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転生したら女の子みたいな見た目の男の子になってたけど……平穏なんていうのは無かった  作者: 綾
本編

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2話 謎の白い探偵

 俺の前に、白い大男が立ちはだかっていた。

 先ほどまでの俺なら、こんな男を相手にしたところで何もできなかっただろう。

 けれど、今は違う。

 前世の記憶も、死んだときの夢だと思っていた会話もすべてを思い出した。


 それなら、この男を相手にしたらどうなる?

 そんなことをふと考える。

 目の前にいるのは、複数人の大人を圧倒的な力で無力化した男だ。

 対する俺は、小学生程度の身体しかない。

 どれぐらいのことが出来るのか今の俺には把握できなかった。

 流石にこの身体ではどうにもならないだろう。

 さて、どうしたものか。

 そんなことを考えていたときだった。


 白い男が、俺へ声をかけてきた。

 低い声なのに、不思議と怖さを感じない。

 むしろ、張り詰めていた俺の身体から、ほんの少しだけ力が抜けるような声だった。

「大丈夫か、嬢ちゃん」

 低く、よく通る声だった。

「眼は確か? 俺は男だ!」

「そうか、すまないな。……だが、言い返せるなら大丈夫そうだな」

「助かった」

 ようやくまともに呼吸ができるようになり、俺は目の前に立つ男を改めて見上げた。


 警察にしては、やけに派手な白いスーツに白い帽子。

 薄汚れた部屋の中では、その姿だけが妙に浮いて見える。

 いったい、何者なんだ?


「名は?」

「綾」

 苗字は知らない。

 買われたときに付けられた源氏名なのかもしれないが、少なくとも俺は、『綾』と呼ばれていた。


「綾か……良い名だ」

「女性名だけどね。おじさんは?」

 俺は探るように、名前を聞いてみた。

「おじさんか。そんな歳はいってないつもりだったんだがな……。俺は不破英次。探偵だ」

「探偵さんか。俺をどうするつもり?」

「どうもしないさ」


 不破は、あっさりとそう答えた。

 その瞬間だった。

 俺は足元に落ちていた重たい置時計を掴むと、彼へ向けて容赦なく投げつけた。

 探偵は避ける素振りも見せず、ただ真っ直ぐに俺を見ている。

 置時計は不破の身体を紙一重で避け、その背後で起き上がろうとしていた男の顔面へ勢いよく叩き込まれた。

 ただ、真っ直ぐに俺を見ている。

「ぐっ……」

 男は短く呻くと、そのまま床へ崩れ落ちた。

 完全に気絶したらしい。

 それにしても、目の前で置時計を投げられたというのに、驚く素振りすら見せないとは。

 すごい胆力だと思う。


「助かった、坊主」

「綾だって言っただろ、おやっさん」

 自分でも変な呼び方だとは思う。

 けれど、なぜかこの人には「おやっさん」という呼び方がしっくりきた。


 それにしても、改めて自分の身体を見ると嫌になる。

 女みたいな、か細い身体。

 年齢は、たしか九歳だったな。身長も百二十センチほどしかない。

 腕も脚も細く、少し力を入れただけで折れてしまいそうなくらい頼りない。

 ろくに食事を与えられていなかったのだろう。鏡なんて見なくても、自分が栄養不足なのは分かる。

 親もいない。

 前世の知識が残っている今なら、生きていく方法そのものは、いくらでも考えられるのかもしれない。

 けれど、知識があることと、それを実際に使えることは別だ。

 今の俺は、戸籍すらない小さな子ども。

 この身体では、自分ひとりで生活することなんてできない。

 さて、どうしたものか。

 そんなことを考えていると、不破さんが俺へ声をかけてきた。


「綾、これからどうするつもりだ」

「小学生だし、戸籍もない。孤児院みたいなところに厄介になるしかないでしょ」

「お前がそれでいいのなら、だが……」

「何?」

 不破さんは少し考えるように黙ってから、懐から煙草を取り出した。

 慣れた手つきで一本を咥え、火をつける。

 白い煙がゆっくりと立ち上り、その向こうから不破さんが俺を見る。

「知り合いにな、子供ができない夫婦がいるんだが」

「人柄は?」

「保証する。良い人たちだぞ」

「劣悪な施設に行くよりはマシか。……その夫婦、ペドとかじゃないよね」

「安心しろ。まともな人間だ」


 それもそうか。

 こんな昭和時代から出てきたような、ハードボイルドな探偵みたいな男だ。

 自分の知り合いに、そんな変態を紹介するとも思えない。

 少なくとも、今のところは信用してもいいのかもしれない。


「おやっさんは?」

「おやっさんで決定なのか?」

「……ダメだったか?」

 不破は、一瞬だけ目を丸くすると、小さく、愉快そうに笑った。

「綾の好きなように呼べ。俺は危険とともに生きてるからな。子供を養える場所としては不向きだ。たまになら、事務所に遊びに来い」

「その人の名前は?」

「東雲(しののめ)隆行さんと、栞さんだ。彼女は、月夜野(つきのよ)栞と言った方が分かりやすいか?」


「月夜野……栞?」

 その名前を聞いた瞬間、脳裏に記憶が引っかかった。

 そう言えばそんな芸能人が居たよな。

「あの、数年前に大人気だったアイドルやってた……」

「あぁ」

 やっぱりそうか。

 月夜野栞。

 数年前まで大人気だったアイドルだ。

 確か、結婚と同時に電撃引退したはずだ。

「それ、本人たちは了承済みなの?」

「今から話に行くところだ」

「は?」

 思わず聞き返してしまった。

 何でそんな大事な話を先方の方に了解取る方が先だろう?

「俺に聞くより、まず先方の了承を得ないとダメだろ?」

「こういうのは大人の事情より、まず子供の意志を聞く方が先だ」

「……それは、まあ」

 言われてみれば、確かにそうなのかもしれない。

 本当にそうなのか?

 俺も子供を育てたことがないからよくはわからないが。

 それにしても俺がどうしたいのか。

 そこを無視して話を進められるよりは、ずっといい。


 不破は、そんな俺の反応を見ながら、安心させるように手を伸ばしてきた。

 そのまま俺の頭を撫でようとした、その瞬間だった。

「――っ!」

 ゾクッ、と身体の奥を冷たいものが走った。

 頭で考えるより先に、身体が動いていた。

 俺は伸ばされた手を反射的にかわし、その勢いを利用して身体を捻る。

 次の瞬間には、彼の顎を狙って鋭いハイキックを放っていた。

 小さな身体から繰り出したとは思えないほど、迷いのない蹴りだった。

 けれど、不破は、それを予測していたかのように、首をわずかに傾ける。

 俺の足先が、紙一重で顎をかすめた。


「良い蹴りだ! 急に触ろうとしてすまなかったな」

 不破は、驚いた様子もなく、むしろ豪快に笑った。

 俺は蹴りを放った姿勢のまま固まる。

「……え?」

 今、俺は何をした?

 自分でも理解できなかった。

 ただ、触られると思った瞬間、身体が勝手に動いた。

 

 俺は、まだ小学生だ。

 だから、最悪の領域まで踏み込まれていたわけではない。

 それでも、それ以外のことは何度もされてきた。

 あいつらのような汚い連中に、嫌だと訴えても聞き入れてもらえず、無理やり奉仕させられていた。

 逃げようとしても捕まえられた。

 泣いても、抵抗しても、止めてもらえなかった。

 その記憶は、前世の記憶が戻った今も消えていない。

 今までの記憶は全てある。

 触れられる。

 そう認識した瞬間、自分を守るために身体が勝手に動いた。

 

 彼は、それを理解しているのだろう。

 だからこそ、今の凶暴な蹴りを気にする様子もなく、ただ笑っている。

 俺はゆっくりと足を下ろした。


 そして、それから一か月。

 俺は不破に保護され、その間に、おやっさんの人脈のおかげで複雑な手続きはすべて済んだ。

 正式な養子縁組も決まり、俺は東雲夫婦の家の子になることになった。

 東雲。

 それが、新しい俺の苗字だ。

 ちょうど東雲夫婦は仕事でアメリカにいるらしく、帰国してから初めて顔を合わせる予定になっている。

 ただ、完全に初対面というわけではない。

 事前に奥さんの栞さんとはビデオチャットで何度も話をしていた。

 画面越しに向けられる栞さんの優しい笑顔を見ていると、不思議と警戒する気持ちが薄れていった。

 この人たちなら大丈夫だ。

 根拠なんて、まだ何もない。

 それでも俺は、直感的にそう確信していた。

「転生したら女の子みたいな見た目の男の子になってたけど……」をお楽しみいただけましたか?


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