↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら女の子みたいな見た目の男の子になってたけど……平穏なんていうのは無かった  作者: 綾
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/31

28話 宿賃は膝枕で ~騒がしくも平和な日常~ (1部完結)

 応接間には、瑠奈と星宮、そして二人のメイドがいた。窓から差し込む午後の光が、磨かれた床に柔らかく伸びている。紅茶の香りが漂っているのに、誰も口をつけていないらしい。空気がどこか張りつめていた。


「おはよう。起きたの?」

 俺に気づいた瑠奈が、はっと顔を上げた。

「迷惑かけたな、瑠奈さん」

「迷惑をかけたのはこっちでしょ」

 瑠奈は悲しそうに眉を下げ、膝の上で指をぎゅっと握りしめた。

「純花は」

「えっと……」

 口ごもる瑠奈を見て、そういう反応になるわな、と思う。

 俺は今起きてここに来たばかりだ。せっかく助けたのに妹が目を覚まさないと知れば、俺も落ち込むかもしれない。そう気遣っているのだろう。だが、こういうことは後になるほど言い辛くなる。同じ屋根の下で暮らしている以上、どうせすぐにばれる。


「状況は知ってる。純花のところに連れていけ」

「わかったけど、もう少し年長者を敬った方がいいと思うな」

 一応それなりの態度は取っているつもりだが、そんなくだらないことで問答するのも面倒だ。俺は瑠奈を無視して、出来るOL風の星宮に声をかけた。

「星宮、純花は部屋なんだな」

 どうせ自室だろうと見当はついている。教えてくれなければ突入するだけだ。

「はぁ……部屋よ」

 星宮はピンクの髪をかき上げ、ため息まじりに答えた。疲れの滲む目元に、この数日の心配が見て取れる。

 俺は頷いて、廊下へ出た。まだ重さの残る身体を引きずるように、純花の部屋へ向かう。足を踏み出すたび、戦いの余韻が筋肉の奥でじんと疼いた。


 部屋の前には、小柄な影が立ちはだかっていた。

「純花ちゃんに何の用があるのです。今はぐっすり眠っているのです。無断で乙女の部屋に……」

 純花専属のメイド、リルだった。両手を広げ、小さな身体で精一杯に扉を守っている。その必死さは、正直なところ嫌いじゃない。

 だが、今は付き合っている暇はない。

「邪魔だ!」

 俺はリルを押しのけ、扉を開けて部屋に入った。

「あっ、ちょっと、待つのです!」


 初めて入る純花の部屋は、きちんと整頓されていた。紫を基調にした壁紙とカーテン、窓辺に並ぶ小さな鉢植え、本棚には背表紙の揃った本。落ち着いた静けさの中に、ほのかに甘い香りが漂っている。

 部屋の中央には、一人で寝るには大きすぎるクイーンサイズのベッドがあった。その真ん中で、純花は淡い藤色のネグリジェを着て、小さな寝息を立てている。袖口と裾にはささやかなレースがあしらわれ、枕元には読みかけの本が伏せてあった。やけに穏やかな顔で、すやすやと眠ってやがる。

 振り返ると、扉の外にやじ馬が集まっていた。俺は扉をぶっきらぼうに閉め、力ある言葉を発する。


『魔錠の鍵(ウィザード・ロック)』

 魔力が指先から扉へと流れ込み、かちり、と見えない錠が下りる感触があった。これで、解錠の呪文を唱えない限り開かない。

『ティア』

『了解しました』


 さっきまでバカみたいなやり取りをしていたくせに、やるべきことはきっちりやってくれる。そこは本当に助かる。

 ティアに聞くと、血を吸う行為により、色欲が解放されるらしい。

 小学三年から色欲が出るのは、早すぎるし大変だろう?

 女は成長が早いから、もうこの年で一人でやるのか?

 もう少しだけ子供の時間でもいいだろう。

 子供の時間は思ったよりも短い。

 それにしても俺は成長が止まるか遅くなるのに、お前は成熟するのかよ。

 何の冗談だと言いたくもなってくる。

 

 もう少しだけ、子供の時間を楽しみな。

 俺は、もう一度力ある言葉を発した。

『忘却(フォーゲット)』

 淡い光が純花の額に溶けていく。消すのは、俺の血を吸った記憶だ。

 しばらく待ってみたが、まぶたは動かない。記憶を消せば目を覚ますかと思ったんだがな。仕方ない。


「純花、いつまで寝てるんだ。別にお前のせいでも何でもない。実際、遅かれ早かれあいつとは決着をつけなきゃならなかった。全部俺が決めたことだ。勝手にてめえが責任感じるんじゃねえよ」


 語りかけても、返ってくるのは静かな寝息だけだ。面倒な女だ。

『綾様。こういう時に起こす方法を知っております』

『物知りだな。一応聞いてやるよ』

 このやり取りの空気感は、絶対にろくなことを言わねえやつだ。

『眠れるお姫様は、王子様のキスで目を覚ますものです。古今東西の物語の定石ですよ』

『最近は強い女を出せってことで、その定石は過去の遺物になりつつあるぞ。女性を弱く見せるのは男女差別、だったか?』


 バカなやり取りはやめて、もう少し語りかけてみるか。

 それでもダメなら、ティアの力を借りて純花の精神に入り込むしかない。だが、あまりやりたくはない。古典的かもしれねえが、このやり方で行くしかないな。


「俺が寝てる間にショックで寝込むなんて、そっちの方がよっぽど迷惑だ。お前が起きなきゃ、寝心地のいい膝枕で寝られねえだろうが。悪いと思うなら、さっさと起きやがれ」

「ん~っ、膝枕が目的で起こされるのは、ちょっとひどいと思うんだけどな」

 ベッドの上から、くぐもった声が聞こえた。

「俺より寝てたやつに言われたくねえよ!」

 純花はゆっくりと身体を起こすと、安心したように目を細め、そのまま俺にしがみついてきた。小さな肩が、かすかに震えている。


 純花はベッドから起きだして俺に抱き付いてきた。

「当たってるぞ!」

 この年代なのに出るところが出ているから本当に成熟しすぎだ。バカ。

「もぅ、そういうのはスルーするんだよ。言われたら恥ずかしくなるし」

「マセすぎだ。ガキに手を出すつもりは全くねえ」

「子供じゃないよ。少女だよ」

「同じことだ。十年早ええよ」

 そう言いながら、俺は軽く純花の頭をなでてやった。

「捕まってごめんなさい。でも、呼べば来てくれるって信じてたよ」

「あぁ、トラブったら呼べって言ったしな」

「うん。来てくれて、ありがとう」

「宿賃だ。気にするな」


 それにしても、宿賃が命だの成長だのとは、とんだぼったくり料金だ。まあ、世間に言えば「美少女の膝枕の代金なら安すぎる」と言われそうだがな。


「くすっ、ありがとう」

 そう言って、純花は涙の残る目で笑い、俺の頬にちゅっと口づけて離れた。

「私の初めてだよ」

「ませるな。十年早ええよ」

 頬へのキスなんて、数のうちにも入らんだろう。……入らんはずだ。

「同い年だよ。だから良いの」

「まったく。みんなが心配してるぞ」

 俺は頭を掻きながら、わざと視線を窓の外へそらした。

「うん、本当にありがとう」

「何度も聞いた。早く行け。みんな心配してる」

 純花は俺から離れてベッドを降り、扉へ向かった。取っ手に手をかけたが、がちゃりと音がするだけで、開かなかった。

「どうした、そんなところで立ち止まって」

「開かないんだけど」

 すっかり忘れていた。邪魔だから魔錠をかけていたんだったな。

「悪い。今解く」

『解除(ディスペル)』

 扉の表面を走っていた魔力の気配が、すっと消える。

 よく考えたら、魔錠の鍵(ウィザード・ロック)ではなく、ただの閉門(ロック)で十分だった。解呪の手間が増えただけだ。


「もう」

 純花は笑いながら扉を開けた。廊下には、もうやじ馬の姿はない。全員リビングで待っているようだ。

「待て」

「どうしたの?」

「お前、そのまま行くのか?」

 純花は、ネグリジェ姿のままだった。自分の格好に気づいたらしく、耳の先までみるみる赤くなる。

「ち、ちょっと着替えてくるね!」

 慌てて部屋の奥へ戻る純花に背を向け、俺は先に廊下へ出た。

 廊下を歩きながら、小さく息を吐く。これで一件落着か。


『綾様、これでもまだ、人間関係は不要だと?』

『利害の一致と幻想だな』

『ですが、あなたが思っていた通り、命を落とす可能性もあったのに、身を挺(てい)して助けたではありませんか』

『ここに泊まった料金だ。本当に命が代償とは、ぼったくりな宿だな』

『純花さんのことは?』

『膝枕の代金を払っただけだ。少女の膝枕は金じゃ買えないらしいからな』

『意地っ張りですね。そういうことにしておきますよ』

『誰かとくっつけようとしてるみたいだが、ほかを当たれ。俺じゃなくても、あいつらは十分いい女だ。売れ残る心配はないだろうよ』

『それこそ、ずいぶん先の話ですよ』


 ティアとのやり取りを終えた頃、着替えを済ませた純花が部屋から出てきた。

「早く元気なところを見せてやれ」

 苦情が来る前にそう言って、下へ行くよう促す。

 純花は恨みがましく俺を見たが、みんなのことも気になるのだろう、そのまま階段を降りていった。

 やがて、リビングの方から、祝福するような歓声がここまで聞こえてきた。やけに人数が多い。客が来ているらしい。

「あや~、早く下に降りてきなさいよ」

 この声はシエラか。相変わらずうるさいやつだ。どうやら、純花の見舞いに来たらしい。

『嬉しそうですね』

『うるせえだけだ』

 この家の住人でもないシエラに、なぜ降りて来いと言われなきゃならないんだ。そう思いつつ、女だらけの家だ、これくらい騒がしい方がいいのかもしれないとも思った。


 面倒くさそうな顔を作ってリビングへ入ると、住人以外に、シエラ、沙樹、刹那が来ていた。

 窓から差す光の中、テーブルには焼き菓子と湯気の立つ紅茶が並び、さっきまでの張りつめた空気が嘘のように、柔らかな笑い声が満ちている。

 自分の席に着くと、純花が俺にお茶を淹れ、そのまま隣に自然に座った。それだけで、シエラに散々からかわれてしまった。

「あやったら、顔赤いわよ~?」

「赤くない」

 瑠奈は口元を押さえて笑いをこらえ、星宮は呆れたように肩をすくめている。沙樹と寡黙な刹那まで、くすくすと笑っていた。

 周囲の笑い声に耳を傾けながら、俺は湯気の立つ茶に口をつけた。


 おやっさんの言う「人を害する剣ではなく、護る盾になれ」の意味は、まだ分からない。

 それでも、目の前でこいつらが笑っている。それが答えの一つだというのなら、悪くない。


『綾様、顔が緩んでいますよ』

『……うるせえ』

 誰にも見られないよう、茶で口元を隠す。

 騒がしくも平和な日常。この日々が、いつまで続くのかは分からない。

 それでも今は、こいつらとの出会いが無駄ではなかったと、そう思ってもいいのかもしれない。

「転生したら女の子みたいな見た目の男の子になってたけど……平穏なんていうのは無かった」をお楽しみいただけましたか?


もし「続きが気になる」「応援したい」と感じていただけましたら、ぜひブックマーク登録と、ページ下部にある【評価する】ボタンから評価ポイントをいただけると、とても励みになります!


皆さんの応援が、次の話の執筆を進める力になりますので、どうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。