第25話:風の試練と、深淵の暁
『風鳴きの山脈』は、その名の通り、絶え間なく風が泣き叫ぶ場所だった。
一歩足を踏み出した瞬間から、身を切り裂くような暴風が俺たちを襲う。足場は不安定な岩肌ばかりで、一歩間違えば谷底へと真っ逆さまだ。
「アルトさん、この風は…!」
「ああ、ただの風じゃない。魔力を帯びている。山全体が、侵入者を拒むための結界になっているんだ」
エリアが風に飛ばされそうになるのを、俺は彼女の手を引いて支える。
突如、俺たちの頭上で空が暗くなり、バチバチと音を立てて雷雲が発生した。古代魔法による天候操作だ。狙いを定めたかのように、紫電の槍が俺たちに降り注ぐ。
俺は、腰の【星砕き】を抜き、その雷を避けることなく、剣の腹で受け止めた。
凄まじいエネルギーが剣に吸収され、逆に俺の魔力を増幅させる。
「いい魔力だ。少し拝借するぜ」
古代の魔法書で得た知識と【魔力操作(極)】を組み合わせ、俺は周囲の風の流れを読み、風が凪ぐ一瞬の「道」を見つけ出す。俺たちは、その見えない道を縫うようにして、驚くべき速さで山を登っていった。
やがて、鋭い鳴き声と共に、空から複数の影が急降下してきた。
鷲の上半身に獅子の下半身を持つ、嵐の化身『ストーム・グリフォン』。風を自在に操り、音速で飛行する空の守護者だ。
「エリア、援護を頼む!」
「はい!」
エリアが防御魔法の障壁を展開するのと同時に、俺は地面を強く蹴った。
【身体強化(極)】によって増幅された脚力は、俺の身体を砲弾のように打ち出し、空を舞うグリフォンの一体に、あっという間に追いつく。
「なっ…人間が、飛んだ…!?」
空中で驚愕するグリフォン(のテレパシー)を無視し、俺は【星砕き】を一閃。その翼を切り裂くことなく、胴体にある魔力の核だけを正確に破壊した。力を失ったグリフォンは、悲鳴を上げて落下していく。
俺は、空中で別のグリフォンの身体を蹴り、三角跳びの要領で次々と空の守護者を無力化していった。
全てのグリフォンを鎮め、山の中腹にある開けた岩棚に降り立った、その時だった。
俺たちは、信じがたい光景を目撃する。
数人の黒いローブをまとった者たちが、一体のストーム・グリフォンを、禍々しい紫色の魔法陣で拘束していたのだ。
「さあ、吐け。風の神殿への最短ルートを。我らが主、厄災様の復活のためだ」
ローブのリーダー格らしき仮面の男が、苦しむグリフォンに冷酷な声で語りかけている。
彼らが、ドワーフの族長が言っていた謎の一団か。
「何者だ、貴様ら!」
俺が声をかけると、彼らは一斉にこちらを振り返った。そのローブの奥から感じるのは、純粋な悪意と、ねっとりとした闇の魔力。
「ほう…我々の儀式の邪魔をする者が現れるとはな。運の悪いことだ」
仮面の男は、俺とエリアを一瞥すると、クツクツと喉の奥で笑った。
「我らは『深淵の暁』。世界を偽りの秩序から解放し、偉大なる厄災様をこの世にお迎えする、選ばれし使徒である」
やはり、目的は封印の解放か。
「無知なる者どもよ。お前たちが、ここで我々に出会ったのが運の尽きだ。厄災様の復活の贄として、その魂を捧げるがいい!」
仮面の男が手を振ると、他の使徒たちが一斉に闇の魔法を放ってきた。
相手の精神を蝕む呪いの弾丸、空間を歪めて動きを封じる罠、地面から湧き出す無数の骸骨の兵士。これまで戦ってきた魔物とは質の違う、狡猾で多彩な攻撃だ。
「エリア、下がってろ!」
俺はエリアを庇いながら、【星砕き】を振るう。
精神攻撃は、俺の強靭な精神力の前では意味をなさず、霧散する。
空間の歪みは、【魔力操作】でその術式を強制的に書き換え、無効化する。
骸骨の兵士たちは、剣圧だけで塵と化した。
「なっ…馬鹿な!? 我らの呪術が、全く効かんとは…!」
仮面の男が、初めて動揺の声を上げる。
俺は、その隙を見逃さなかった。一瞬で距離を詰め、【星砕き】の切っ先を、彼の喉元に突きつける。
「さて、お喋りはそこまでだ。お前たちの知っていることを、洗いざらい話してもらおうか」
追い詰められた仮面の男は、しかし、不気味に笑った。
「ククク…まさか、これほどの使い手が野にいたとはな…! だが、我々の計画は止められん!」
次の瞬間、彼の足元に、自爆を前提とした、不安定な転移魔法陣が激しく輝いた。
「我々だけではないぞ…『風の神殿』には、既に我らが『同志』が先行している…! 手遅れになる前に、行ってみるがいい…!」
その不吉な言葉を残し、仮面の男たちは、閃光と共にその場から姿を消した。
「アルトさん!」
「ああ、わかってる。先を越されたか…!」
敵は、俺たちが思っていたよりも、狡猾で、そして組織的だった。
俺たちは、捕らえられていたストーム・グリフォンを解放すると、事態の緊急性を悟り、休むことなく、山頂にそびえる『風の神殿』へと、全力で急いだ。
新たな敵との、時間との戦いが、今、始まったのだ。




