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転生したら女の子みたいな見た目の男の子になってたけど……平穏なんていうのは無かった  作者: 綾
本編

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26話 決着……そして

 視界がぐにゃりと不自然に歪んだ直後、俺は空間移動の衝撃に身体を揺さぶられた。肺に流れ込んできたのは、カビと埃の混じった冷たく澱んだ空気だった。

 衝撃をこらえながら、俺はすぐさま周囲を見回した。ほとんど光の差し込まない室内には埃が厚く積もり、壁や床も長いこと手入れされていない様子だった。どうやら、ここは使われなくなって久しい廃屋らしい。

 そして、部屋の隅に目を向けた瞬間、俺の思考が止まった。

 部屋の隅に目を向けた瞬間、俺の視線が純花の姿を捉えた。


 キャミソールとショートパンツ姿の彼女は、埃っぽい壁際に追い詰められ、床にへたり込んでいた。

 露わになった肩や腕は細かく震え、涙で濡れた顔には、今にも壊れてしまいそうなほどの恐怖が浮かんでいた。

 その目の前で、下劣な笑みを浮かべて純花を見下ろしていた男。

 あの神威とかいう下衆野郎だった。


「――テメェッ!!」

 頭に血が上った。

 考えるより先に身体が動いていた。空間の裂け目から飛び出した勢いをそのままに、俺は奴の顔面目がけて飛び蹴りを叩き込んだ。

 鈍い衝撃音が廃屋に響き渡る。

 まともに蹴りを食らった神威の身体が横っ飛びに吹き飛び、床の埃を派手に巻き上げながら壁に激突した。

 俺は奴を追うことなく、すぐさま純花のもとへ駆け寄った。床にへたり込んだまま震えている彼女の前に滑り込むように立ち、その身を庇うように仁王立ちする。


 もう大丈夫だ。

 そう声をかけてやりたかったが、今は目の前のクソ野郎から目を離すわけにはいかなかった。

 やがて、床を何度も転がった神威が、埃まみれになりながらも這い上がってきた。

 奴は身体についた汚れを払うと、激しい怒りを宿した目で俺を鋭く睨みつけた。

 手加減したつもりはなかったんだが、あれを食らってピンピンして立ち上がってくるのかよ。

 面倒だな。


 俺の顔を見ると、神威は怒りを滲ませた目で睨み返してきた。

「東雲、純花と一緒に暮らしてるみたいだね。もう容赦はしないよ」

 憎々しげに吐き捨てる神威を、俺は真正面から睨みつけた。

「言わなかったか? 人の女に手を出したら容赦しないって。しかも、こんなにボロボロになるまで泣かせやがって……てめえ、殺すぞ!」


 芯まで冷え切った怒声が、廃屋の闇に響き渡った。

 自分でも驚くほど、頭の芯がどす黒い怒りで沸騰していた。

 年甲斐もないかもしれねえ。だが、目の前で傷つけられ、恐怖に震えながら泣いている純花を見たら、理屈も計算も全部吹き飛んだ。腹の底から突き上げてくるのは、ただ純粋な殺意だけだった。


「何もない所から現れるか。君もやはり転生者か……だが、この世界に転生者は僕一人で十分だ!」

「寝言は寝て言え。……おい、大丈夫か、純花」


 俺は神威から視線を外し、背後にいる純花へ声をかけた。

 キャミソールとショートパンツ姿の彼女は、壁際に身を縮めていた。涙で濡れた顔にはまだ恐怖が残り、俺の視線に気づくと、恥ずかしそうに頬を赤らめた。

「う……うん……でも、見てるのが綾君だと恥ずかしいから……」

「悪いな」

 純花は両腕で身体を隠すように抱きしめ、落ち着かない様子で俺から目を逸らした。

 こんな状況でも、俺に見られるのは恥ずかしいらしい。もっとも、今はそんなことを気にしている場合じゃない。まずはこいつをここから連れ出すのが先だ。


「僕を置いていちゃつくのはやめてほしいな。王子様が来たみたいだけど、ここに結界を張らせてもらったよ。もう君は僕が許可を出さないとここからは出られないよ」

 神威の言葉を聞き流しながら、俺は右手の人差し指にはまった指輪へ思念を送った。

『ティア』

『強固な結界です。解除には少し時間がかかりますね』

「純花」

「はい」

 名前を呼ぶと、純花は不安げな瞳で俺を見上げ、小さく返事をした。まだ震えの残る手で自分の身体を隠そうとする彼女を見て、俺は神威への怒りを押し殺した。

 背後を振り返ることなく、目の前の神威を冷徹に睨み据えたまま、俺は純花を安心させるように言葉を続けた。


「そこに居ろ」

「え……うん」

 突然の状況に戸惑いながらも、純花は俺の言葉を信じてくれたようだった。こくりと頷くと、それ以上は何も言わず、その場で身を縮める。


 俺は何もない虚空へ右手を伸ばした。

 空間に裂け目が走り、その向こうから静かに現れた日本刀の柄を力強く握り締める。愛刀の夕姫を抜き放つと、白刃が一瞬、薄暗い室内で鋭く光った。

 次の瞬間には、俺は刀を鞘へと戻し、深く収めていた。

 神威がこちらを向き、動き出そうとした、その刹那。

 俺の姿が音もなくその場から掻き消えた。

 次の瞬間、神威の眼前に肉薄した俺は、目にも留まらぬ速さで神速の居合を放った。一刀両断を繰り出した俺の姿は残像だけを残し、瞬く間に元の位置へと戻っていた。

 だが……神威は平然と立っていた。


「すごいスピードだ。それが君の奥義かい?」

 マジかよ。

 一刀両断が、まったく効いていないだと?

 一撃離脱を前提とした必殺の一撃。本来なら相手の防御結界ごと肉体を叩き斬り、致命傷を与えて、そのままぶっ倒すための技だ。二撃目など必要ないと自負していた。それなのに、奴の見えない防御に阻まれ、傷一つつけられなかったというのか。

 ティアとの訓練で身につけた技が、まるで通用しない。その事実に、俺は焦りを感じていた。

 ふざけやがって。冗談じゃねえぞ。


「驚いているようだね。僕は覇王の鎧をまとっているんだよ」

『覇王の鎧とは、少々厄介ですね』

 ティアの声が頭の中に響いた。どうやら、こいつは覇王の鎧について何か知っているらしい。

『どういう効果なんだ』

『ある世界では、鎧ではなく鞘として伝わっているものです。装備者をあらゆる攻撃から守り、ほぼすべての攻撃を無効化するとされています』

『そりゃ厄介だな』


「これを聞けば、君がどんなお間抜けでも理解できただろう。僕の魔力は最強さ。君の絶対精神防御や、さっきの呪文や攻撃には驚かされたけれど、あれが君の最強の技なんだろ? なら、この防御がある限り、君に勝ち目はないよ」


「面倒くせえな!」


 さて、奴の言う通り、確かにあれが俺の最強の技なんだよな。どうしようか。ちょっと困ったな。

 内心では焦りを感じていたが、俺はそれを表に出さず、神威に向かってフッと笑ってみせた。


「その余裕が気に入らない。そんな余裕は、最強の僕だけが持っていればいいんだ」


 神威を正面から睨み据えたまま、俺は一歩も退かなかった。いつでも次の攻撃に移れるよう、全身の神経を限界まで研ぎ澄ませながら、背後にいる純花へ低く短い声で呼びかけた。

 その直後、神威のオッドアイが怪しく昏い光を放った。

 だが、俺には何の変調も感じられなかった。身体にも、意識にも、何ひとつ異常はない。

 奴はいったい何をしたんだ?

 眉をひそめた、その瞬間だった。

 背後から純花の小さな身体がものすごい力で俺の背中に抱きついてきた。直後、首筋に皮膚を切り裂かれるような激痛が走った。

 熱い血が、急速に身体の外へ流れ出していく。

 間違いない。血を吸われている。


 視線だけを動かして真横を窺(うかが)うと、純花が俺の首筋に鋭い牙を深く突き立て、貪るように血を吸い上げていた。その瞳には、どこか艶めかしく、いやらしい光が宿っている。

 しかし、そこに浮かぶ欲望めいた淫らな色は、上辺だけのもののようだった。

 俺と目が合った瞬間、純花の瞳に悲しみが滲んだ。

 今にも張り裂けそうなほどの悲しみを浮かべ、涙をぼろぼろとこぼしながら、それでも彼女は必死に俺の血を吸い続けていた。


「純花、気にするな」

 首筋を抉(えぐ)るような痛みに耐えながら、俺は自由になる手を背後へ回し、純花の頭を優しく撫でた。血を吸われ続けている状況でも、せめて彼女が自分を責めずに済むように、俺は静かにそう告げた。


「そんな目に遭っても、まだ余裕を崩さないんだね。驚いたな。彼女は天魔の一族、人間とは根本から違う。途方もなく長命な生き物なんだよ。君はそれを知っていたかい?」


 どうやら目の前の下衆野郎は、得意げに演説を始めるつもりらしい。

 純花の呪縛をどう解くか、どうやって時間を稼ぐかと内心で必死に考えていたところだ。こいつが勝手に喋ってくれるのなら、むしろ好都合だった。


 首筋の痛みに顔をしかめながら、俺は横目で背後の純花を見た。

 血を吸い続ける彼女の顔には、傷つけていることへの申し訳なさが浮かんでいた。けれど、その一方で、まるで男を惑わす娼婦のような、ひどく艶めかしい雰囲気を全身から漂わせていた。

 いくら精神年齢が高めだとしても、色気づくにはいくら何でも早すぎるだろうが。


「僕がどうして、あんなまどろっこしいやり方で時間をかけていたと思ってるんだい?」

 神威は両手を大げさに広げ、哀れむような芝居がかった笑みを浮かべた。

「僕はね、これでも平和主義でね。まずはこの学校のクラスにいる女性も男性も、そのすべてを手に入れたかったのさ。沙樹やシエラにも、僕の力を効かせること自体は最初から簡単にできたんだけどね」


 首筋に牙を突き立てられたまま、俺は奴の言葉を冷ややかに聞き流していた。背中越しに伝わる純花の必死な息遣いを感じながら、どうすればこの状況を切り抜けられるか、それだけを考え続ける。

「だけど、精神的な抵抗力が弱い人間に強く効かせすぎると、脳が耐えきれずに精神が壊れてしまう可能性もある。純花も含めて、あの三人は確かに意志が強い。でも、クラス全員がそうとは限らない。人間という生き物には個人差があるんだから、仕方がないだろう?」

 神威は目を細め、出来の悪い子供に言い聞かせるような、気色の悪い薄笑いを浮かべた。

「まだ肉体も精神も成熟しきっていない段階で、おもちゃが壊れてしまったら元も子もないからね。だから、最初はわざと効果を弱くして、少しずつ馴染ませていたんだけど」


 長々と語られる独白を聞きながら、俺は内心で冷ややかに納得した。

 なるほどな。純花にしても、沙樹やシエラにしても、あいつらは精神年齢が高い。だから、こいつの術に簡単には屈しなかったわけか。

 その一方で、クラスの連中は全員、あっさりと奴の言いなりになっていた。普通の小学生じゃ、こんなものに抵抗するのは難しいだろう。


 それにしても、わからねえな。

 必死になって人を魅了し、洗脳したところで、後々面倒なことになるだけだと思うんだが。

 何もかも自分の支配下に置きたいという人間の気持ちだけは、さっぱり理解できない。

 綺麗な女をどうにかしたいという、男としての欲求ならわかる。だが、自分の意志を持たず、人形みたいに言いなりになる女ばかりを周りにはべらせて、一体何が楽しいんだ?

 普段はわがままかもしれないし、自分の思い通りにならなくて手がかかることだってある。

 だからこそ、ベッドで二人きりになったとき、ふっと素直になる瞬間がたまらなく可愛いんだろうが。


 こいつとは、多分一生考え方が合わないんだろうな。

 そんなことより、俺一人ではいい方法が思いつかない。ここはティアに助言を求めるとするか。


『ティア、あのバカの防御を壊すことは可能か?』

『不可能ではありません。あなたもご存知だと思いますが、絶対防御でない限り、それを上回る力があれば破壊できます』


 脳内に響くティアの声は、いつも通り冷静だった。

 だが、背後の純花に血を吸われ続けているせいで、俺の意識は少しずつ薄れ始めていた。


『あなたがこの世界に来る際に望んだ力は無限大です。ただし、今のあなたでは完全に制御しきれません。それ相応の代償を支払うことになりますが、よろしいですか?』


 代償か。

 首筋を走る激痛に耐えながら、俺はかすみ始めた視界の先にいる神威を睨みつけた。

『純花は助かるのか?』

『大丈夫です。代償を支払うのは、あなた自身ですから』

『ならいい。どうせ二度も死んでるんだ。こいつをかばって死ぬのも悪くはない。どうすればいい?』


 ガキを見捨てて生き延びるなんて、俺の趣味じゃない。

 おっさんの俺なんかより、こいつらが生き残った方がはるかにましだ。

 なら、賭けてやるよ。この命を。


『あなたが持っている神刀夕姫に魔力を込め、全力で一刀両断を放ってください』

『全力全開でぶった切ればいいんだな』

『はい。アクセル全開です』


 単純明快でわかりやすい。今は面倒な説明を聞くより、そっちの方がよっぽど助かる。

 背後から純花に必死に抱きつかれたまま、俺は低く身を沈めて居合の構えを取った。そして、己の全魔力と闘気を一気に愛刀へと注ぎ込む。

 純花に血を吸われすぎたせいで、脳を揺さぶられるような強烈なめまいが次々と襲ってきた。それでも、俺にはそんなものを気にしている余裕などなかった。


 純花、シエラ、沙樹。

 短い間だったが、お前たちと過ごした時間は最高に楽しかったよ。

 俺は残された力のすべてを振り絞り、魂ごと叩きつけるように大きく一歩を踏み込んだ。

 そして、神威の傲慢な防壁ごとすべてを切り裂くべく、愛刀を全力で振り抜いた。


『殺界』


 俺の渾身の一撃は神威の結界を文字通り粉砕し、奴を覆っていた傲慢な防壁までも完全に破壊した。

 その直後、身体からあらゆる力が一気に抜け落ちていくような感覚に襲われた。

 血も、魔力も、生きるための力も、そのすべてを根こそぎ毟り取られたようだった。

 俺は前のめりに倒れ込み、冷たい床に激突する寸前、誰かの小さな身体にしっかりと抱き止められた。

 ふわりと漂ってきたこの匂いは、純花か。


「ごめんなさい……ごめんなさい……!」


 涙に濡れた純花のかすれ声が、途切れかけた意識の向こうから悲痛に響いてくる。

 まだ、こいつの声が聞こえる。

 なら、かろうじて意識は繋がっているらしい。

 大丈夫だ。心配するな。俺はまだ死んじゃいねえよ。


「無事、か……」

「う……うん」

 今にも消え入りそうな声で問いかけると、純花は俺の身体を抱きしめたまま、何度も激しく頷いた。

「や……奴は、どうなった」

「完全に、倒れてるよ……っ」

「そうか……」


 それを聞いて、俺はようやく安堵した。

 そのときだった。

 倉庫の奥から、静かに扉が開く音が聞こえてきた。

 同時に、張り詰めていた空気がほどけるような、圧倒的な安心感が全身を包み込んだ。

 ああ、この感覚は……。

 これで、もう大丈夫だ。


『ティア、最後にお願いがある』

『了解です』

『助かった。もうこれで、本当に空っぽだ』

『彼の封印、完了しました』

 脳内に響いたティアの慈しむような声を最後に、俺は今度こそ、深く果てのない暗闇へと意識を手放した。

「転生したら女の子みたいな見た目の男の子になってたけど……平穏なんていうのは無かった」をお楽しみいただけましたか?


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