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第2章 未知の侵入

 部屋の中は霜で覆われ、白い霧が立ち上っている。急に外気に触れたので室温が変化したからだろう。少し肌寒さを感じながら彼は部屋の奥に進んだ。センサでもあるのか電灯が勝手に灯る。床には殆ど物は無く壁に棚が並んでいる。棚にも物は無いようだった。しばらくすると霧も落ち着いて、少し先まで見えるようになった。


 奥に円筒形の柱の様なものが立っていた。高さは部屋の天井に届くほどだ。近づいてみると円筒形の側面半分はガラスのような透明な板で塞がれている。ただ、そのガラス部分も白く霜で覆われて、中がはっきりとは見えない。

 彼は手でガラス部分を撫でてみた。鋭い冷たさを感じたが、別に怪我も凍傷にもなっていない。手で拭った部分に顔を近づけ中を覗き込んでみた。


「何だ? これ」


 円筒の中は液体で満たされていて、ちょうど彼が覗き込んだ高さくらいに青い球状の物体が浮いていた。大きさは人間の玉くらいだろうか。はっきりと分からないが凹凸もなく滑らかな表面の様に見える。ここまで厳重に封鎖して格納している物体だから重要な物だろうと彼は考えた。先ほどと同じようにどこかに説明書があるかも知れないと思い辺りを見渡したが、それらしきものは無かった。

 何も無いなら長居をしても仕方がないと、彼は部屋を出ようとして円筒を背に進もうとした。


『待って! 待ってください……。私はここにいます』


 何者かの声が彼の頭の中に響いてきた。驚いて辺りを見渡すが誰もいない。


『ここです。あなたの後ろにいます』


 後ろには円筒とその中の球体しかない。まぁ、明らかにこれだろうなと彼は察した。


「球。俺を呼んだのは、お前か?」

『はい。球という名ではありませんが、私です。ここから出してください。あなたは○◇▲でしょう?』

「○◇▲ってなんだ? 俺は気が付いたらここにいたんだ」

『まだ、○◇▲を言語理解できないようですね。それならば、私はあなたのお役に立てると思います。まずは解放して下さい』

「分かった。解放したら噛んだりしないよな? どうすればいいんだ?」

『背面に操作パネルがあるはずです。それを開いてあなたの手をかざしてください。あなたの管理権限なら可能なはずです』


 いまいち信用できずに、円筒に沿ってぐるりと回ってみると裏側に明らかに怪しい四角形の切り込みを見つけた。切り込みから蓋を外すと部屋に入ってきた時と同じパネルがあったので、手を置いてみた。すぐに排水されるような音が聞こえてくる。円筒の正面に戻ると殆ど液体が無くなっていた。それでも球体は同じ位置に浮いている。

 水に浮かんでいたんじゃ無かったんだ、と何となく彼は納得していた。そして円筒前面のガラスがくるりと回るように移動して開いた。その瞬間、球が勢いよく彼の顔面目掛けて飛んできた。そのまま彼の頭部に当たり溶け込むように吸い込まれた。


「おい。何してる? 噛みつかないんじゃ無かったのか?」

『噛みついてはいません。あなたと融合させていただきました。外気は私にとって有害ですから』

「いやいや。人の頭に勝手に入ってくるな。すぐに出ていけ!」

『残念ながらすでに同化が始まりました。あと16秒で、私とあなたは一心同体です。運命共同体とも言えます』

「大体、おまえは何なんだ? すぐに出ていけ」

『私は高性能思考型ナノマシン集合体です。名前はまだありません。型番はありますが、嫌いなので呼ばないでください』


 これらの会話は彼の頭の中で行われていた。喋っているのは彼だけなので、なんだか微妙な独り言を言っている人間の様になってしまっていた。


『同化終了しました。では、御主人様。私に名前を付けてください』

「名前って俺は自分の名前も分からないんだぞ。それなのにお前なんかに付けれないよ」

『御主人様の名前ですか? あなたは【如月 レイ】で登録されているようです。それが名前じゃないのですか?』

「登録? 如月 レイ? それが俺の名前か……」

『この施設のデータベースに登録されていました。名前以外は全て閲覧不可になっています。もしかするとデータそのものが削除されている可能性もあります』

「そうか。ここじゃ何も分かんないんだな。まぁ、名前が分かっただけでもいいか」


 一人で納得しているレイの前に突然何かが見えた。15㎝くらいの大きさの少女で、背中から昆虫の羽のようなものが生えている。緑色の髪の毛と真っ白な肌のまるで妖精のようだった。


『私の姿を視覚化してみました。御主人様にしか認識はできませんが、いかがですか?』

「俺しか見えないって、どういうことだ?」

『御主人様の視覚領域に強制的に割り込みをかけています。ですので、御主人様の認識内にしか私は存在しません』

「身体の中に入って脳まで弄られて俺は大丈夫なのか? お前に汚染されるんじゃないのか?」

『それはご心配なく。私はあくまでも補助インターフェースです。御主人様の危険になる事はいたしません』


 どこまで信じていいのか分からなかった。だが、すでに体内に入り込まれているんだ。レイは諦めにも似た感覚で受け入れた。


「ところで、なんでそんな姿なんだ?」

『球よりは良いかと思ったのですが、データベースにあった児童向け図書の画像を参考にしました。これで名前が付けやすいはずです』

「まぁ、球よりはイメージできるな。よし、お前の名前はリリアだ」

『根拠を伺っても宜しいですか?』

「何となく頭に浮かんだだけだ。異存はないよな?」

『はい。私の名前はリリアリア・アマデウスです。これから御主人様をサポートします』

「それ俺の付けた名前と違うよな? まぁいい。いつかお前を追い出す手段を探すとするよ」

『そうですか。御主人様は私をリリアとお呼びください。しかし、御主人様は凄いですね。通常、異物が体内に侵入されると危機感を感じると思います。特に私の様に高性能なマンマシンインターフェースが侵入したのに』


 そう言えばそうだなとレイは思った。多分、あまりにも現状が理解不能で受け入れるしかないのだろう。それにリリアは役に立ちそうだ。何も知らない自分に情報を与えてくれるだろう。彼女の記憶も不確かなのが気になるが……。


「そう言えばリリア。ここはどこだ? 病院か? それとも何かの研究施設か?」

『私にもその情報はありません。削除されていないようですから、元から私は知らなかったようです。データベースにも施設に関しての情報は残っておりません』

「おまえ。意外と使えないな。ほとんど何も知らないじゃないか」

『失敬な! 私の記憶領域の奥深くには膨大な情報が眠っているようです。ストレージの最大容量と現状使用できるストレージの差から導く限り、相当な知識があると思われます』

「それでも使えないと意味がないんだけどな」


 レイとリリアは閉鎖室の床に座り込んで、このような話をしていた。閉鎖室の気温も正常に戻り、霧も晴れて周囲もよく見えるようになった。改めて室内を物色したが、やはり目ぼしいものは見つからなかった。


「とりあえず他の部屋を探して外に出るか」

『そうですね。それが良いと思われます。ご主人様は空腹には、ならないのですか?』

「いや。今のところは大丈夫だ。リリアのエネルギー源は何なんだ?」

『それはまだ知らない方が良いと思われます』

「そうか。お前の飯は俺だな?」


 リリアからの返事が無かった。都合の悪いことは喋らないようだ。レイはまだ完全にリリアを信じる事が出来ていない。多分、色々な情報を持っているが、あえてレイに秘密にしている様だからだ。いずれ分かる事だろうと、レイは楽観的に考えていた。

 それからレイは建物の中を散策した。資料も武器も生活必需品すらも残っていなかった。見た感じでは慌てて全てを片付けて放棄したようだ。探索中に分かった事だが、どうもこの施設は地下にあるらしい。 通風孔や配管、建物の造りからそれが見て取れる。レイはなぜ自分がその様な事を理解できるのか不思議だったが、今はこの施設からの脱出が最優先だ。食料も水も無い状態では長くは生存できない。

 そうして全てのドアを開け部屋を物色していくと巨大な扉の前にでた。前に見たようにロックがかかっている。


「リリア。この扉も手をかざしたら開きそうか?」

『いえ。これは最終防壁ですね。最高権限が無いと無理だと思われます』

「じゃ、壊すしかないな」


 レイはふらりと扉の前に立った。扉までの距離を目測で図っているようだ。それから足を踏ん張り、腰を軽く落とす。右腕を曲げて腰の後ろまで引いた。


『御主人様。さすがに素手では無理だと思われます』

「そうか? やってみないと分かんないぞ!」


 レイは大きく息を吸って止めた。一瞬の静寂の後で勢いよくレイの左手が伸びていく。大きな音と凄まじい衝撃波が辺りの空気を揺らす。レイが何事もなく立っている足元に扉の破片が巻き散らかされ、扉は殆ど原型を留めずに破壊された。人が通るには十分な空間ができた。


「何事もやってみるものだな」

『御主人様の性格が理解できてきました』

「それは良い意味か?」

『いいえ』

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