27話 聞いてねえ
目が覚めると、視界いっぱいに見慣れた天井が広がっていた。
……天井か。
目覚めたら天井が見える。こういう始まりって、物語のテンプレみたいなものだよな。
普通なら、ここはどこだと思うところだろう。けれど、俺の場合はそんな心配をする必要もなかった。見慣れた天井に、部屋の様子。ここは月野夜家で借りている、俺の部屋だ。
どうやら、無事に戻ってこられたらしい。
ひとまず安堵しながら、俺はゆっくりと手を持ち上げた。戦いの最中に感じた身体の異常は、今のところ落ち着いているようだ。
そして、指先に目を向ける。
そこには、青い指輪がしっかりとはまっていた。
……よかった。ちゃんとあるな。
あれだけのことがあったんだ。目を覚ましたら指輪が消えていた、なんてことになっていたら、さすがに笑えない。
『ティア、俺は死ぬんじゃなかったのか?』
『誰がそんなことを言いましたか?』
頭の中に、いつもと変わらないティアの声が響いた。
いや、待てよ。
確かに、あの技を使うには代償があると言っていた。だが、死ぬとまでは言っていなかったはずだ。
『確かに言ってねえな』
『綾様流に言うと、「何がうれしくて数千年も正式所有者を待ったのに、数日でお別れなんてふざけてる」と思いませんか』
『ああ』
そりゃそうだろうな。
気が遠くなるような時間を待ち続け、ようやく正式な所有者に出会えたと思ったら、わずか数日でお別れだ。そんなことになれば、ふざけるなと言いたくなる気持ちもわかる。
……まあ、俺としても、わからないことだらけのこの世界だから、案内役が急にいなくなると不安になってくるな。
『亡くなりはしませんよ。ただ……あなた様自身の成長が遅くなる可能性があります。もしくは、かなりの確率で成長が早く止まるでしょう』
『具体的には?』
成長が遅くなる?
それだけ聞けば大した問題じゃないようにも思えるが、かなりの確率で早く止まるというのは気になる。いったい、どの程度の影響が出るんだ?
俺が答えを待っていると、ティアはあっさりと言い放った。
『女装が似合う、と言っておきましょう。多分、声も変わらない可能性もあります』
『ただでさえ女に見えるんだぞ!』
思わず声を荒らげてしまった。
おい、ふざけるなよ。何がうれしくて、これ以上女と間違えられなきゃいけないんだ。
今だって、鏡を見るたびに自分の見た目に文句を言いたくなるっていうのに、これ以上どうしろっていうんだ。
しかも、ただでさえ身長が低い。シエラよりも低いせいで、頭を撫でられるという屈辱まで味わっているんだぞ。
あのときのことを思い出すだけで、なんとも言えない気分になる。
『代償はあると言ったじゃないですか?』
『言ったけどなぁ』
そりゃ、代償があること自体は承知していた。だが、まさか自分の身体がそんな方向に影響を受けるとは思わないだろう。
命を取られるよりはマシなのかもしれないが、これはこれで別の意味で深刻な問題だ。
『絶対ではありませんので、もしかしたら男らしく二メートルまで伸びる可能性もありますし、渋い声になるかもしれませんが……』
『二メートルなんていらねえし、渋い声も望んでねえよ! そして、なぜ途中で黙る?』
身長二メートルの大男になりたいなんて思ったことは一度もない。渋い声だって、別に欲しくはない。
というか、今の話の流れで途中から言葉を濁すな。どう考えても、ろくでもない結論が待っている気しかしないじゃないか。
俺が疑いの目を向けても、頭の中のティアは平然としている。
『正直に言うと、百五十センチまで伸びればいいほうでしょうね。多分、百六十センチは諦めたほうがいいかもしれません。声も声変わりしないと思いますし、少女の声のままでしょう。これが将来、合法ロリというやつですね』
『そんなわけあるか。勘弁してくれ』」
百五十センチがいいほうだと?
しかも、声変わりもしない可能性が高いだと?
……冗談じゃねえ。
ロリっていうのは女児に使う言葉だ。男ならショタだろ……。
いや、そんな分類を真面目に考えている場合じゃない。想像するだけで気が滅入ってくる。
今後、成長しても見た目がほとんど変わらず、声まで少女のまま。そんな自分の姿を想像しただけで、頭を抱えたくなった。
『大した代償じゃなくてよかったですね』
『どこがだよ……』
思わず心の中で突っ込んだ。
確かに、最初は命そのものが代償になるんじゃないかと思っていた。それを考えれば、成長が早く止まるだけなら儲けものなのかもしれない。
……いや、そう思わなきゃやっていられないだけだ。
『あの技を使うと、こうなるのか?』
ふと、戦いのときのことを思い出す。
あの一撃を放った直後、身体から何もかもが抜け落ちていくような感覚に襲われた。魔力も、闘気も、それどころか生きるための力まで、すべて持っていかれたようだった。
あんな経験をもう一度味わえと言われても、絶対に御免だ。
もし、あの技を使うたびに代償を求められるのなら、基本的にはもう使うこともないだろう。
それに、あんなヤバいことがそう何度も起きるとも思えないしな。
『綾様がきちんと技にしろ魔法にしろ、基礎をしっかりして、成熟したら大丈夫ですよ』
どんな技術でも、知識だけじゃ駄目ってことか。
基礎がしっかりしていれば、応用の幅も広がる。確か、そういう話だったよな。頭で理解していることと、実際に使いこなせることは別物というわけだ。
『綾様はこの世界に来て、覚醒してから間もないですし、当然ですが、技量が圧倒的に足りません。幸い、あなたは成長期でもありましたから、代償が成長になっただけです。もし大人の身体だったら、本当に命や寿命が代償になっていたかもしれません』
なるほどな。
成長も寿命も、命に関わるものという意味では同じようなものか。身体が成長する余地があったからこそ、命そのものを持っていかれずに済んだのかもしれない。
そう考えれば、まだマシな代償だったと思うしかない。
『なったものは仕方ない。どれくらい寝てた?』
今さら文句を言ったところで、元に戻るわけでもない。命があるだけ儲けものだと思っておこう。
それより、気になることがある。
俺は一体、どれくらい眠っていたんだ?
『当日を除くと、三日です』
『その間、変わったことは?』
『純花さんが起きません』
『なぜ?』
思わず聞き返した。
純花が眠ったままだって?
心に傷を負った可能性はある。あんな目に遭ったんだから、精神的な負担が大きかったとしても不思議じゃない。
だが、肉体には目立った傷はなかったはずだ。少なくとも、俺が知る限りでは、眠り続けるような理由に心当たりはなかった。
『実際、あなたは植物状態と同じようになっていたのです。状況を把握していた私ならともかく、いつ綾様が目を覚ますのか、私にもわかりませんでした。私の存在も、皆さんには教えていませんでしたしね』
……そういうことか。
確かに、あのときの俺は、自分でも生きているのか怪しい状態だったらしい。ティアが事情を知っていたからよかったものの、傍から見れば、いつ目を覚ますかもわからない状態だったわけだ。
そりゃ、周りも気が気じゃなかっただろうな。
AIを搭載した指輪なんて、どう説明すればいいのかわからなかった。おやっさんたちのことは信頼しているが、余計な情報まで教える必要はないと判断したんだ。
だから、ティアの存在を伏せていたこと自体は間違いだったとは思わない。
だが、それと純花が起きないことに、どんな関係があるんだ?
『その結果を聞いた純花さんは、倒れてしまったのです。色々と考えてしまったのでしょうね。多分、自分が血を吸ったから綾様があんな状態になったのだとか、捕まってしまったからいけなかったのだとか、あなたと喧嘩したままだったからだとか……。そんなことを、色々と考えてしまったのだと思いますよ』
……あいつ。
俺が倒れたことを、そんなふうに考えていたのか。
あいつらの言う友人関係ってのは、喧嘩ひとつしないものなのか?
友人同士だって、意見が食い違えば喧嘩くらいするだろう。いつも仲良く、何もかもわかり合えるなんて、そんな都合のいい関係があるものか。
そりゃ、相手を傷つけるようなことを言えば後悔することもあるだろうし、喧嘩をしたまま別れれば気になることだってある。だが、それと相手の身に起きたことまで自分の責任だと思い込むのは、話が違う。
そもそも、捕まったのは純花のせいじゃない。血を吸ったのだって、あいつ自身の意思じゃなかったはずだ。俺が倒れたことだって、純花が望んで引き起こしたわけじゃない。それなのに、どうして自分ばかり責めるんだ。
本人がいないところであれこれ考えたところで、俺にできることなんて限られている。だからといって、何も気にせず放っておけるほど割り切れるわけでもない。
……これだから、頭がいいやつは面倒くさい。
『世話のかかる女だ!』
思わず、そんな言葉が口をついて出た。
まったく、少しは自分のことも考えろと言いたくなる。起きてもいないことまで悪い方へ考えて、自分を追い詰めてどうするんだ。そんなことをしたって、何かが解決するわけでもないだろうに。
『知ってます?』
『なにが?』
間髪入れずに返ってきたティアの声に、俺はわずかに眉を寄せた。
……いや、待て。
このタイミングで話しかけてくるということは、また余計なことを言うつもりじゃないだろうな。
そう思いながらも、つい聞き返してしまう。どうせろくでもない話だろうとわかっているのに、無視すればいいものを、わざわざ相手をしてしまうあたり、俺も学習能力がない。
『今の綾様は、いわゆるツンデレってやつですよ』
『惚れてることをデレるというんだ。俺は惚れてないだろうが? 使い方を間違えるな! ポンコツAI!』
何をどう解釈したら、そんな結論にたどり着くんだ。
確かに、そんな話を聞けば気にかかるだろう。あいつが自分のせいでもないことで思い詰め、そのまま倒れて目を覚まさないと聞けば、誰だって放っておけるわけがない。
それに、今はその家で世話になっている身だ。余計に気になるのも当然だろう。
だが、それだけでツンデレ扱いとは、ずいぶんな言いがかりだ。
そもそも、俺はあいつに惚れているなんて一言も言っていない。勝手に決めつけるな、ポンコツAI。
『そうですか! そのポンコツに話や助言を聞いているあなたはどうなんです?』
『ぐっ……!』
こいつ……!
思わず言葉に詰まった。まさか、こっちが口にした悪口をそのまま返してくるとは。しかも、反論しづらいところを突いてくるのだから始末が悪い。
確かに、この世界についても魔法についても、俺は知らないことだらけだ。ティアに話を聞いたり、助言を求めたりしているのも事実である。こいつがいなければ、わからないことを調べるだけでも相当苦労するだろう。
……まったく、口だけは達者なAIだ。
『……面倒だ』
これ以上相手をしていたら、また余計なことを言われるに決まっている。俺は小さく息を吐き、ティアとの会話を打ち切った。
いつまでもベッドの上で口喧嘩をしているわけにもいかない。そろそろ起きるか。
布団を押しのけて身体を起こそうとすると、戦いで力を使い果たした影響か、まだ身体に重さが残っていた。上半身を起こすだけでも、普段より動きが鈍い。
それでも、起き上がれないほどではない。
ベッドの端に腰を移して両足を床につけ、ゆっくりと立ち上がる。疲れは残っているものの、足元がふらつくこともなく、歩く分には問題なさそうだ。
……とにかく、様子くらいは見ておくか。
部屋の扉を開け、俺は応接間へと向かった。
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