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第18話:過去の亡霊と、指先で砕いたプライド

「よぉ、ギルマス。戻ったぜ」


俺が声をかけると、カウンターで書類の山と格闘していたギルドマスター・マードックは、勢いよく顔を上げた。

「おお、アルト君! 無事だったか! 心配しておったのだぞ!」

その声は、心からの歓迎の色を帯びていた。彼は俺の隣に立つエリアに気づくと、その鑑定眼をわずかに光らせ、「そして、そちらの美しいお嬢さんは…ただ者ではないな」と感心したように頷いた。


「大事な仲間だ」

俺がエリアを紹介すると、マードックは満足げに笑った。

「そうか、そうか! 君ほどの男だ、素晴らしい仲間と出会えたのだろうな! 君が不在の間、君の噂はもはや伝説になっておるぞ、『測定不能エラー』殿」


マードックが悪戯っぽく笑う。どうやら、俺には変な二つ名が定着してしまったらしい。

彼は、声を潜めて続けた。

「それと…例の『深紅の爪』だが、君が抜けてからというもの、見る影もなくなったわい。今やCランクですら危うい。自業自得とはいえ、哀れなものよ」


その言葉を証明するかのように、俺たちの背後から、怒気に満ちた声が飛んできた。


「おい、アルトッ!!」


振り返ると、そこには案の定、顔を真っ赤にして憤慨するガレスと、腕を組んで俺を睨みつけるリリアナ、そして彼らの後ろでオロオロするケビンの姿があった。


「てめぇ、俺たちを無視するとは、いい度胸じゃねえか! 少し見ない間に、随分と偉くなったもんだな!」

ガレスは、まだ自分たちが上の立場だと信じて疑わない、尊大な態度で俺に詰め寄る。


「あなた、その隣のエルフは誰よ!」

リリアナは、嫉妬に歪んだ顔でエリアを頭のてっぺんからつま先まで嘗め回すように見た。

「Dランクの寄生虫のくせに、そんな綺麗な子を侍らせるなんて、身の程をわきまえなさい!」


周囲の冒険者たちが「おいおい、始まったぞ」「あいつら、死ぬ気か…」と、固唾をのんで遠巻きに見守っている。

エリアが、リリアナの敵意に怯えて俺の腕を掴んだ。俺は、その手を優しく握り返してやると、初めて、かつての仲間たちに向き直った。


そして、心底不思議そうな顔で、首を傾げてみせた。


「ん? ああ、君たちか。すまない、そこに何かいるのは気づいていたんだが、あまりに存在感が小さくて、誰だかよくわからなかった」


俺の言葉に、ガレスたちの顔が凍り付く。

俺は、エリアの肩を優しく抱き寄せると、今度はリリアナに向かって、氷のように冷たい声で言った。


「こいつは、俺の大事な仲間だ。君のような**『過去の人間』**が、気安く話しかけていい相手じゃない。ああ、それと一つ訂正しておくが」


俺は、懐からギルドカードを取り出し、Cランクの紋章を彼らに見せつけるように提示した。

「俺はCランクだ。君たちと、同じだな。いや……今の君たちよりは、上かな?」


自分たちが見下し、追放したはずの男が、今や自分たちと肩を並べる、いや、あるいはそれ以上のランクになっている。その事実は、彼らの砕け散ったプライドに、さらに追い打ちをかけたようだった。


「こ……この野郎ぉぉぉっ!!」


理性が焼き切れたガレスが、獣のような雄叫びを上げて俺に殴りかかってきた。

その拳は、怒りに任せただけの、あまりにも遅く、隙だらけの一撃。


俺は、その拳を、**立てた人差し指一本で、**ピタリと受け止めた。


「なっ……!?」


全力で殴った拳が、まるで鋼鉄の壁に阻まれたかのように、びくともしない。ガレスの顔が、驚愕と混乱に染まる。

俺は、彼の拳を指先で受け止めたまま、少しだけ、本当にごくわずかに、力を込めた。


「ギルド内で騒ぎを起こすのは、感心しないな」


ミシミシッ…!


指一本から伝わる、人間業とは思えない握力。ガレスの拳の骨が、嫌な音を立てて軋み始める。


「ぎ……ぎゃあああああああっ! 腕が! 腕が折れるぅぅっ!!」


情けない悲鳴が、静まり返ったギルドに響き渡った。

俺がパッと指を離すと、ガレスは力なくその場にへたり込み、使い物にならなくなった自分の右腕を押さえて呻いている。


ギルド中の冒険者が、息を呑んだ。

誰もが、アルトと「深紅の爪」の間に横たわる、絶望的で、絶対的な力の差を、その目に焼き付けた。


俺は、もはやガレスたちに一瞥もくれず、マードックに向き直った。

「ギルマス、悪いが騒がせたな。それより、新しい依頼はないか? 少し金が欲しいんだ。できれば、Bランク以上の、やりごたえのあるやつがいい」


まるで、道端の虫を払ったかのように、平然と話を続ける俺。

その圧倒的な余裕と、地面に蹲り、屈辱と恐怖に震えるガレスたちの惨めな姿。そのコントラストが、この場で起きたことの全てを物語っていた。


「……お、覚えてろよ、アルト…!」


ガレスが、負け犬の常套句を吐き捨てる。

だが、その声は震え、もはや誰の耳にも、虚しい遠吠えのようにしか聞こえなかった。

俺たちの因縁の再会は、一方的な蹂リンで、その第一幕の幕を下ろしたのだった。

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