第14話:空に静止した矢と、エルフの長老
「追放者と穢れた人間が、聖域に何のようだ!」
衛兵のリーダーらしきエルフ――リオンの鋭い声が、森の澄んだ空気に突き刺さる。その瞳には、俺たちに対する明確な敵意と侮蔑が宿っていた。
彼の言葉に、エリアの肩が小さく震える。同族から向けられる冷たい刃は、魔物の爪牙よりも深く彼女の心を傷つけるのだろう。
俺は、そんな彼女を背中に庇い、リオンと真っ直ぐに向き合った。
「俺たちは争いに来たわけじゃない。エリアの母親が、呪いによる病で苦しんでいる。それを解くために、この先にあるという『聖樹の雫』をいただきにきた」
「黙れ、人間!」
リオンは、俺の言葉を鼻で笑った。
「追放者のことなど知ったことか。ましてや、里の至宝である聖樹の雫を、お前のような穢れた人間に渡すなど、天地がひっくり返ってもありえん! 奴らを捕らえよ! 抵抗するなら、殺しても構わん!」
リオンの非情な命令に、衛兵たちが一斉に弓を引き絞る。
交渉の余地はない、か。
「アルトさん…!」
エリアの悲痛な声が聞こえる。大丈夫だ、と心の中で呟き、俺は静かに息を吸った。
次の瞬間、ヒュンッ、と空気を切り裂く音と共に、数十本の矢が俺たちに向かって放たれた。
エリアが思わず目を瞑る。
だが、矢が俺たちに突き刺さることは、永遠になかった。
全ての矢が、俺たちの数メートル手前で、まるで時間そのものが止まったかのように、ピタリと空中に静止した。
「な……」
リオンが、信じられないものを見る目で目を見開く。他の衛兵たちも、自分の放った矢が、まるで琥珀の中に閉じ込められた虫のように空中で静止している異常な光景に、言葉を失っていた。
俺はスキル【魔力操作(極)】を使い、飛来する全ての矢の運動エネルギーを、そのベクトルごと完全に支配していた。
俺が、指先を軽く振るう。
すると、空中に静止していた数十本の矢は、まるで意思を失ったかのように、力なくパラパラと地面に落下した。
「……なんだ、今のは…?」
「ま、魔法…? 詠唱はなかったぞ…!」
「矢が…止まった…」
衛兵たちは、自分たちの攻撃が赤子の手をひねるように無力化された事実に、恐怖で顔を引きつらせた。彼らの敵意は、得体の知れない存在への畏怖へと、完全に塗り替えられていた。
リオンが、わなわなと震えながらも、再び弓を構えようとした、その時だった。
「そこまでだ、リオン」
森の奥から、威厳に満ちた、しかし穏やかな老人の声が響いた。
声の主は、長く白い髭をたくわえ、木の杖をついたエルフの老人。その瞳は、長い年月を生きてきた者だけが持つ、深い叡智の色を宿している。
里の長老だ。
長老は、俺の姿を一瞥すると、その瞳をわずかに見開いた。
「…お前たち、このお方は、我々が弓を向けてよい相手ではない。武器を収めよ」
「し、しかし長老! こいつは人間ですぞ!」
「わかっておる。だからこそだ」
長老の有無を言わさぬ言葉に、リオンは悔しげに顔を歪めながらも、しぶしぶ弓を下ろした。他の衛兵たちも、それに倣う。
長老は、ゆっくりと俺たちの前まで歩み寄ると、深々と頭を下げた。
「客人よ、我が配下の者たちの非礼、心よりお詫び申し上げる。そしてエリア…よくぞ、戻ってきた」
「長老様…」
エリアは、驚きと戸惑いの表情で、長老を見つめている。
長老は、俺に向き直ると、静かに言った。
「話は、里で聞こう。さあ、こちらへ」
こうして俺たちは、長老に導かれ、エルフの里へと足を踏み入れることになった。
衛兵たちが、悔しさと畏怖の入り混じった複雑な表情で道を開ける。その中を、俺はエリアの手を引いて、堂々と歩き抜けた。
エルフの里は、美しかった。
巨大な樹々の上に家が作られ、それらが蔦の橋で結ばれている。自然と完全に調和した、まるで御伽噺のような光景だ。
だが、すれ違うエルフたちの視線は、決して温かいものではなかった。追放者であるエリアと、人間である俺を見る目は、好奇と、そして根深い警戒心に満ちていた。
やがて、里で最も大きな樹の上にある、長老の家に通された。
そこで俺は、改めてエリアの母親が呪いで苦しんでいること、そして治療のために『聖樹の雫』が必要であることを、単刀直入に伝えた。
長老は、静かに俺の話を聞き終えると、しばらく目を閉じ、やがて重々しく口を開いた。
「事情はわかった。客人よ、君の持つ力が、常人のものではないことも理解している。だが…」
長老は、厳しい目で俺を見据えた。
「『聖樹の雫』は、我らエルフの生命力の源であり、里の至宝。たとえ追放者の家族を救うためであろうと、ましてや、君がどれほどの力を持っていようと、やすやすと渡すわけにはいかんのだ」
やはり、一筋縄ではいかないらしい。
「雫を望むのであれば、それに見合う『資格』を、我々に示してもらう必要がある」
長老の言葉は、新たな試練の始まりを告げていた。
俺は、不敵に笑みを浮かべた。望むところだ。
「いいだろう。その『資格』とやら、聞かせてもらおうか」




