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第22話:黒鉄の魔像と、解放の一太刀

ギィィィ…と、数千年の沈黙を破って開かれた扉の先。

そこは、これまでの無機質な迷宮とは全く違う、広大で幻想的な空間だった。

天井には、まるで本物の星空のように無数の魔光石が輝き、その光がドーム状の広間全体を、静かに照らし出している。そして、広間の最奥には、黒光りする巨大な玉座が一つ、鎮座していた。


その玉座に、一体の巨人が腰かけていた。

全身が、この世の物とは思えない滑らかな黒鉄で覆われた、高さ10メートルはあろうかという魔像。その巨体には、複雑で美しい古代の紋様が刻まれ、兜の奥深くでは、一対の赤い光が、まるで悲しみを湛える瞳のように、ゆっくりと点滅している。

彼こそが、この迷宮の主にして囚人、『黒鉄の魔像アイアン・ウォーロード』。


俺たちの侵入に気づいた魔像は、地響きを立てながら、ゆっくりと玉座から立ち上がった。

その動きには、敵意や憎しみといった感情は感じられない。ただ、課せられた役割を果たすためだけの、ひどく無機質で、そして、どこまでも哀しい義務感だけが満ちていた。


『――侵入者を、排除する。それが、我が使命』


地響きのような、しかし感情の温度を一切含まない声が、広間に響き渡る。

俺は、隣で息を呑むエリアに告げた。

「エリア、あいつを壊すな。動きを止めるだけでいい。俺が合図するまで、防御に徹してくれ」

「は、はい!」


魔像が、その巨大な腕を振り上げた。

Aランクパーティーの盾を紙くずのように砕くという、必殺の鉄拳。だが、俺は【星砕き】を抜き、その巨大な拳を、まるで打ち返しの練習でもするかのように、軽く、しかし的確に弾き返した。


ズシン!と、巨体がよろめく。

魔像は、次に全身の紋様を赤く発光させ、その両目から灼熱の破壊光線を放った。

俺は、エリアの前に立ち、剣の腹でその光線をいなす。熱線は明後日の方向へと逸れ、壁に巨大な融解の跡を残した。


「すごい力だ。だが、心がない。これじゃただの操り人形だ」


攻撃を防ぎながら、俺は【鑑定(真)】の目を、魔像の全身へと向ける。

その分厚い装甲の奥、胸の中心部で、一際禍々しい魔力を放つ、巨大な紫色の水晶が鼓動しているのが見えた。


『深淵の心臓』。

かつて世界を脅かしたという「大いなる厄災」の核。

魔像は、その身を器として、この呪われた心臓を、数千年間、封じ続けてきたのだ。


「あれか…!」

俺は、やるべきことを完全に理解した。

「エリア! 最大の治癒魔法で、あいつの注意を引け! 光が強ければ強いほどいい!」


「わかりました!」

エリアは、俺の言葉に迷いなく応じると、両手を掲げて祈りを捧げた。

彼女の身体から、これまで見たこともないほど眩い、太陽のような慈愛の光が放たれる。その光は、魔像の憎悪ではなく、その奥に眠る悲しみに語りかけるように、優しく彼を包み込んだ。


『グ……ォ…?』


魔像の動きが、ほんの一瞬、鈍る。

俺は、その刹那を見逃さなかった。


地面を蹴り、弾丸のように魔像の懐へと飛び込む。

そして、新たな相棒【星砕き】に、破壊の力ではない、対象と対象を「切り離す」ためだけの、極限まで研ぎ澄まされた精密な魔力を込めた。


「永い間、ご苦労だったな。その宿命ごと、俺が断ち切ってやる!」


閃光が、走った。

俺の一太刀は、魔像の分厚い胸部装甲だけを、まるでバターのように音もなく切り裂き、その内部で禍々しい光を放つ『深淵の心臓』と、それを魔像に繋ぎ止めている無数の魔力の回路だけを、寸分の狂いもなく、完璧に両断した。


『―――!?』


呪縛の源から切り離された『深淵の心臓』は、紫黒の瘴気を放ちながら暴走しようとするが、俺はそれをすかさず左手で掴み取り、【アイテム収納(大)】の中へと強制的に封じ込めた。


動力源を失った黒鉄の魔像は、その場にがくりと膝をつき、やがてゆっくりと仰向けに倒れ込む。

その兜の奥で点滅していた赤い光は、穏やかで、安らかな青い光へと変わっていた。


『……感謝、する…解放者よ…』

脳内に、温かい感謝の念が流れ込んでくる。

『これで、私も…ようやく、永い、永い眠りに…つける……』


黒鉄の魔像の巨体は、その役割を終えたことを喜ぶかのように、足元からさらさらと光の粒子へと変わり、数千年の孤独な務めから、完全に解放されていった。


魔像が完全に消え去った後、彼が守っていた玉座の後ろの壁が、ゴゴゴ…と音を立てて開き始める。

その奥には、古代文明の遺産が眠る、広大な宝物庫が広がっていた。


依頼は、達成された。

だが、俺の手の中には、今も不気味にその存在を主張する『深淵の心臓』の気配がある。

そして、エリアが宝物庫の中で、一冊の古びた日誌を発見した。


それは、魔像の創造主が残したものだった。

エリアがその内容を読み解き、顔を青ざめさせる。


「アルトさん…大変です…。この日誌には、『大いなる厄災』の封印は、一つではない、と…。世界の各地に、まだ同じような封印が、七つ存在すると書かれています…」


七つの、厄災の封印。

一つの依頼の達成は、俺たちを、この世界の真実に触れる、より巨大で、より過酷な旅へと導く、新たな扉を開いた瞬間だった。


「はっ。面白くなってきたじゃないか」

俺は、そう言って笑った。

「どうやら、俺たちの旅は、まだ始まったばかりってことらしいな」

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