。 

 このままの消費では補給地点まで余裕がなくなる。以降は水の節約も考えて行動する」


 グロスは乾いた空を見上げ、大きく笑い飛ばす。


「がっはっは! 剣を振る前に兵糧攻めたぁ、砂漠らしい歓迎じゃねぇか!」

 その豪快な笑い声は、張り詰めた空気を少しだけ和らげる。

 

 その隣を歩くライルは表情一つ変えなかった。


「……油断するな。地形も敵の一部だ。ここでは一歩の判断ミスが、そのまま命取りになる」

 前方から目を逸らさないまま、静かに告げた。

 

「だから砂漠は嫌なのよ。

 魔導具・簡易冷却結界、使うわね。気休めだけど」

 ミレーヌが、軽く指を鳴らすと、淡い水色の魔法陣が足元へ広がった。


 ふわり、と冷たい風が一行を包み込む。

 焼けつくようだった熱気がわずかに和らぎ、肌を撫でる空気が心地よく変わった。


「はぁぁぁ……生き返る……」

 ルネは天を仰ぎ、大きく息を吐く。

 両手を合わせ、ミレーヌへ深々と頭を下げた。


「神……!戦わなくても削ってくるとか、性格悪すぎでしょこの土地……」


「敵意ある世界、ってやつね。

 魔力の流れも不安定。下手に大技は使えない」

 セリアは舞い上がる砂粒を見つめながら、静かに呟く。


「砂は体力を奪い、熱は判断力を奪う。

 ……ここは、長居する場所じゃないわ」

 ミレーヌが冷静に言う。


 エリシアは、知らず知らずのうちに呼吸が浅くなっているのを自覚した。


(……これが、“王国の外”)


 王城の庭園では、四季折々の花が咲き、涼しい噴水の音が響いていた。

 訓練場で汗を流しても、休める木陰があり、水も好きなだけ飲めた。


 だが、この砂漠には何もない。

 あるのは照りつける太陽と、どこまでも続く砂だけ。

 一歩進むたびに体力を奪われ、立っているだけでも命が削られていく。

 これほど過酷な世界が、王国の外には広がっていた。

 その現実を、エリシアは身をもって思い知らされていた。


 ふと、足を取られ、ぐらり、と体が傾く

 無言で、腕を掴まれた。

 振り返ると、ライルが静かな表情のまま立っている。


「……無理するな」

 低く、それでいて不思議と安心感のある声。


「ありがとう……」


 エリシアが小さく礼を言うと、ライルは軽く頷き、何事もなかったかのように手を離した。

 すぐに視線を前方へ戻し、周囲の警戒を続ける。

 でも、その一瞬の支えが、心まで支えてくれた気がした。


 果てなき砂原は、まだ始まったばかりだった。

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