8話 初戦闘
感情のないメイドたちが黒服の後方に控える中、男たちが一斉にこちらへ襲いかかってきた。
……こういうのは、本当に定番ってあるんだな。
悪役が手下をけしかけ、主人公が迎え撃つ。ゲームや漫画なら何度も見てきた展開だ。もっとも、画面の向こうで眺めているのと、実際に自分へ向かって大勢が走ってくるのとでは、まるで話が違う。
こんな非常事態だというのに、俺は場違いなことを考えてしまった。
迫ってくる男たちの足音が重なり、廃ホテルの駐車場に響き渡る。
俺は純花とシエラを背後に庇い、手に持った木の棒を構え直した。
……いや、これで大人数を相手にするのは無理があるだろ。
棒一本でどうにかできる人数じゃない。しかも、相手には魔法を使える奴がいるかもしれないし、背後には正体不明のメイドたちまで控えている。
ここで普通に殴り合いを始めたら、俺が二人を守りきれる保証はなかった。
だからこそ、先ほど手に入れた力を使う。
俺は二人を背中に庇ったまま、迫りくる男たちを見据え、口の中で力ある言葉を唱え始めた。
これが発動しなかったら、状況は一気にひっくり返る。
いや、ひっくり返るどころか、そのまま押し潰されて終わりだろう。
先ほど空中浮揚を使えたんだから、今回だって大丈夫なはずだ。
ステータス画面に表示されていた魔法使いのレベルも、決して低くはなかった。
……頼むぞ、本当に。
俺が小声で何かを呟いているのに気づいたのか、先頭を走っていた黒服の男が、訝しげに顔をしかめた。
「おい、こっちのガキ、さっきはいい啖呵を切っていたのに、今度は念仏かよ!」
「ははっ、怖くなってお祈りでもしてるんじゃねえのか?」
男たちは口々に笑い、勢いを緩めた。
……おお、助かる!
どうやら、俺が魔法を使おうとしているとは思っていないらしい。相手からすれば、子供がわけのわからない言葉を呟いているだけに見えるのだろう。
この世界に魔法があること自体、一部の人間しか知らないらしいからな。目の前で何が起きるのか、想像もつかないのかもしれない。
おかげで、ほんのわずかだが時間を稼げた。
その隙を逃すつもりはない。
俺は右手を前方へ突き出し、最後の言葉を口にした。
『魔法の矢!』
唱え終わった瞬間、手のひらの前にいくつもの光が生まれた。
淡い光は瞬く間に細長い矢の形を取り、空中に浮かび上がる。その数は一本や二本ではない。まるで見えない弓につがえられたかのように、複数の魔力の矢が男たちへ狙いを定めていた。
「なっ……!?」
先頭の男が驚きの声を上げたときには、もう遅かった。
俺が手を振り下ろすと同時に、魔法の矢が一斉に飛び出した。
シュパパパァァンッ!
光の尾を引いた矢が、迫っていた黒服たちへ次々と突き刺さる。
狙ったのは鳩尾や脚など、相手の動きを止められる場所だ。もっとも、俺が狙いをつけたというより、魔法そのものが標的を追いかけてくれたようにも見えた。
「ぐはっ!」
「ぎゃああああああああ!!」
「な、なんだ、これ……!」
男たちは腹を押さえ、足をもつれさせながら次々と地面に倒れ込んだ。
さっきまで威勢よく走っていた連中が、ほんの一瞬で駐車場に転がっている。呻き声や悲鳴が重なり、静まり返っていた廃ホテルの周囲に響き渡った。
……うわぁ。
効くとは思っていたけど、ここまでとは。
俺は突き出した手をゆっくりと下ろし、倒れた男たちの様子を窺った。
どうやら、命に関わるほどの威力ではなさそうだ。少なくとも、今のところは動けなくなっただけに見える。
よかった。いきなり人殺しになるところだった。
……いや、相手は誘拐犯だし、こっちは襲われている側なんだけどな。
それでも、悲鳴を聞かされるのは精神的にくるものがある。ゲームなら攻撃が当たったときの効果音で済むのに、現実だと相手の苦しむ声まで聞こえてくるのだから、たまったものじゃない。
「……え?」
「……? …………え?」
背後から、二人の間の抜けた声が聞こえてきた。
振り返らなくても、純花とシエラが何を言いたいのかはわかる。
そりゃ驚くよな。さっきまで木の棒を握っていた子供が、いきなり光る矢を何本も飛ばしたんだから。
俺だって、まだ自分が魔法を使ったという実感が追いついていないくらいだ。
とはいえ、感動に浸っている暇はない。
倒れた男たちの後ろには、まだメイドたちが残っている。黒服の連中を一掃できたわけではないし、鷹上だってあれで諦めるような男には見えなかった。
俺は木の棒を握り直し、二人に声をかけた。
「二人とも、俺の後ろから絶対に出るなよ? 今度こそは言うことを聞け」
「後ろっていっても……危ない!」
シエラの叫び声が耳に飛び込んできた。
反射的に身をひねる。
その直後、頭上を巨大な刃が通り過ぎた。
ブォンッ!
風を切る鈍い音が耳元をかすめる。
でかい鉈のような刃物が、俺の頭があった場所を容赦なく薙ぎ払っていた。
まともに食らっていたら、どうなっていたことか。
俺は地面を蹴り、横へ転がるようにして攻撃をかわした。
肩がアスファルトにぶつかり、鈍い痛みが走る。それでも、すぐに身体を起こして相手との距離を取った。
くそっ、危なかった!
今の攻撃、まったく気づかなかったぞ。
目の前に立っていたのは、無表情なメイドだった。
整った顔立ちには怒りも焦りもなく、ただ俺を見下ろしている。その手には、メイド服にはまるで似つかわしくない巨大な刃物が握られていた。
……攻撃してきたのは、こいつか。
俺は相手を観察しながら、そっと息を整えた。
気配も感じなかった。殺気だって、まるでなかった。
人間なら、攻撃する直前に何らかの気配が出るものだ。
もちろん、訓練次第でそれを消すこともできるだろうが、今の一撃はそれ以前の問題だった。
まるで、機械が決められた動作を実行しただけのような……。
そう考えて、俺はメイドの顔を改めて見つめた。
感情がない。
いや、正確には感情を表に出していないというより、最初から感情そのものが存在しないように見える。
それに、あの動きだ。
普通の人間が、あんな大きな刃物を振り回して、あれほど滑らかに攻撃できるものなのか?
……もしかして、本当に生き物じゃないのか?
俺が生前にいた世界では、ロボットやアンドロイドは夢の産物だった。研究や開発は進んでいたとしても、目の前にいるような存在が当たり前に人間へ襲いかかってくる世界ではなかったはずだ。
けれど、この世界は違う。
魔法が存在し、ステータス画面まである。
だったら、俺の知らない技術で作られた人形がいても不思議じゃない。
……いや、さすがに何でもありすぎないか?
ともかく、確かめる必要がある。
もし俺の予想どおりなら、普通の攻撃を続けるよりも、別の魔法を試したほうが早いだろう。
ただし、これから使う魔法は、少々えぐい結果になるかもしれない。
相手が本当に機械なら、躊躇する理由は少ない。だが、もし間違っていたら……。
俺は一瞬だけ迷い、すぐに頭を振った。
今は、二人を守ることが最優先だ。
俺は深く息を吸い込み、再び力ある言葉を口にした。
『酸の矢!』
手のひらから放たれたのは、先ほどの魔力の矢とはまるで違うものだった。
禍々しい緑色の光が空気を裂き、後方に控えていたメイドたちへと襲いかかる。
次の瞬間、彼女たちの身体が緑色の奔流に包まれた。
じゅうううっ……!
耳障りな音が響き、白いメイド服がたちまち黒ずんでいく。
人間の肌に見えていた部分も泡立つように崩れ、その下から冷たい銀色の金属骨格が姿を現した。
顔の表面が剥がれ落ちると、そこには目も鼻もない機械的な構造が覗いていた。
露出した関節からは細かな火花が散り、溶けかけた外装が床へぼとぼとと落ちていく。
「……やっぱりか」
俺は思わず呟いた。
人間じゃなかった。
あの無表情も、気配や殺気を感じなかったことも、これなら説明がつく。
こいつらは人間そっくりに作られた機械人形、アンドロイドのようなものなのだろう。
もっとも、正体がわかったからといって、安心できるわけじゃない。
酸に侵されながらも、メイドたちはまだ動こうとしていた。金属の指がぎこちなく動き、剥き出しになった腕が俺のほうへ伸びてくる。
……うわ、しぶといな!
俺はすぐさま次の魔法を唱えた。
『水の矢!』
大量の水が生み出され、酸に侵されたメイドたちへ一気に浴びせかけられた。
普通なら、酸を水で洗い流すための行動だと思うだろう。
けれど、これはただの水ではない。
俺が放った水の魔法が酸に触れた瞬間、緑色の光が激しく明滅した。酸の魔力が水に反応し、耳をつんざくような音とともに白い蒸気が噴き上がる。
ゴォォォッ!
視界が一瞬で白く染まった。
熱気が頬を叩き、俺は反射的に腕で顔を庇う。白煙の向こうでは、金属が軋む音と、何かが弾けるような音が立て続けに響いていた。
やがて蒸気が薄れ始めると、メイドたちの姿が少しずつ見えてきた。
銀色の骨格は黒く変色し、剥き出しになった機械の関節から火花が散っている。
内部の回路が損傷したのか、身体を支えていた脚が震え、腕が不規則に跳ねた。
「ギギッ……ガガガ……ッ!?」
人間の悲鳴とも機械のノイズともつかない異様な音が響く。
メイドの一体が俺に手を伸ばそうとした。しかし、その指先が届くより早く、身体の動きが止まった。
膝から崩れ落ちた機械人形は、地面に倒れた勢いで金属音を響かせる。別の個体も次々と動作を停止し、やがて駐車場には不気味な静けさが戻ってきた。
残されていたのは、黒く焼け焦げた金属骨格と、溶け落ちた白い外装だけだった。
……うん。
やりすぎたかもしれない。
俺は目の前の惨状を見下ろしながら、そっと手のひらを握った。
魔法って、便利だけど怖いな。
しかも、今のはまだ初めて使った魔法だ。これで魔法使いのレベルが八なのだから、もっと上のレベルになったら、いったいどれほどのことができるのだろう。
そんなことを考えたところで、俺はすぐに気持ちを切り替えた。
まだ終わっていない。
倒れた黒服たちに、動きを止めたメイドたち。こちらが優勢になったように見えるが、鷹上本人はまだ残っている。
そして、あいつが口にしたオートマタという言葉。
やっぱり、あのメイドたちは最初から人間ではなかったらしい。
俺は木の棒を握り直し、白煙の向こうにいる鷹上へ視線を向けた。
……さて。
あのおっさん、今度はどんな行動を見せてくれるんだ?
「転生したら女の子みたいな見た目の男の子になってたけど……」をお楽しみいただけましたか?
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