第17話:帰還の街と、落ちぶれた者たちの現在
エルフの里からの旅立ちは、来た時とは打って変わって、晴れやかなものだった。
衛兵リーダーのリオンは、俺たちの前に深々と頭を下げ、「いつでも里は君たちを歓迎する。君は、我らエルフの永遠の友だ」と、固い握手を求めてきた。長老も、他のエルフたちも、皆、温かい笑顔で俺たちを見送ってくれた。
アークライトへの帰路は、穏やかな時間が流れた。
確固たる信頼で結ばれた俺とエリアの間には、もう以前のような遠慮はない。野営の準備をする俺の隣で、エリアが覚えたての治癒魔法を使った灯りをともしてくれたり、俺が【星砕き】の素振りをしていると、感心したように見つめていたり。そんな何気ない日常が、ひどく心地よかった。
数日後、俺たちの視界に、懐かしいアークライトの城壁が見えてきた。
全ての始まりの場所。そして、全ての決着をつけるべき場所だ。
同時刻、アークライトの安酒場
ガシャン!と、汚れたエールジョッキがテーブルに叩きつけられた。
「クソッ! クソクソクソッ! なんでこうなるんだ!」
Bランクパーティー「深紅の爪」のリーダーであったはずの男、ガレスは、荒々しく悪態をついた。その顔には覇気はなく、身につけている装備も、以前の輝きを失い、あちこちが傷だらけだ。
「あんたがヘマばっかりするからでしょ!」
向かいに座る魔術師のリリアナが、ヒステリックに叫び返す。自慢だった美しい髪は手入れされておらず、化粧も崩れて、その美貌には暗い影が落ちていた。
「前は、オークの一匹くらい、もっと楽に倒せたじゃないの!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて…」
僧侶のケビンが、いつものように事なかれ主義で二人をなだめようとするが、その声も弱々しい。
「でも、確かにおかしいんだ…。あいつ……アルトがいなくなってから、本当に、何もかもうまくいかない…」
ケビンの言葉に、ガレスとリリアナはぐっと黙り込んだ。
認めたくはない。だが、事実だった。
アルトを追放してからというもの、彼らは坂道を転げ落ちるように凋落していった。
ダンジョンでは、罠に気づけず頻繁に負傷した。
戦闘では、あれほど息が合っていたはずの連携がなぜか全く機能せず、格下の魔物にすら苦戦を強いられた。
収入は激減し、パーティーランクはついにBランクからCランクへと降格。今では、Dランクの依頼ですら失敗続きで、装備の修理代も払えず、借金だけが膨らんでいく有様だった。
「…あいつの斥候能力は、実はすごかったんじゃないのか…?」
ガレスが、絞り出すように言った。
「そういえば…私が魔法を撃つ時、いつも敵がちょうどいい位置に固まっていた気がするわ…。最近は、全然当たらない…」
リリアナも、忌々しげに呟く。
彼らは、まだ気づいていない。アルトが【無限成長】によって得たスキルで、密かに敵のヘイトをコントロールし、彼らが戦いやすいように完璧な『お膳立て』をしていたことなど、知る由もなかった。
「……まさか。あんなDランクの無能に、俺たちが頼っていたなんて、ありえるか!」
ガレスは、自らのプライドを守るために、その可能性を無理やり否定した。
「そうだわ! きっと、あいつが私たちの幸運を全部吸い取ってたのよ! あいつこそが疫病神だったんだわ!」
リリアナもそれに同調し、二人は自分たちの無能さを棚に上げ、ここにはいない男への呪詛を吐き続けるのだった。
その頃、俺とエリアは、アークライトの冒険者ギルドの扉を開けていた。
俺の姿を認めた瞬間、ギルド内の空気が変わる。
「おい、見ろ…『測定不能』だ…!」
「帰ってきたのか…! 隣のエルフ、めちゃくちゃ美人じゃねえか!」
畏怖と好奇の視線が、一斉に俺に突き刺さる。俺はそれを意にも介さず、ギルドマスターのマードックに挨拶するため、カウンターへと向かった。
その時だった。
ギルドの隅の薄汚れたテーブル。そこで荒んだ酒を飲んでいた三人と、ふと、視線が交錯した。
ガレス、リリアナ、ケビン。
5年間、俺を虐げ続けた、かつての仲間たち。
彼らは、最初、目の前に立つ、上質な装備に身を包み、隣に美しいエルフを連れた男が誰だか、わからなかっただろう。
だが、やがてその顔の造作に、見覚えのある面影を見つけ出し、愕然とした表情を浮かべた。
「……ま、さか……アルト…?」
ガレスの唇が、信じられないというように、その名を紡いだ。
俺は、そんな彼らを、一瞥した。
ただ、それだけ。
まるで、道端に転がる石ころでも見るかのような、何の感情も宿らない冷たい視線を向けただけで、興味を失ったように彼らから目を逸らし、エリアと共にマードックの元へと歩いていく。
「よぉ、ギルマス。戻ったぜ」
俺の背後で、ガレスが屈辱に顔を歪ませるのが、雰囲気でわかった。
「な……なんだ、あの態度は…! この俺を…俺たちを、無視しやがった…!!」
すれ違っただけ。言葉も交わしていない。
だが、それは嵐の前の、不気味な静けさ。
運命の歯車が、決着の時を告げるために、再び、きしむような音を立てて噛み合った瞬間だった。




