第20話:愚者たちの最後の宴と、完全なる決着
俺たちがAランク級依頼『黒鉄の迷宮』の準備を進めている間、街の澱んだ路地裏では、愚かな者たちの最後の宴が始まろうとしていた。
ガレス、リリアナ、ケビン。かつて『深紅の爪』と呼ばれた三人は、破滅への計画を実行に移していた。
彼らの稚拙な尾行に、俺は最初から気づいていた。
スキル【五感鋭敏(極)】は、彼らの殺気やひそひそ声だけでなく、焦りや嫉妬といった感情の揺らぎまで、手に取るように伝えてくる。
俺は、あえて気づかないふりを続けた。彼らがどこまで堕ちるのか、その終着点を、この目で見届けるために。
計画通り、俺は薬草店でエリアと別れ、一人で武具屋のほうへ向かうふりをした。
案の定、彼らはその好機を逃さなかった。リリアナが、巧みな嘘でエリアを人気の無い路地裏へと誘い込む。
「きゃっ!」
路地裏に入った瞬間、ガレスとケビンがエリアの両腕を掴んだ。
「大人しくしろ、エルフ!」
「お前のせいで、私たちは何もかもめちゃくちゃだ!」
身勝手な罵声を浴びせられ、エリアの顔に恐怖の色が浮かぶ。
だが、今の彼女は、ただ怯えるだけの少女ではなかった。
「離しなさい!」
エリアは、アルトとの旅で得た、強い意志の光をその瞳に宿していた。
「アルトさんを…あなたたちのような人が、侮辱しないで!」
彼女は、アルトに教わった護身術の動きで、必死に抵抗を試みる。その小さな抵抗に、ガレスたちは一瞬たじろいだが、所詮は多勢に無勢。エリアは壁に追い詰められ、ガレスがその喉元に、ギラリと光るナイフを突きつけた。
「ははは! これで終わりだ! これで、あのアルトを意のままに…!」
ガレスが勝利を確信し、下卑た笑い声を上げた、まさにその瞬間だった。
路地裏の入り口に、一つの人影が、音もなく現れた。
「やあ」
俺は、静かにそこに立っていた。
「俺の大事な仲間に、何か用か?」
その声には、何の感情も乗っていなかった。怒りも、悲しみも、憎しみすらない。ただ、絶対零度の無感情。それが、彼らを底知れない恐怖に突き落とした。
「な、なぜだ…!? なぜお前がここにいる!?」
ガレスが、狼狽しながら叫ぶ。
彼は、最後の切り札であるエリアを盾に、ナイフを突きつけながら脅迫した。
「動くな、アルト! この女がどうなってもいいのか!」
俺は、その惨めな脅迫に、心底呆れたように鼻で笑った。
「人質、か。古典的だな。だが、残念だったな」
「なにが…!」
「お前たちが、俺の仲間の髪一本にでも触れた時点で――お前たちの命運は尽きたんだよ」
俺がそう告げた瞬間、ガレスが握っていたナイフが、まるで意思を持ったかのように、彼の腕を振りほどいて宙を舞った。そして、ガレス自身の首筋、皮一枚のところに、ビタリと突き刺さって静止した。
「ひっ…!?」
同時に、リリアナとケビンの足元の地面が、まるで生き物のように隆起し、石の腕となって二人の身体を完全に拘束する。
俺は一歩も動いていない。全てが、【魔力操作(極)】による遠隔操作だった。
抵抗する術を全て失い、自分たちの命が、俺の指先一つで消し飛ぶことを理解した時、三人の顔から、ついに血の気が完全に引いた。
俺は、ゆっくりと彼らに近づいていく。
「お前は、いつもそうだったな、ガレス。自分の非を認めず、弱い者を盾にする。リーダーの器じゃなかった」
「お前は、いつも他人を見下すことでしか、自分の価値を保てなかったな、リリアナ。哀れだ」
「そして、ケビン。お前は、ただ見て見ぬふりを続けた。悪事を働く者以上に、それを止めなかった傍観者の罪が、一番重いのかもしれないぞ」
俺は、彼らの罪を、一つ、また一つと断罪していく。
その言葉の一つ一つが、彼らの腐りきった心を抉り、もはやプライドの欠片も残っていなかった。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「助けてくれ! なんでもするから!」
「もう二度とあなたの前に現れませんから!」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、三人はみっともなく命乞いを始めた。
その姿を見て、俺の中に残っていた最後の憐憫も、完全に消え失せた。
「殺しはしない。お前たちに、その価値はないからな」
俺は、そう言い放った。
「お前たちには、死ぬより辛い罰を与えてやる」
俺は、三人の前に手をかざした。
「お前たちから、冒険者としての力を、未来を、全てを奪う」
俺の手に淡い光が灯り、それが三人の身体に吸い込まれていく。彼らの身体から、魔力や、鍛え上げた筋力の源が、ごっそりと抜き取られていく感覚だろう。
もう、彼らは重い剣を振るうことも、魔法を詠唱することもできない。ただの人以下の、虚弱な身体になったのだ。
「ああ……ああああ……力が…抜けていく……」
「いや…いやぁぁぁっ!」
力を失い、ただの人としてこの先生きていかなければならない絶望。ギルドからも追放され、借金だけが残る未来。
それこそが、彼らにとっての、永遠に続く地獄だった。
俺は、路地裏で泣き崩れる三人に背を向け、拘束を解かれたエリアの手を取った。
「行こう、エリア。汚らわしいものを見たな。口直しに、街で一番美味いものでも食べに行こう」
「…はい、アルトさん」
エリアは、こくりと頷き、俺の手に自分の手を重ねた。
こうして、俺の5年間の過去を縛り付けていた、忌まわしい因縁は、完全なる決着を迎えた。
彼らの物語は、この薄暗い路地裏で終わりを告げたのだ。
だが、俺の物語は違う。
最高の仲間と、最高の相棒と共に歩む、本当の冒険は――今、始まったばかりなのだから。




