第24話:風鳴きの山脈と、黒いローブの影
アークライトでの穏やかな日々は、次なる旅への助走期間だった。
俺たちは、古代の日誌に記された最初の目的地、『風鳴きの山脈』へ向けて、出発の準備を整えた。
旅立つ前日、俺たちは世話になった人たちへ挨拶に回った。
ギルドマスターのマードックは、俺たちの目的地を聞くと、そのドワーフ髭を満足げにしごいた。
「ほう、『風鳴きの山脈』か。ならば心配はいらんな。君ほどの男なら、あの山の風ですら道を譲るだろう。ギルドとして、できる限りの支援は惜しまん。必ず、無事で戻ってこいよ」
その言葉は、まるで息子を送り出す父親のように、温かかった。
鍛冶師のバルガスは、相変わらずの無愛想を装いながらも、餞別だと言って【星砕き】の手入れ道具一式をくれた。
「あそこはドワーフの古代都市の遺跡があるとも言われとる場所だ。面白いもんが見つかるかもしれねえな。せいぜい、俺の最高傑作を存分に振るってこい」
確かな居場所と、見送ってくれる仲間がいる。
5年前には想像もできなかった温かい繋がりを胸に、俺とエリアは、アークライトの門を後にした。
北へ向かう旅は、世界の広さを俺たちに教えてくれた。
豊かな平原は、やがて荒涼とした大地へと姿を変え、道は険しい山道へと続いていく。道中で立ち寄った宿場町では、『風鳴きの山脈』に関する不吉な噂を耳にした。
「最近、山から下りてくる魔物が、妙に凶暴でな…」
「山に入ったキャラバンが、荷物もろとも消えちまう事件が後を絶たないらしい」
「夜な夜な、山の頂が不気味な光を放つのを見たって話だ」
「どうやら、次の封印も、かなり弱まっているみたいですね」
エリアが、心配そうに呟く。
「ああ。急いだ方がよさそうだ」
旅の道中、俺は宝物庫で見つけた古代の魔法理論書を読みふけっていた。
【無限成長】スキルは、俺の知識の吸収率も飛躍的に高めているらしい。その内容は、現代では失われた高度な魔法体系ばかりで、俺の魔力操作の技術は、新たな次元へと進化しつつあった。
野営の夜、俺がエリアに魔法の基礎理論を教えると、彼女は「すごい…! こんな考え方があったなんて…!」と、目を輝かせていた。
数週間の旅を経て、俺たちはついに目的地の山脈の麓にたどり着いた。
そこは、その名の通り、ゴウゴウと風が鳴き叫び、鋭く尖った岩肌が天を突く、人を寄せ付けない峻厳な場所だった。
山の麓には、最後の砦となるドワーフたちの小さな集落があった。
俺たちが情報収集のために族長の家を訪ねると、屈強なドワーフの族長は、俺の腰にある【星砕き】を一目見て、目を見開いた。
「その剣…まさか、素材は『星鋼石』か…!? それほどの剣を持つとは、お主ら、何者だ?」
事情を話すと、族長は俺たちの実力を認め、山の情報を詳しく教えてくれた。
「山の頂には、風を司る古代の民が築いた『風の神殿』がある。最近の異変は、すべてそこが原因じゃろう。だが、神殿へ至る道は、荒れ狂う天候そのものが試練となり、古代の魔法で動く守護者どもが、侵入者を阻んでくる。並の覚悟で行ける場所ではないぞ」
そして、族長は、眉間に深い皺を寄せ、一つの気になる情報を付け加えた。
「それとな…最近、山の中をうろつく、黒いローブをまとった怪しい一団がおる。奴らも、どうやら神殿を目指しているようだが、その目的も、正体も、一切が謎じゃ。気をつけなされ」
黒いローブの一団。
偶然か、それとも――。
俺はエリアと顔を見合わせる。
どうやら、七つの封印に興味があるのは、俺たちだけではないらしい。
これまでは、古代の遺産や、狂ってしまった守護者が相手だった。だが、今度は違う。明確な意思を持った、未知の敵対者がいる。
「面白くなってきたな」
俺は、荒れ狂う風が吹き付ける、遥か天上の山頂を見上げた。
そこには、新たな厄災の封印と、そして、得体の知れない敵が待ち受けている。
「アルトさん」
エリアが、俺の隣で、決意の表情を浮かべる。
「行きましょう。私たちの手で、この山の嘆きを止めるんです」
「ああ。そうだな」
俺たちは、ドワーフの族長に礼を言うと、風鳴きの山脈への第一歩を踏み出した。
それは、世界の命運を巡る戦いに、初めて「敵」という存在が現れた瞬間であり、俺たちの旅が、新たなフェーズへと突入したことを告げる、力強い風の咆哮だった。




