第3話 『少女の笑顔』
誰かと声が重なる。
声が重なるだけでなく、発声した内容も同じ。
別に牢獄に声が響き、自分の声が重なって聞こえた。そのように結論付ける事も出来る。
だがそれは声の性質が同じだったならばという話だ。
重なった声はシラナよりも高く、女の子の声だった。
それもおそらく中高生だろう。子供というには大人過ぎる。
だが大人というには子供過ぎる。そんな声だ。
シラナにはそれが分かった。学校で昼休みに無駄に狸寝入りを決め込んでいるのは伊達ではない。勿論声だけで年齢を断定はできない。
この予測はあくまでも聞き取った声から感じたものに過ぎない。
声が重なった後に30秒近い静寂が流れる。
姿形が分からずとも、何者であるかはわかる。それを確信にするために静寂を破り1つの質問をする。
「あの…もしかして転生者か転移者だったりする?」
「…てことはそちらも?」
お互いに転生者、転移者であることを壁越しに認識する。
一時の沈黙が流れ、もう一度話しかけようとシラナは口を開こうとするのだが、牢の開く音と不意の乱入者に遮られる。
「少年!牢から出ていいぞ、隣の女の子も後で別の兵が来るから待っていてくれ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
シラナにかけられた罪は本物の強盗犯が再び窃盗を繰り返したようで比較的早い段階で冤罪は晴れた。
これが一日や二日かかる様だったら本格的に落ち込んで牢屋から自主的に出なかった可能性もある。
そんな鬱になりかけていたシラナに明々とした声が近づいてくる。
「本当にすまなかったな!あやうく刑務所送りにする所だったよ!はっはっはっ!」
看守は豪快に笑い飛ばしているのだが割と危険な状況だったようだ。
「勘弁してくれよな…おっさんがむさ苦しくて死にそうだったぜ」
「アァン!?」
「何じゃ変態ホモおっさん!」
「てめぇ…適当な罪状付けてしょっ引くぞ!」
「へいへい…じゃあその前に退散するよ。じゃあ短い間お世話になりやした!」
シラナが後手を振りながら去っていくのを見て兵士のおっさんは鼻で笑って建物の奥に戻っていく。
牢獄にぶち込むよりも同じ強盗の容疑で複数人捕まっている時点で疑問を持つのが普通なのではないかとシラナは内心で愚痴りながら建物の廊下を歩く。
確かにどちらか1人がその可能性はあるだろうが捕まえてすぐに牢獄にぶち込むとは、それほどまでに重い罪を犯しているのだろう。歴史遺産の重要性が分からないシラナにとっては罪の重さは知る由もない。何はともあれ無事牢獄から出れたことに安堵する。
そして建物から外に出た後にもう1人の捕まっていた少女と話をするために入り口で待機する。
幸いにも手持ちの持ち物が財布だけだったので、返してもらうだけで外に出ることが出来た。彼女も手持ちが少ないならば、すぐに牢から出ることが出来るはずだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
————シラナが牢獄から出てきて10分が経った。
「少し遅くないか…女子ってのは何でも時間がかかるもんなのかね~いや男が大雑把なのか?」
独り言を漏らしていると1人の少女が建物から姿を現す。
少女が階段を下りると共に風で草木が揺れる。彼女一人が居るだけで場の雰囲気が変わる。彼女を見て最初に目に飛び込んだのは冷静さを備えた黒の凛とした瞳。そのまま上から視線を下ろしていくと茶髪と黒髪が混ざり合っている腰まである長い髪を適当にポニーテールにまとめており、所々が寝癖の様にはねている。
茶色のブレザーの制服を着ており、制服の上からでも可愛らしい胸の膨らみと引き締まった体が分かる。彼女の容姿は可愛いという言葉にも美しいという言葉にも当てはまる外見をしていた。
そんな彼女を見てシラナは可愛いや美しいという感想以外にも1つの疑問を浮かべていた。
(あんなに髪伸ばして風紀検査とか先生に何か言われなかったのかな?って今はそんなことどうでも良かったな…話しかけるか)
建物から出てきた彼女に話しかけるべく近づいていく。彼女も牢獄で見つけた転移者であるシラナを探しているようで人混みを探るように見つめている。
一歩、二歩、三歩、四歩…近づくたびに動悸が激しくなる。
綺麗な女性に話しかける機会は滅多にない。いたとしても高嶺の花だ。
話しかける必要もなければ、話す内容もない。
しかし彼女はそんな高嶺の花とも似つかない雰囲気が同居していた。
そんな雰囲気の彼女を一言で表すなら、”同じ”だ。
シラナには理由も根拠もないが何かが”同じ”である事の確信があった。
「君って、牢獄にいた転生者だよな?異世界に飛ばされてきたってことでOK?」
緊張のせいか少し矢継ぎ早に、しかし少し砕けた言い方で尋ねる。
言っていることを理解したのか少女は驚いた顔を浮かべて返答する。
「ええ、私は転生者なのだけれど…あなたも同じ人なの?」
そういって顔を近づけてくる。
少女の顔立ちは整ったもので、近距離で見ると肌のきめ細かさや整った鼻筋が見える。下から覗き込まれる形で近づかれるので、彼女の髪の匂いも微かに漂ってくる。
(近い近い近い近い…孤独は自分との距離を縮めてくる美少女に弱いんだ…やめてくれ惚れちまう、てかいい匂いするな!)
そんな自分の脳内でのツッコミは初対面の人にするべきものではないので心中に留めておく。だがそんなこと関係なしに顔が近いので吐息が首筋にかかってしまったり、髪のいい匂いが鼻をくすぐったりしてしまう。流石にこれ以上この状態が続くと理性やら色々と危ないので少し距離を取って話を進める。
「まあ同じようなもんだ。俺は天瀬 白那…向こうの世界では一応高校2年生やってたよ。あと距離が…少し…近い」
「ごめんなさい…あまりに嬉しかったものだから。私の名前は姫月 アイナ。私も高校2年生だったわ。異世界には30分前ぐらいに来たのだけど、正直心細かったから助かったわ」
アイナも安心したのか口元を緩ませ、ほっと胸をなでおろしている。最初は表情が固く、怖いイメージを与えていたが、牢獄でもシラナと同じように叫んでいた所を見ると、見た目とは違う人なのかもしれない。その後、お互いに同級生という事もあるので少し話しやすくなり、近くにあったベンチに一緒に座る。そしてシラナは自分が転移者だからこそ確認できなかった真実を確かめる。
「転生者ってことは、本当に死んだのか?」
「ええ、転生する前に私は確実に死んだ…あまり死んだ時の事を覚えてなかったから女神に映像も見せてもらったわ。自転車に乗ってたら居眠りのトラックに撥ねられて体の骨がほとんど折れたのだけど、直接的な死因は頭が割れる頭部外傷死だったわ…でも不思議と痛みはなかったわね」
「Oh…そんなに具体的な死に方言わないでくれ…SAN値が下がっちまう…」
シラナは実際に転生者の話を聞き、悲壮感がこみ上げてくる。
「本当に死んだかどうかを尋ねるという事はあなたは転移者?」
「ああ、なんだか申し訳ないんだが、転移者だ。現実世界でぼやいてたら神様から多分選ばれたらしい」
「ぼやいていたらって…あなた面白い人ね」
そうアイナは笑顔で言ってくる。だが彼女の顔にはまだ不安が残っていた。
先ほどからアイナの表情は泣きだすことを堪えている子供の様だった。
泣けば楽になることが出来る。だが泣き出すことが出来ない。
アイナの抱えている不安の正体はシラナには予想がついた。
彼女は人生に一度しかないであろう”死”を経験した。
そして人生が終わると同時に迎えた、新たな人生(命)。
ゲームで例えるならば、物語の中盤でこれから面白くなるという所だったかもしれない。だがセーブデータは消された。結末を迎えることなく、そこで終了。
挙句の果てには新たなゲームを用意させられ、ニューゲーム…
人によっては、そうは感じないかも知れない。
もう一度人生をやり直せる事を幸運と思う者もいれば、勝手に用意された舞台で生きろと言われ、理不尽に感じる者もいるだろう。
彼女は不器用に笑っていた。
彼女は泣くことを堪えていた。
彼女の手は……震えていた。———放ってはおけない。シラナの内からそんな感情が溢れる。
シラナは何年振りかの決意を固めた。現在において唯一同じ境遇を味わっている者と友人、いや仲間となるべく。
決意をした後は自然と口から言葉が発されていた。
「なあ、もし姫月さんさえ良ければ、パーティ的なの組まないか?右も左もわからない状況だし一緒にいた方がいいんじゃないかな~なんて…」
そんなシラナのパーティー申請が可笑しかったのか、目を点にして一拍置いた後にクスクスと笑い始める。そんな彼女の答えは――
「ええ!よろしく――シラナ!!」
”転生者”のアイナを笑顔にすることが出来たのは”転移者”のシラナだったからこそだろう。本当の意味での笑顔を見ることが出来たのは…
シラナは小学校や中学校の頃の”友達”とは違う、”仲間”という概念を感じ始めた。
それと同時に名前を女の子に呼ばれるという事が少しだけこそばゆく、恥ずかしさも感じ、心音が上がってしまう。それを気付かれないようにしながら返事をする。
「ああ!よろしく姫月さ―」
姫月さんと発する瞬間に不機嫌そうな顔をする。
アイナの機嫌を損ねたようで、鳴り続けている心音が更に跳ね上がっていく。
機嫌を損ねた理由が分からずにシラナの背中から冷や汗が噴き出てくる。
(不味い…このままじゃ、好感度がマイナスになってパーティーを組んだ→パーティーを解散した という流れになりかねない!)
「あの~姫月さん…何かお気に召すことをしてしまったのでしょうか?」
「むっ、それだよ、それ!¨姫月さん¨って呼び方じゃなくていいっていう事!」
(つまりそれは姫月様と呼べという事なのか!?今の一瞬でもうそんな仲にまで発展したというのか!?)
シラナは久しぶりの同年代の女子との会話に緊張し、普通の呼び方すら分からなくなる。ここで”様”が出ること自体が緊張の度合いを物語っている。
「じ、じゃあ姫月様…」
「そうじゃなくて!¨アイナ¨って呼んでいいってこと!」
「あっ…そういうことか……………」
(おっと、思考が停止してしまった。女の子の名前を呼んでいいという事なのだろうか?それはもう、幸せすぎるだろぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ちょ、ちょっと何でいきなり大声出してるの!?」
テンションが上がり過ぎて、シラナは遂に心の声が後半から叫びに変わっていた。
あまりに騒がしかったのか先ほどの兵士が眉を引き攣らせながら建物から出てきて指をさして2人に言い放つ。
「お前らな!イチャイチャするのはいいが場所を考えてくれ!囚人たちがリア充爆発しろってコールし始めてんだよ!!このままじゃ防音の魔術が壊されるだろうが!」
「「い、いちゃいちゃはしてません!!」」
つい恥ずかしさと興奮で2人して声をそろえてツッコんでしまった。とりあえず場所を移動することにするのだが、それをまた兵士が引き止める。
また何か注意されるのかとシラナはゆっくりと振り返る。
しかし兵士の口から出た言葉はアドバイスだった。
「おい!あんたら2人はステータスカードがないようだから作りに行った方がいいぞ!街の外に出たら魔物がいるのにその状態じゃ、いざという時に戦えねぇ!冒険者の集会所は広場にある宿屋の隣にあるから、ちゃっちゃと済ませてきな!」
ステータスカード、兵士との話にも出ていたがよく理解していなかったので、ここでの新たな情報はありがたい。兵士のおっさんの言う通りに集会所に行く事が先決と判断する。目的地が決まったのでそれをアイナの方に向き直り伝えようとする。
「じゃあアイナ、先にその集会所に行こう。最初にステータスカードとやらを作りに行った方がいいみたいだし」
「私、初めてリア充って言われたわ…てことは傍から見れば私たちは友達に見えるのね。私、向こうの世界じゃ友達と言える友達がいなかったから少し嬉しいわ———」
(ああー分かったわ。俺が感じてた”同じ”雰囲気って…これの事か…)
独り言を呟き続ける彼女を見て、シラナは自分の感じていたモノの正体が分かった。
頬を染めながらボソボソと言っている言葉。「友達と言える友達がいなかった」と喋っている通り。
シラナが感じていた同族であるという念は彼女も孤独だったからだ。
しかも”リア充=友達がいる”という方程式を持っている事が少しだけ痛い。
確かに友人に恵まれていると人によってはリア充だろうが、囚人が言っているのは恋人的な意味だろう。というよりかリア充なる言葉がこの世界にある事も意外だった。
シラナは遠い目をして彼女の独り言が終わるのを待っていた。
数秒後に中に溜め込んでいた言葉を吐き出し終えたようでアイナの口が止まった。
(ここで説明してもややこしくなるから言及はやめておこう…)
「なあアイナ、聞こえてたか?」
「ええ、もちろんよ。バッチリ聞こえてたわ」
「じゃあさっき俺が伝えたことを言ってみて」
「2人はリア充」
「いや、2人はプリキ〇ア!みたいなノリで言われても内容間違えてるからな。今から集会所にステータスカードを作りに行くって言ったんだよ!」
アイナの先ほどとは違うテンションにシラナは戸惑いを覚えた。
某ゲームで敵で出現すると1のダメージしか与えられない経験値モンスターが仲間になった瞬間に普通にダメージ食らうモンスターと知った時ぐらいの戸惑いだ。だが元気になった事には変わらないのでシラナはホッと胸に手を当てて安心する。
やっと前に進みだせる。そんな実感がシラナの体に活力を湧かせる。
集会所に向けて歩き出す前に兵士のおっさんにお礼を言いながら手を振る。
「おっさーーん!いろいろと教えてくれてありがとなーー!!」
「へいへい!さっさと行っちまえ!もう戻ってくんじゃねぇぞー!」
おっさんは手で蠅を払う様な仕草をしながら叫ぶ。
そんな兵士のおっさんの言葉を聞きながら2人は同じ思いを胸に秘めた。
((そりゃ、あんな所には戻りたくないに決まってる…))
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