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喪失と忘却

神様は私たちに、成功してほしいなんて思っていません。ただ、挑戦することを望んでいるだけよ。

        マザー・テレサ


















 第二条【喪失と忘却】














 「いや、真面目に話してもそんなに長くならないかもしれない」

 「どっちでもいいわ、んなもん」

 隼人が手にしている、嘉希に関する裁判は、それほど多いものではなかった。

 というよりも、たった一度しか裁判は行われていなかったのだ。

 「嘉希は悪魔を操れるからな。裁判になりそうなときは、弁護士や検事、裁判長たちに悪魔を憑依させれば済んだんだ」

 「だが、あんたのときはそうはいかなかった」

 悪魔使いとは言っても、自分よりも悪魔に対する力が強い者や、精通した者には憑依させ難い。

 そこで、叶南は万全の態勢を取った。

 「弁護士側にも検事側にも、千石家の者を呼んで悪魔を見張らせることにした」

 当時、隼人以外にも千石家はいた。

 それは隼人の父親であったり、祖父祖母であったり。

 悪魔を飼っている一族が裁判に参加することで、嘉希が悪魔を操ろうとしても、その前に動きを止めることが出来ると思ったのだ。

 だが実際、そう上手くはいかなかった。

 憑依される者はいなかったのだが、嘉希の悪魔使いとしての力が、予想を越えていたのだ。

 「千石家は何も出来なかったのか?」

 「最善を尽くした、としか言いようがないな。嘉希は隙を見て裁判所から逃げ出し、俺達が後を追えないように、次々に裁判所にいた奴らに悪魔を憑依させていった」

 その時の現場は、なんとも言えず悲惨だったという。

 互いに憎み合い、蔑みあい、罵り合い、殺し合っていたようだ。

 「悪魔使い・・・確か、憑依させられる数も、術者によって違うんだよな」

 「ああ」

 ふと何を思ったのか、隼人はおもむろにソファから立ち上がって、紅蓮の部屋へと入って行った。

 怪訝そうに見ていた叶南だが、少しして隼人が手に数冊の本を持ってきたことで、納得した。

 またソファに座り直すと、足を組んでバラバラっとページを捲って行く。

 「あったあった」

 隼人が叶南に見せたのは、悪魔使いに関する記述が載っている本だった。

 そこには、悪魔使いの系譜があった。

 「千石家もなんだけど、悪魔使いとか、悪魔に関する家系ってのは、どうもこうやって血筋を確認するためなのか、監視するためなのか、こうやって書物に残っちまう」

 隼人から本を受け取ると、叶南は思ったよりも重いその本に、思わず顔を顰める。

 開かれたページには、悪魔使いのこれまでの家系図が載っていた。

 悪魔使いの力が少しでもあると判断されれば、例え本来悪魔使いの力がないとしても、こうやって名が刻まれてしまうのだ。

 「あれ?」

 折り畳まれた一枚の紙を伸ばしていくと、悪魔使いの血がそれほど長く続いていたのかが良く分かる。

 だが、叶南は下の方を見て気付く。

 「嘉希の名前がねぇぞ。不備か?」

 「違うな。愛人の子供だとしても、隠れて産んだ子供だとしても、養子として貰って来たとしても、全ての悪魔使いの家に関係していた名前は記されてるはずだ」

 「なら、嘉希が生まれる頃にゃあ、こういう書物が書かれてなかったとか」

 「馬鹿言えよ。俺だって千石家のところに名前載っちまってるんだぜ」

 「読んだことねぇから知らねぇよ」

 そもそも、こんな本があること自体知らなかったのだから。

 「こいつの名前がねぇのは、何らかの圧力によって書くことが出来なかったか、それとも嘉希自身、悪魔使いの一族から産まれたわけじゃねえからか・・・」

 うーん、と考えていた隼人だったが、叶南が思い出したようにパクパクと持ってきた食料を食べつくしていってしまい、考えるのを止めた。

 一通り食べ終えると、叶南はよいこらしょ、と親父くさい言葉を発しながら立ちあがった。

 「よし、じゃ行くか」

 「いってらー」

 「お前も行くんだよ」

 「何処に?」

 「何処って」




 連れて来られたのは、すでに聖が待機している渋沢が捕まっている牢屋の前だった。

 「・・・・・・」

 「よっ」

 久しぶりだな、と声をかけた隼人だが、聖はそんな隼人を目を細めてみている。

 それを遮る様に叶南が聖に話かける。

 「じゃ、言った通りにねー。こいつの悪魔も安全とは言えないから、気をつけて」

 「・・・はい」

 「ったく。相変わらず愛想のねぇこと」

 冗談っぽく、肩をすくめた隼人だったが、すぐさま渋沢の悪魔を追い出すのに取りかかる。

 バンダナをずらすと、そこから赤い目が覗く。

 深紅というか真紅というか、真っ赤に熟れたリンゴよりも赤く、そして気味が悪い。

 その赤い目が徐々に黒く染まって行くと、勢いよく黒い影が幾つも出てきた。

 以前にも見たことがあるが、隼人の身体はどう鍛えられているのだろう。

 そして隼人から飛び出してきた悪魔たちは、嬉しそうに奇声を発する。

 ―キャハハハハハハハ!久しぶりに解放されたぜえええええええっッッッ!!!

 ―こいつの目ん中じゃあ、窮屈だったからなぁ・・・。

 ―シャバは最っっっっッっ高だぜ!

 次々に隼人の前から出てくる悪魔たちだが、一体として逃げようとはしない。

 それは、千石家との交わした契約のお陰であり、逃げだせばどうなるか、よく理解しているのだ。

 「うるせぇよ」

 悪魔たちを解放する際、体力を消耗した隼人は、疲れ切った顔で壁に寄りかかっていた。

 額からは僅かに汗も垂れている。

 「隼人、その状態だと悪魔は見えないのか?」

 ふと、疑問に思ったのだろう、息を荒げている隼人を見た叶南が尋ねた。

 悪魔を解放したときのままになっている隼人の目は、今は何にも隠されておらず、良く見てみると、目はいつも通り赤かった。

 「まだ見える。全部出したわけじゃないし」

 「あ、そうなの?なーんだ。てっきり、今すっきりしてるのかと思ったら」

 人事だからなのか、それとも元からそういう性格なのか、叶南はケラケラと楽しそうに笑う。

 「俺はどうしたらいいんだ」

 叶南に呼ばれていた聖は、今の状況について聞いてみる。

 乱れた呼吸を整えた隼人は、凭れかかっていた背中を壁から離すと、渋沢が項垂れている姿を見る。

 悪魔たちは隼人の指示があるまで動けないためか、天井や床、隼人たちの周りをぐるぐるとひたすら動きまわっている。

 通常なら見えないはずの黒い不気味な黒い影たちは、叶南と聖からしてみれば、寒気さえ伴うものだ。

 「ここで渋沢のことを見張っててくれや。無事に共食いが完了すれば、渋沢の意識は元に戻るからよ」

 「俺にははっきりとは悪魔は見えないんだぞ」

 「だーいじょうぶだって。終わる頃に俺来るし、俺の命令なしじゃ勝手に行動取れないようになってるから」

 「お前なぁ」

 「んで、俺の方の悪魔を戻したら、渋沢に取り憑いてた悪魔の方はお前に連れて行ってもらう、と。こんな感じでいいよな?」

 いいよな?と言われても、聖にはきっと拒否権なんてないのだろう。

 しかし、隼人のように悪魔がはっきりと見えれば、もっと仕事がはかどるのかもしれないが、生憎、その目を持っていることで、隼人がこれまでにどんな目に遭ってきたか、それも知っている。

 「じゃあ、それは渋沢を釈放するようにって、話を進めておくよ」

 手をひらひらさせながら、叶南はさっさと背中を向けて去って行ってしまった。

 残された隼人と聖は、渋沢に向かって立つ。

 「さぁてと、始めるか」

 意味があるのかは分からないが、隼人は両手を合わせて指を交差させると、掌を渋沢の方に向けて腕を伸ばし、指をポキポキ鳴らす。

 「お前等、そこにいる悪魔たちを、喰え」

 そういうと、黒い影たちは一斉に渋沢のいる牢屋へと入っていき、渋沢の身体に纏わりついた。

 隼人の目から解放された悪魔が、こうして黒い影で見えるのは、きっとそれだけ強い力を宿しているからなのだろう。

 隼人からの命令を受けた悪魔たちは、一斉に渋沢に取りついた悪魔を喰らう。

 ―げえええええっっっ!!!くっそまじィィィィィぞ!!!

 ―なんだこいつら。碌な奴に飼われてなかったみてぇだな。

 「よし。じゃ、俺は紅蓮の様子でも見に行ってくるからよ、あとよろしくな」

 「勝手な奴だ」

 「今更じゃねぇだろ?ま、夜には戻ってくるから、もし渋沢がおかしくなったら呼べ」

 呼んで来るとは思えなかったが、聖はとりあえず頷いた。

 その場を聖に任せると、隼人は紅蓮が未だベッドで横になっている病室へと向かった。

 特に異常はないようだが、意識だけが戻らない状態のようだ。

 首に巻きついている包帯も、まだ取れそうにない。

 「・・・・・・」

 いつもならタフなはずだが、悪魔が憑依していたとはいえ、渋沢から受けた攻撃だったからか、紅蓮は何もしなかった。

 寝ている紅蓮の胸にある、大きな十字架のネックレスに触れると、バチッと静電気が走った。




 一人取り残された聖は、ただそこにいることしか出来なかった。

 「うがあああっっっ!!!あがっ・・・!ああああああああ!!」

 渋沢という人間は、聖から見た印象では、三人の中で一番純粋だ。

 悪魔というのは、取り憑きやすい者というのを見極める、というよりも本能的に分かるらしい。

 このことは、悔しいが、隼人から教わった。

 隼人は、まるで物語を覚えるかのようにして、知識を身につけていた。

 『だからよ、悪魔ってのは、分かってんだよ。誰に取りつきゃあ一番効率よくいくのか。十字架を持ってる持って無いってのは、悪魔が好まない、ってことを形にしてるだけで、大人の悪魔とか、経験豊富な悪魔なんかは、十字架持ってたって関係ねぇんだよ』

 自分が悪魔を目に宿しているからなのか、隼人は本に載っていること以上のことを知っていた。

 身体を張って、という言い方は正しくないかもしれないが、身体で感じ取ったことというのは、本以上の知識になるのだろう。

 『じゃあ、絶対に悪魔に憑依されないようにする方法は、ないのか?』

 その聖の問いかけに、隼人は空を見た。

 『心を強くすることだ。悪魔は、ほんの少しの綻びも見逃さない』

 猜疑や不安、好奇心や本能、プラスもマイナスも全て、心を奪うには簡単なもの。

 だから、正義を掲げたこの場所にさえ、悪魔に憑依される者が出てくる。

 「ああああ・・・・!あああがっ・・・!ぐぐぐぐぐああああっッッッ!!!」

 目の前で苦しんでいる渋沢を助けることも、励ますことも出来ないまま。

 真っ黒な闇に包まれるように、渋沢の身体の周りを取り囲む隼人の目に住まう悪魔たちからは、時折、金属同士がぶつかった時のような音が聞こえてくる。

 それが共食いの音なのか、それとも悪魔たちの鳴き声か、笑い声なのか。

 単に動いている音なのかも分からないが、渋沢はしばらく苦しそうにしていたが、しばらくすると、心なしか、落ち着いてきた。

 「ああ・・・あああああ・・・・!」

 「渋沢、頑張れよ」




 「どこにも載ってねぇよなぁ」

 紅蓮の見舞いを終えた隼人は、書庫に来ていた。

 分厚い辞書から絵本まで、役に立つのかも分からない本が多数あるが、今は良いとしよう。

 書庫に着くなり、隼人は嘉希が何処から来たのか、どういう経緯で産まれてきたのかを調べようとしていたが、正式な悪魔使いとして産まれ育ってこなかった嘉希の名は、案の定、どこにも記載されていなかった。

 「あー、肩こった」

 首を動かしてボキボキ鳴らし、安そうなパイプ椅子から立ち上がると、人差し指で本の背表紙をなぞり始める。

 目ぼしいものを見つけては、狭いテーブルに広げて読む。

 悪魔使いの系譜図が書かれている本は、もう何度読んだことだろうか。

 どこにも嘉希の嘉の字も見当たらない。

 「まてよ。悪魔の生気を吸ってるってことは、もとはもっとじーさんだってことだよな」

 紅蓮が調べたものを思い出したとき、嘉希は悪魔の生気を吸って若返っているという文面があった。

 「ってこたぁ、最近のじゃなくて、もっと古い文献を見つけねぇとダメか」

 隼人は、本が好きというか、暇つぶしでしょっちゅう読んでいた。

 それに、一度読んだ本の内容はそう簡単には忘れない。

 ならば、どうして悪魔使いに対する資料を漁っているのかというと、悪魔使いに対する資料は、滅んだとされる時期に全て地下室に運ばれてしまったのだ。

しかも、頑丈な鍵をつけられて。

要するに、悪魔使いを歴史から完全に葬るために、誰の目にも止まらないようにしたということだ。

 それも燃やせば済むことなのだが、ここでは本を燃やすことは、悪魔を呼び起こすと言われている。

 もちろん、そんなことはないが、古いしきたりのようなもので、本は燃やさずに地下室に葬る、という方法をとっているようだ。

 今回のことがあって、隼人は叶南に頼んで鍵を貸してもらい、地下室の書庫にいる。

 「一番古いのはー・・・っと。これか?」

 悪魔使いだけに関する資料だと甘くみていたが、沢山あった。

 歴史が長いから仕方ないのかもしれないが、それにしても多すぎる。

 しかも一冊一冊がなかなか分厚いため、持ち運ぶのも読むのも大変だ。

 「あー、違うか。これは千年前のだから、もっと昔のがあるはずだな」

 悪魔使いの歴史は、およそ七千年あると言われている。

 違うとは思っていても、一応一通り読んではみる。

 「んー、載ってねえなぁ。なんかやんなっちまった」

 地下室の唯一の灯りは、天井にひとつだけぶら下がっている、小さな豆電球のみ。

 間接照明くらい欲しいものだが、そんな我儘は聞いてもらえなさそうだ。

 目頭を押さえつけながら、隼人は続いて二千年前のものを読み始める。

 ただひたすら、時間だけが過ぎて行く。




 がくっ・・・

 「・・・・・・」

 ドサドサと、積み重なった本たちが、悲鳴を上げながら床に落ちて行く。

 「・・・寝てた」

 んー、と軽く伸びをすると、隼人は口の端から出ていた涎を手の甲で拭う。

 テーブルの上にある本の残骸を目に、深いため息を吐く。

 「しょーがね。片付けっか」

 元の位置に戻す為、隼人は重たい身体を起こして、これまた重たい本を数冊抱える。

 所定の位置に戻し、また戻し、それを何度か繰り返していたら、一冊、気付かなかった本を見つけた。

 どうして気付かなかったのかというと、その本はとても薄くて、まるでノートのようで、しかも本棚と壁の隙間に落ちていたのだ。

 「きったね」

 埃や蜘蛛の巣がついていたその本をぽんぽんと、手で簡単に綺麗にする。

 その本の表紙には何も書かれていない。

 「あ?」

 ペラペラと、最初は適当に捲っていた隼人だったが、すぐにちゃんと読みだす。

 ページの紙も、もともとの色なのか酸化してしまったせいなのか、色はくすんでいて、字も掠れてしまっている。

 他の書物と明らかに異なるのは、殴り書きのように書かれたその文字の形だろうか。

 蛇のような文字は、読めない人には絶対に読めない、にょろにょろな文字。

 だが、これまでに何百何千、それ以上の本を呼んできた隼人には、これまでにもこう言った全て手書きの書物を読んできたという経験がある。

 とても癖のある字体だが、なんとなく女性が書いたように思われる。

 「・・・・・・」

 本を片すのも忘れ、隼人は立ったままでその本を読み耽っていた。

 ぱたん、とその本を読み終えると、隼人は他の本を片づけ始める。

 薄い本を片手に、隼人は終わったであろう渋沢のもとに向かった。

 「終わったみてぇだな」

 「渋沢が起きない」

 「そのうち目ぇ覚ますだろ」

 まだ黒い影が、渋沢の周りを漂っているが、隼人が来た途端、隼人の方にぞぞぞ、と来た。

 「お前等は戻れ」

 ―ケケケケ。またあの苦しい日々が戻ってくるってのに、随分と生意気だな。

 ―お前もいつか喰ってやるからな。

 ―お前の身体を蝕んで、俺達はお前の身体をのっとってやるんだ。

 ―ああ、それより、クソ不味い同士だったよ。落とし前つけてくれんだろうな?

 「てめぇらこそ、んな生意気なこと言ってっと、追放するからな」

 ―ヒヒヒヒ・・・・。怖ぇ怖ぇ。

 「・・・・・・」

 傍から見れば、隼人が独り事を言っているように見えているが、隼人のことを知っている者は、きっと悪魔との会話だと分かる。

 だから、聖も特には聞かない。

 黒い影が、隼人の赤い目に向かって吸い込まれていくと、隼人の額からは脂汗のようなものが出てきて、隼人は舌打ちをする。

 渋沢に取りついていた悪魔を、聖は持ってきていた携帯用の十字架の檻に入れる。

 横になったままの渋沢を置いて、聖は帰ろうとした時、ふと、隼人の手にある本に気付いた。

 「何か分かったのか」

 「あ?ああ、これか。まあな」

 「そうか・・・」

 いつもなら、ここでもう一言何か言いそうな聖だが、今日は何も言ってこない。

 それに気味の悪さを感じた隼人は、眉間に深いシワを作って、聖を見る。

 「どうした?なんかお前、変だぞ」

 「相変わらず失礼な奴だな。俺は門番に戻る」

 「ああ。さんきゅ」

 聖が去って行ったあと、隼人は牢屋の鍵を開けて、中に入った。

 そして、なかなか起きない渋沢を軽く蹴って起こすが、全く起きる気配がない。

 そこで、とりあえず渋沢を担いで部屋まで連れて行くことにした。

 部屋に着くと、叶南がソファに座ってコーヒーを飲んでいた。

 「おいおい、勝手に部屋に入るなんて、どういう精神してんだよ」

 「不用心だよー。俺が留守番してなかったら、泥棒が入ってたかもしれないでしょ?むしろ感謝してほしいね」

 「はいはい、あんがとよー」

 「あれ、渋沢の方は済んだんだ」

 「まあ。それにしても、こいつ全然起きねぇんだけど。なにこれ。なんでこんなに熟睡できるわけ?」

 渋沢の部屋を足で開けて、渋沢の愛用のベッドに放り投げる。

 そしてソファの真ん中に座っていた叶南をシッシッ、と手で端に追いやると、叶南の隣に座った。

 「俺にもコーヒー」

 「自分で持ってきなよ」

 「メンドクせぇ」

 「君はやれば出来る子だよ」

 「そんな励ましいらねぇんだよ。渋沢運んできて、こっちは疲れてんだよ」

 「俺だって疲れてるよ。みんな疲れてるんだよ」

 「そのみんなの中に、まさかお前入ってねえだろうな」

 「えー、入ってるに決まってるでしょ。渋沢の釈放のために、頑張って廊下走ったんだからね」

 「ああ、そうだな。見てたよ。ナメクジみたいな速さで走ってたな。あれはな、走ってるとは言わねえんだぞ?あのスピードは歩いてるってんだ。歩くよりも遥かに遅かったけどな。だってお前、上に会いたくねえからって、三分あれば着く距離を、十倍かけて歩いてたもんな。そりゃなかなか着かねえわな」

 「あのねえ、簡単に言うけど、仲介の立場って、一番大変なんだよ?上が納得しないと、鍵一つ貸してもらえないんだからな?あのクソジジイ共が融通効かねえからダメなんだよ」

 「後半素になったな」

 やれやれと、隼人は叶南に頼むのは諦めて、自分で冷蔵庫まで向かった。

 あれ?コーヒーじゃないの?と思っていた叶南だが、隼人が飲みたかったのはどうやらコーヒーではなく、カフェオレだったようだ。

 紙パックのカフェオレを持ってくると、コップに注ぐことなく、そのままガブガブと飲んで行く。

 隼人のお尻の下においやられた、古びた薄い本を見つけると、叶南は隼人のことなどお構いなしに、その本を取りあげた。

 すっかり本のことを忘れていた隼人は、本が持ち上げられたのと同時に、一瞬身体が宙に浮いて、カフェオレを少し零してしまった。

 慌てて手の甲で垂れた部分を拭く。

 「何だこれ?」

 「それな、見つけたんだよ。ああそうだ、鍵鍵・・・」

 叶南に返すため、ポケットに入れていた地下室の書庫の鍵を渡す。

 「いつ書かれたものなんだ?」

 「日付はバラバラだけど、五千年あたり前に書かれたもんだと思う。本ってよりは、多分日記かなんかだと思うんだよな」

 「日記ィ?」

 どうして書庫に日記なんてあるのか。

 「お前、これ読めたのか?」

 叶南がいうのもなんだが、お世辞にも綺麗とは言えないその文字に、首を傾げる。

 カフェオレを飲み干した隼人は、叶南を見て得意気にフフン、と鼻で笑った。

 「俺とお前じゃあ、文字に対する適応力が違うからな」

 「なんだそれ」

 隼人がそこに書かれている内容を説明しようとしたとき、物音がした。

 「あれ?俺、何してたんだっけ?」

 「おー、やっと来たのか、渋沢」

 「隼人、久しぶりー・・・・・・。久しぶり?あれ?なんで叶南支部長まで」

 「やっぱ忘れてるな」

 寝起きにも関わらず、髪にはいつも通りのヘアピンをつけて、渋沢が登場した。

 冷蔵庫から麦茶を出して、いつ買ってきたのか分からないクロワッサンを手に、ソファの向かいにある椅子に座った。

 むしゃむしゃと食べながら、渋沢は首を捻って何か思い出そうとしているが、何も思い出せないでいたため、隼人たちが簡単に説明をした。

 「ええええええ!!!?マジ!?ぐ、紅蓮は大丈夫なのか!?俺が・・・紅蓮を!?あ・・・ど、どうしよう!!!」

 「落ち着けって。紅蓮もそのうち意識戻るだろ。それに憑依されてたんだから、仕方ねぇよ」

 「仕方ないで済む事じゃないじゃん!あああああああ紅蓮に殺される・・・!俺、絶対に紅蓮に殺されるうううううう・・・!!」

 「誰に殺されるって?」

 「俺が紅蓮に・・・!って、あれ?」

 「おおおお。紅蓮復活!」

 「紅蓮は復活の呪文を唱えた」

 気がつけば、紅蓮がいた。

 首の包帯はまだ巻かれたままだが、見る限りでは元気そうだ。

 隼人と叶南は、紅蓮を茶化すような言葉を言っているが、渋沢は紅蓮を見ると顔を青くして、深深と土下座をする。

 「一時間くらい前に目が覚めた」

 紅蓮が目を覚ますと、目の前には白い天井があった。

 瞬時に、そこが病室であることが分かった。

 そして、自分がなぜそこで寝ているのかを思い出すと、上半身を勢いよく起こした。

 首に手を当ててみると、確かに残っている生々しい痕。

 「あら、お目覚め?」

 「お世話になりました。退院します」

 「先生を呼んでくるから、それまで待っててくれると嬉しいわ」

 看護士と思われる女性が、紅蓮が起きたことに気付いて先生を呼んできた。

 推定年齢、紅蓮より遥かに上であろう、そのヨボヨボとした動きの先生は、頼りなさを通り越して、マスコット人形を見ているような感覚になる。

 「先生、俺はもう大丈夫ですから、退院します」

 「んん~、んー」

 「検査結果は異常なかったが、もう少し安静にしていた方が良い、と言ってます」

 「しかし、渋沢のことも心配ですし、やることが溜まっています」

 「ん~・・・んん、ん」

 「仕事なら、あの隼人という男に手伝ってもらえばすぐに終わるだろう。それよりも、君は自分の身体のことを心配しなさい、と言ってます」

 「そうはいきません。異常がないなら大丈夫です」

 「んんんん、んん、ん~ん~ん」

 「まったく最近の若いもんは。せっかちでならんな。なら、決着がついたらもう一度だけ検査に来なさい。と言ってます」

 「分かりました」

 と、こんなことがあったようだ。

 すぐに紅蓮は病室から出て、自分の部屋と向かって歩いていった。

 渋沢はどうなっただろうと思っていたら、途中で聖に出くわし、だいたいのことを教えてもらった。

 渋沢が悪魔に憑依されたことも、そのまま牢屋に入れられてしまったことも、隼人によって渋沢は助かったことも。

 何より驚いたのは、いつもなら何があっても面倒臭がってあまり動かない叶南が、隼人に協力していたということだ。

 「そして今に至る」

 「てかさ、紅蓮。お前そのジジイたちのことについて、何も突っ込まなかったの?それはそれですごくね?俺だったらなんか色々気になって、会話するどころじゃねぇよ」

 隼人が気になったのは、ヨボヨボの老人のことと、その老人の謎の言葉を理解出来ている看護士の方だった。

 渋沢はまだ土下座をしたままで、紅蓮はそれを見てため息を吐く。

 「渋沢、あれは事故だ」

 「けどさあ」

 「そうそう、事故だよ。土下座してる暇があるなら、俺の腹を満たす料理でも作れや」

 三人の会話を聞いて、叶南は楽しそうに肩を揺らして笑っている。




 「ってなわけで、嘉希って奴について、わかったことがあるんだ」

 紅蓮も渋沢も座ったところで、隼人は誰かの日記を手に持って動かした。

 「嘉希は、およそ五千年前に産まれた、悪魔使いのアルビノだったんだ」

 「アルビノ?」

 「アルビノって、身体の色素がなくなるやつじゃないのか?」

 聞き慣れない単語に、渋沢は首を傾げ、叶南は問いかける。

 「まあ、普通はそういう使い方をすんだけど、遺伝子の突然変異とか、周りとは違って生まれてきた者に対しても使う事があるんだ」

 「「へー」」

 紅蓮は黙ったままだが、久しぶりのコーヒーにちょっと嬉しそうだ。

 「純粋な悪魔使いは、当然アルビノなんて言い方はしない」

 通常、悪魔使いは悪魔使い同士で結ばれ、子を孕んで産むことになっている。

 他に血が混ざらないようにとしていることらしい。

 「言うなれば、俺もアルビノってやつかもな」

 普通ならば受け継がれるはずの赤い目を、受け継がずに産まれてきてしまった隼人。

 産まれた間も無い頃に移植されたその目は、隼人のものではない。

 「これを読むと、嘉希は普通の人間の母親と父親から産まれてきちまったらしい。両親共に持っていなかった、悪魔使いという遺伝子を持って産まれてきた嘉希は、当然悪魔使いにその存在が知られることはなかった」

 悪魔が見えていたにも関わらず、見えているのがおかしいことだと、本能的に分かっていた嘉希は、それを回りに知られるようなことはしなかった。

 だが、大きくなるにつれて、自分の中に眠っている力は頭角を現し、ついには悪魔を操れるようになってしまった。

 「この日記を書いたと思われる嘉希の母親は、成長段階でそのことに気付いた。だが、そのことを隠し通そうとした」

 日々、目に見えて分かる息子の変化に、さぞかし恐怖を覚えたことだろう。

 父親は早くに亡くなり、嘉希はその父親の魂が悪魔と化し、自分の前に姿を見せるようになったことに気付いた。

 悪魔との契約を交わし、自ら悪魔となってしまった父親は、嘉希の力のことを隠していた母親に牙を向けるようになった。

 「お母様」

 「どうかしたの?嘉希」

 「お父様が、お母様を喰おうとしてる」

 一瞬の出来事だった。

 悪魔となった父親によって、母親は魂を喰われてしまったのだ。

 それを引き起こしたのは嘉希なのか、そうじゃないのか、今となっては確かめる術がない。

 一人となった嘉希は、自分が回りとは違うことを改めて確信し、どういったことが出来るのか色々と試した。

 一度に数十体の悪魔を自分の中に取り入れることが出来ることも、その悪魔を他人に憑依させることが出来ることも。

 だが一方で、悪魔が見えることが認められている一族がいることも知った。

 それが赤い目を持ち、その目に悪魔を飼っている千石家だった。

 嘉希と千石家の大きな違いは、千石家は悪魔を飼うことは出来ても、その生気を吸うことは出来ないということだ。

 「嘉希はきっと、何かのタイミングで悪魔の生気を吸い取ると、自分が若返ることを知った」

 すると、嘉希はいつまでも自分が生きられることに気付いた。

 悪魔使いが滅んだとされたときも、嘉希は虎視耽々と悪魔を使ってこの世界さえ自分のものにしようと企んでいたのだろう。

 「で、今何処にいるのかは分かってるのか?」

 これまで口を開かなかった紅蓮が、低音ボイスを響かせた。

 紅蓮の問いかけに対し、隼人はにんまりと笑ったかと思うと、当然のように答えた。

 「さーっぱり」

 あれっきり、姿を見せない嘉希は、今一体何処で何をしているのか。

 それが分かれば何も苦労はしないのだが、特定の場所にいるとは考えにくいうえに、どうやって誘き寄せれば良いのかも分からない。

 「じゃあ、俺はそろそろ仕事に戻るとするよ」

 行き詰った空気の中、叶南が席を立った。

 「紅蓮も渋沢も戻ってきたことだし、もう俺用済みだろ?」

 「え、叶南お前、もしかして逃げるの?」

 すでにドアノブに手をかけていた叶南の背中に向けて、隼人が信じられない、という言い方をする。

 振り返りながら笑う叶南は、人差し指を立ててウインクをする。

 「一つ提案を出してしんぜよう」

 「めっちゃ偉そうなんだけど」

 「だって偉いじゃん?君たちより、俺は上の立場にいるんだよ?上司だよ?なんか良いように俺のこと使ってるけど、上司だからね」

 頬杖をついて目を細めている隼人に、渋沢はまだ整理が出来ないようで、ぼーっとしているし、紅蓮は叶南に興味なさそうに、二杯目のコーヒーを淹れている。

 「悪魔に取りつかれても、豹変しなかった人間が一人、いたでしょ?」

 「あ?」

 「へ?」

 「・・・・・・」

 隼人は何かに気付いたようだが、とても不愉快そうな顔をしている。

 全く状況が飲みこめていない渋沢は、お菓子のストックから持ってきたポテチをつまんでいた。

 紅蓮は叶南がいう前に考えていたのか、特に反応はなかった。

 頬杖を取った隼人は、胸の前で腕組をし、足を組んで何かを考え出した。

 「いや、いたけどよ。いたけど・・・」

 「いたっけ?」

 一人だけまだ思い出せない渋沢は、頭にいっぱい?を浮かべている。

 「あいつは脳喰われて、まだ監禁されてるはずだろ?」

 「確かに脳は喰われてた。けどその後の検査で、脳は喰われてるにも関わらず、正常に機能してることが分かった」

 「まじか」

 「ああ、まじだ。会話も、相変わらずヘンテコな話し方だが、出来ないことはない」

 すっかり素の話し方になった叶南。

 「神秘だというべきか、それとも異常な性質だというべきか。どっちにしろ、悪魔を持つ普通の人間なんて、そうそういねぇから、会いに行ってみたらどうだ?」




 「ああ言われて来ちまったけど・・・」

 紅蓮達が来たのは、無限空間に閉じ込められた檻の前。

 悪魔も行き来が出来ないように作られたその空間では、悪魔に浸食された人間たちが何千人と監修されている。

 天界の者はここではない、別の場所に閉じ込められてしまうらしい。

 「で、どうする?」

 隣にいる紅蓮に聞いてみる。

 「ここまで来たんだから、行くしかないだろう」

 「だよな」

 もう隣にいる渋沢は、面白いくらいに口を開けていて、目を大きく見開いている。

 後頭部をペシッと叩くと、簡単に前のめりになって転んだ。

 入口にいるガードマンと思われる男に声をかける。

 「紅蓮最高裁判長だ。中にいる者に話を聞きたいのだが」

 名前を告げると、その男は何か機械で紅蓮の全身にライトを当ててスキャンをする。

 隼人も渋沢も同様にされると、確認が取れたのか、中に入っても良いと言われた。

 「この中から探すのか・・・」

 何千人といるこの檻の中から、たった一人を見つけ出さねばならない。

 とにかく奥に進むしかないと思っていた紅蓮と隼人だったが、渋沢がいきなり大声を出した。

 「おーーーーい!何処にいるんだーーー!」

 「ええ!?そんな原始的な探し方ありか!?それで見つかるなら苦労しねぇって」

 「えー、そうかな?だってこんなに沢山いるのに、無理じゃ無い?時間かかるしさ」

 「お前、結構適当なのな」

 「そうだよ!」

 「威張るこっちゃねぇよ」

 ポカッ、と渋沢の頭を叩きながら、隼人は先へと進んだ。

 中は迷路のようになっていて、地図を渡されたのだが、現在地を探すだけで時間がかかってしまう。

 アリの巣よりも複雑で、深く、道を一本間違えれば迷子になりかねない。

 迷子になったときは連絡をくれれば迎えに行くと、入口にいた男に言われたが、あの男はもうこの迷路を熟知しているのか。

 「えっと、ここ右か?」




 「ふんふふーん」

 機嫌良さそうに鼻歌を唄っているのは、叶南だ。

 いつもなら山積みになっている仕事が、今日はほとんどない。

 それもそのはず。隼人にほとんど仕事をやらせたのだから。

 コンコン・・・

 呑気に椅子をギイギイと軋ませながら遊んでいると、ドアをノックする音が聞こえた。

 「はーい」

 間延びした返事をして、自分からは決して出迎えない叶南のことを知っているのか、相手はドアを開けて中に入ってきた。

 「あれ、君は確か」

 「新しく東の監獄支部長に任命されました、功黄と申します。これを持っていくようにと頼まれまして」

 精悍そうな顔立ちをしている男は、手に持っていた資料の束を叶南に差し出した。

 ああ、そういれば今日何かの会議があったような、なかったような。

 そんな曖昧な思考のまま、叶南は全く悪びれた様子もなくその資料を受け取った。

 「それから、会議には出るようにという伝言も頼まれました」

 「ふーん。なら、こう答えておいてよ」

 「はい?」

 くるくる椅子を回しながら資料を見ていた叶南だが、どうやら少し気持ち悪くなったようで、回転を止めるとアールグレーのクッキーを食べた。

 若干顔色が悪いようにも見えるが、今は放っておこう。

 「あなたたちみたいな馬鹿とする話合いはございません、ってね」

 「!」

 叶南の言葉に、功黄は目を大きく見開いて、わたわた始まったしまった。

 当然といえば当然の反応だろう。

 自分よりも上の立場のものに、こうした伝言を伝えるだけでも緊張するのに、言ってはならない事を伝えろと言われたのだから。

 「じょ、冗談、ですよね?」

 「冗談じゃないよ?俺ね、嫌いなんだよね。別に自分が正しいことをしてるなんて思ってないけどさ、自分なりの信念っているのがあるでしょ?それをネジ曲げられるのだけは、どうしても許せないんだよね」

 「みなさん、きちんと話合っていると思いますが」

 「何を話しあってるの?自分達の立場をどう守るかでしょ?どれよりも大事なことなんて幾らでもあるのにね。おかしいとは思わない?思わないなら、所詮は君もあいつらと同じってことだね」

 ニコニコと、その笑顔からは想像も出来ない言葉を次々に言われ、功黄はぐっと言葉を飲みこんでしまった。

 弁護士として仕事を始めたときからずっと、目指していた地位を手に入れるために頑張ってきたのだ。

 だからといって、不正なんてものには手を出してこなかった。

 やっと手に入れた地位だというのに、どうして今自分の目の前にいるこの男は、それを手放してしまうようなことを、笑顔で言えるのだろう。

 ふと、微笑んでいたはずの叶南の表情が一瞬静止して、目つきも鋭くなる。

 「読み間違えるな」

 「へ?」

 そして何より、声色も口調も変わっていた。

 「俺達がここにいるのは、決して自分の為じゃない。自分を守る為、上に行く為、そんな理由でいるなら、とっとと止めたほうがいい」

 「な、なんであなたにそんなことを!」

 「上にいる奴らが正義じゃない。ましてや、ここにいる自分が正義でもない。だが、権力がないと出来ないこともある。わかるか」

 「・・・・・・」

 渡された資料なんてぽいっとゴミ箱に入れると、叶南はまたにっこり笑った。

 どう対処して良いのか分からない功黄は、唇を噛みしめてただそこに立っていた。

 「ま、上が怖いならそれでいいかもしれねぇが、それじゃあお前に正義を語る資格はねえな」

 またグルグルと椅子を回し始めてた叶南。

 きっとさっきのようにまた酔うのは目に見えているのだが、克服しようとしているのか、それとも単に馬鹿なのか。

 自分よりも仕事をしていないように見えるこの男に、どうしてそこまで言われなくちゃいけないのか。

 「あなたにそんなことを言われる筋合いはありません!失礼します!」

 半ば逃げるように叶南の部屋から出ていこうとした功黄だったが、自分の背中に突き刺さった、止めの言葉。

 「目を背けた方の負けだ」

 「・・・!!!」

 力任せに強くドアを閉めると、功黄は苛立ちを隠せないまま、廊下を歩いていた。

 功黄が立ち去って行ったあと、叶南は引き出しに隠してあった、束ねられたファイルを取り出して眺めた。

 ペら、と一枚捲ると、ところどころ色が薄くなっている部分も見られた。

 ぽん、とデスクの上に放り投げると、背中側にある小さな窓を開けて、部屋の中に新鮮な風を取り入れる。

 心地良い風に吹かれながら、叶南はそこから見える桜の樹を見つめていた。

 そよそよと髪の毛が気持ちよさそうに踊りながら、時折叶南の顔に甘えるように懐いていく。

 窓枠に肘をついて頬杖をついていると、どこかの部屋からか、怒鳴り声が聞こえてきた。

 また別の場所からは、楽しそうに笑う声も聞こえてきた。

 「さて。お前たちはこの世界をどう変えてくれる?」




 「マジ見つかんねぇんだけどさ。本当にここにいる?そもそもここに捕まってるのは確かなのか?」

 未だ迷路の中を行ったり来たりしている紅蓮たちだが、隼人が痺れを切らしていた。

 ここに捕まっている者たちは、半分以上が紅蓮のことを知っていたため、紅蓮はあちこちから罵声を浴びせられていた。

 渋沢といえば、紅蓮と隼人だけが声をかけられていて、一人拗ねていた。

 いや、声をかけられたとはいっても、黄色い声援を浴びているわけではなく、野太い男たちの声がほとんどなのだが。

 隼人は隼人で、なんで裁判に係わっていない自分の名前を知っているのかと、それはそれでなぜか逆ギレしていた。

 「なんで俺のこと知らないの・・・。そりゃあ、俺は紅蓮とは違って下級裁判所しか行き来してないけどさ・・・」

 「お前のことなんて覚えてない。五月蠅い。目障りだ」

 「おい!なんで俺のこと知ってんだよ!まさか個人情報流出してんじゃねえだろうなああああ!!!ああ!?」

 ここに何しに来たのか分かっているのかと聞きたくなる。

 言い争いが始まりそうなとき、一人しくしくと悲しんでいた渋沢が、自分のことを知らないその男たちに聞いてみた。

 「女の子知らない?黒髪で背も小さくて・・・えっと、変な話し方するんだけどさ」

 「知ってるぜ」

 「そうだよね、知らないよね。そんなに目立つ子だとは思えないし、それに・・・えええええええ!!?し、知ってる!?どどどど何処にいるの!?」

 最初からこうしておけば良かったのだろう。

 その男から聞いた通り、そこから少し歩いたところの檻の中には、ぽつん、と一人の女性がいた。

 漆黒の髪に、太陽の光を浴びたことがないような、真っ白い肌。

 捕まっている人間とは思えないような、淡いミント色の膝上のワンピースを着ていて、白いヒールを履いている。

 「おーおー、相変わらずだな」

 「良かったー、見つかって」

 隼人はポケットに手を入れながら、女性を見て肩で笑った。

 渋沢は無事に見つかって安心したのか、へなへな、とその場にへたり込んでしまった。

 紅蓮は一歩前に出て、女性に向かって声をかける。

 「悪魔について、聞きたい事がある」

 「無興味。無関心。疲労。欲求」

 「・・・・・・隼人」

 女性との会話が成り立たないことをすぐさま判断した紅蓮は、後ろにいる隼人に声をかけて、女性の前に立たせる。

 「え、俺?俺だって無理だよ。言葉のキャッチボール出来た試しがねぇもん」

 「大抜擢だね!隼人!」

 「何が大抜擢だよ。めんどくせぇことは全部俺じゃねえか」

 はああああ、とわざとらしく盛大なため息をついた隼人だが、女性の前に行くと、その場に胡坐をかいて座った。

 隼人が前に来ると、女性はゆっくりと立ちあがってこちらに向かってきた。

 足はすらっとしているというよりも、以前より少しぽちゃっとしたように感じる。

 隼人の近くまで来ると、足を尻の横につけるようにしてぺたんと座る。

 すっと白い腕を伸ばすも、隼人は見ようともせず、女性は腕を一旦元に戻した。

 「久しぶりだな」

 「再会。運命。歓喜。興奮。躊躇。鼓動。心拍。上昇。否愛情。同士」

 「感動の再会といきてぇところだが、相手がお前じゃアなぁ。なあ、梓愛加」

 「運命。残酷。冷酷。残虐。悲劇」

 「嘉希って奴、知ってるか?」


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