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第15話:森の浄化と、跪く守護者

「雫を望むのであれば、それに見合う『資格』を、我々に示してもらう必要がある」


長老の厳しい言葉に、俺は不敵に笑みを返した。

「いいだろう。その『資格』とやら、聞かせてもらおうか」


俺の態度に、衛兵リーダーのリオンが「無礼な人間め…」と歯ぎしりするのがわかる。

長老は、静かに目を閉じると、里が抱える深刻な問題を語り始めた。


「この聖域『アルベンの森』の最奥に、『澱みの源泉』と呼ばれる泉がある。古来より、我らの森に清らかな魔力を供給してきた泉だ。だが、数年前から、その泉が原因不明の瘴気を放ち始め、森の一部を蝕み続けている」

長老の顔に、深い憂いの色が浮かぶ。

「さらに厄介なことに、泉を守護するはずの聖獣『フォレスト・ガーディアン』が、その瘴気によって狂い、近づく者すべてを無差別に攻撃するようになってしまった。我らも何度か浄化を試みたが、ことごとく失敗に終わっている」


長老は、その叡智の瞳で、まっすぐに俺を見据えた。

「君への試練は、その『澱みの源泉』を浄化し、狂ってしまったガーディアンを鎮めること。もしそれができれば、君を『資格ある者』と認め、聖樹の雫を渡すことを約束しよう」


その言葉に、リオンが堪えきれずに声を上げた。

「長老様! ご冗談を! あそこは長老様ですら手を焼いている場所! 我ら衛兵隊が束になっても、ガーディアン様の怒りを鎮めることなどできんかったのですぞ! この人間に、一体何ができるというのです!」

「そうだそうだ!」と、他のエルフたちも同調する。彼らにとって、それは到底不可能な、俺を追い返すための口実にしか聞こえなかったのだろう。


だが、俺の答えは決まっていた。

「わかった。やればいいんだな」


あまりにあっさりと俺が頷いたものだから、嘲笑しようとしていたリオンたちも、一瞬、面食らったような顔になった。

エリアが、心配そうに俺の袖を引く。

「アルトさん、無茶です…!」

「大丈夫だって。すぐに終わらせてくる」


俺が一人で行こうとすると、エリアは首を横に振った。

「いえ、私も行きます! 呪いの原因が瘴気なら、母の病と無関係ではないはずです。治癒師として、私にも何かできることがあるかもしれません!」

その瞳には、もう以前のような気弱さはない。強い意志の光が宿っていた。

「……わかった。一緒に行こう」


俺たちは、リオンたちに案内(というより監視)されながら、森の最奥部へと向かった。

そこは、聖域とは思えないほど空気が淀み、生命の気配が希薄だった。植物は黒く枯れ、地面からは不気味な瘴気がゆらゆらと立ち上っている。


そして、その中心にある泉で、俺たちは「それ」と対面した。

鹿のような角と、樹木や蔦で構成された巨大な身体を持つ、森の守護者『フォレスト・ガーディアン』。だが、その姿は神々しさとは程遠く、全身から黒い瘴気を放ち、その瞳は憎悪と狂気で赤く濁っていた。


「グルォォォォォッ!!」


ガーディアンは、俺たち侵入者に気づくと、大地を揺るがすほどの咆哮を上げた。

「見たか、人間! あれが我々でも敵わぬ守護者様の怒りだ! 命が惜しくば、諦めて帰るがいい!」

リオンが勝ち誇ったように叫ぶ。


俺は、そんな彼の言葉を無視して、隣のエリアに静かに言った。

「エリア、お前の治癒魔法で、ガーディアンの心を落ち着かせるイメージを送ってくれ。あいつの注意を、ほんの一瞬だけでいい、こっちに引きつけるんだ」

「は、はい!」


エリアは、こくりと頷くと、両手を胸の前で組み、祈るように目を閉じた。

彼女の身体から、温かく、清らかな光が溢れ出す。それは、ただ傷を癒すだけではない、魂に直接語りかけるような、慈愛に満ちた光だった。

光がガーディアンに届くと、その狂乱した動きが、ほんの一瞬だけ、ピタリと止まった。


その隙を、俺は見逃さない。


俺は【星砕き】を抜くことなく、汚染の元凶である『澱みの源泉』に、まっすぐに歩み寄った。

そして、ためらうことなく、その黒く濁った泉に、自らの右腕を深く突き刺した。


「――浄化パージ


俺は、スキル【無限成長】によって得た、もはや規格外ともいえる膨大な魔力を、右腕から一気に解放した。

次の瞬間、泉の底から、天を衝くほどの凄まじい光の柱が立ち上った。


それは、あらゆる不浄を消し飛ばす、絶対的な浄化の光。

渦巻いていた瘴気は、光に触れた瞬間に霧散し、黒く濁っていた水は、眩いほどの輝きを放つ清らかな聖水へと変わっていく。

光が収まる頃には、周囲の枯れていた植物が次々と息を吹き返し、生命力に満ちた鮮やかな緑色を取り戻していた。


「ガ……ア……アア…」


汚染源を絶たれたフォレスト・ガーディアンは、苦しげな声を上げた後、その身体を覆っていた黒い瘴気が、まるで陽光に溶ける雪のように消え去っていった。

赤く濁っていた瞳は、穏やかで理知的な深い森の色を取り戻す。


そして、本来の神々しい姿に戻ったガーディアンは、俺とエリアの前にゆっくりと歩み寄ると、静かにその場に前脚を折り、深く、深く、こうべを垂れた。

それは、絶対的な強者に対する、最大限の感謝と敬意の証だった。


目の前で起きた、あまりにも奇跡的な光景に、リオンをはじめとするエルフたちは、誰一人、声も出せずに立ち尽くしていた。

不可能だと思われた試練を、暴力ではなく、浄化と鎮静という最も気高い形で、いとも簡単に成し遂げてしまったのだ。


俺は、跪くガーディアンの巨大な頭を、子供にするように優しく撫でてやりながら、唖然としているリオンたちに向かって、静かに言った。


「さて、約束は果たしたぞ。これで『資格』は得られたよな?」

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