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転生したら女の子みたいな見た目の男の子になってたけど……平穏なんていうのは無かった  作者: 綾
本編

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1話 始まり

 僕は、ここで死ぬのかな。

 そんな考えが、ぼんやりと頭に浮かんだ。

 床に押しつけられた背中には、冷たい感触が張りついている。

 まともに身体を動かすこともできず、視界には薄暗い天井しか映らない。


 苦しい。

 けれど、不思議なくらい恐怖はなかった。

 ――その方が、いっそ楽だ。

 死んだほうが、何倍もマシだ。

 そう思ってしまうほど、僕は自分の人生に疲れ切っていた。

 自分のこの容姿が、心の底から憎かった。

 女の子と見紛うような、華奢な身体。

 細い手足に、頼りないほど小さな肩。

 そして、光を吸い込んだように忌々しく輝く、長い銀髪。

 鏡を見るたびに思う。

 どうして僕は、こんな姿に生まれてしまったんだ。

 この顔も、この身体も、この髪も。

 すべてが嫌だった。

 抵抗する気力さえ奪ってしまう、呪いのような美しさ。

 僕には、親がいない。

 僕を守ってくれる人もいない。

 ここにいるのは、僕を人間として扱わない変態な大人たちだけだった。


 檻の中で飼い慣らされる人形。

 それが僕のすべてだった。

 鼻を突く、不快なアルコール臭がする。

 むせ返るような臭いに、吐き気が込み上げてくる。

 どうしてアイツらは、あんなに嬉しそうな顔をするんだ。

 どうして、僕に女物の服を着せることを、あんなにも楽しそうにするんだ。

 何度嫌だと言っても意味なんてなかった。

 逃げようとしても無駄だった。

 助けを求めても、誰も来なかった。

 僕の身体は、僕のものなのに。

 アイツらは、そんな当たり前のことすら認めてくれなかった。

 嫌がっても、泣いても、やめてくれない。

 自分たちの欲望を満たすためだけに、僕の身体を好き勝手に扱っていく。

 何度そうされたのか、もう覚えていない。

 ――もう、何人の手を渡ってきたのかなんて、数えたくもない。

 思い出したくもない。


 今も、僕の上には僕のご主人様がいる。

 巨体で身体を押さえつけながら、歪んだ笑みを浮かべている。

 その両手が、僕の首へと食い込んでいた。


「……っ」


 息ができない。

 喉が締めつけられる。

 指が肉に食い込み、気道が潰されていく。

 肺が空気を求めて激しく動く。

 苦しい。

 でも、もう抵抗する気力なんて残っていなかった。

 身体から力が抜けていく。

 視界が少しずつ暗くなっていく。

 ――やっと……死ねるんだ。

 そう思った。

 これで終わる。

 もう、何も考えなくていい。

 もう、誰かに触れられることもない。

 もう、この身体を憎み続ける必要もない。

 そう思っていたはずなのに。

 喉が潰れ、酸素が途絶えていく。

 頭の奥が熱い。

 耳鳴りがする。

 視界の端から、黒いものが滲むように広がっていく。


「……く、る……しい……」


 声にならない声が漏れた。

 苦しい。

 くる、しい……よ。

 死んでもいい。

 消えてしまいたい。

 ずっと、そう思っていたはずなのに。

 なのに――。

 胸の奥から、別の感情が湧き上がってきた。

 ――嫌だ。

 心臓が、強く跳ねる。

 ――やっぱり、生きたい。

 なんで。

 どうして今になって。

 死にたかったはずなのに。

 こんな人生なんて、いらないと思っていたはずなのに。

 それでも、生きたい。

 生きていたい。

 その感情だけが、身体の奥底から猛烈な勢いで込み上げてくる。

 脳へ送られる酸素が底をつき、思考が崩れていく。

 視界が真っ白に染まる。

 音が遠ざかる。

 身体の感覚さえ消えていく。

 そして――。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああっ――!」


 絶叫が、喉の奥から弾け飛んだ。

 その瞬間。

 何かが、変わった。

 いや。

 違う。

 これは、何かが変わったんじゃない。

 思い出しているんだ。

 頭の奥で、何かが猛烈な勢いで繋がっていく。

 知らないはずの光景。

 知らないはずの声。

 知らないはずの人生。

 それらが、次々と脳裏へ流れ込んでくる。

 僕が、僕という抜け殻じゃなくなっていく。

 バラバラだった何かが、ひとつに戻っていく。

 忘れていた。

 ずっと、奪われていた。

 僕の中にあったはずのものが、すべて。

 名前も。

 記憶も。

 過去も。

 そして――本当の自分も。

 ――奪われていた全部が、今、戻ってくる。

 その、最中だった。

 首を絞めつけていた男の腕が、突然、僕の視界から消えた。

「……え?」

 何が起きたのか分からない。

 首に食い込んでいた指の感触がなくなり、押さえつけられていた身体が急に軽くなる。

 僕は激しく咳き込みながら、滲んだ視界を必死に動かした。

 すると――。

 目の前にいた男の巨体が、まるで見えない何かに殴り飛ばされたような勢いで、真後ろへ吹き飛んでいった。


「がっ……!?」


 男の身体が宙へ浮く。

 さっきまで僕の上に跨がっていた巨体が、何の抵抗もできないまま、まるで玩具のように宙を舞っていた。

 僕には、その光景が現実のものとは思えなかった。

 男の身体が床へ叩きつけられる。

 ――ドガッ!!

 勢いは、それだけでは止まらない。

 床を何度も転がり、身体を強く打ちつけながら、壁へ向かって滑っていく。


「な、に……?」


 僕の声が震える。

 そして――。

 ――ゴンッ!!

 別の男の身体が壁へ激突した。

 鈍く重たい衝撃音が響き、部屋の空気まで震えたような気がした。

 そのまま男は床へ崩れ落ちる。

 それ以上動かなかった。


「……な、に……?」


 呆然としたまま顔を上げる。

 そこで、僕の視界の端に何かが滑り込んできた。

 場違いなほど白い影。

 白のスーツ。

 白の帽子。

 靴まで白い。

 まるで、この薄汚れた部屋そのものを拒絶するかのような純白だった。


 その男は、僕へ視線を向けることすらしない。

 何かを低く呟いている。

 けれど、僕にはその言葉が聞き取れなかった。

 ただ――。

 次の瞬間。

 男の姿が、また僕の視界から消えた。

 ――ドォンッ!!

 轟音が響いた。


「ぐ、がぁっ!?」

 男の悲鳴が上がった。

 僕の目の前で、白い男の拳が別の男の腹へ深々と突き刺さっている。

「な……っ」

 何をしたのか理解するより早く、拳に押し込まれた男の身体が大きく折れ曲がった。

 そのまま白い男が腕を振り抜く。

 男の身体が床から浮き上がり、勢いのまま後ろへ吹き飛んでいった。


「う、うわぁっ!?」


 僕のすぐ横を巨体が通り過ぎる。

 そのまま床へ叩きつけられ、ゴロゴロと転がっていく。

 ――ドガッ!

 最後は壁へ激突した。

 鈍い音とともに男の身体が床へ崩れ落ちる。


「……なに、これ……」


 目の前で起きたことが、まるで理解できなかった。

 けれど、白い男はそんな僕を気にする様子もなく、もう次の男へ向かっている。

 速い。

 そう思った瞬間には、もう目の前だった。

「ま、待て――」

 男が後ずさる。

 けれど逃げるより先に、白い男の拳がその顔面へ叩き込まれた。

 ――ドゴッ!!

 頭が跳ね上がり、身体ごと後ろへ吹き飛ぶ。

 そのまま壁に背中から叩きつけられ、ずるずると床へ落ちていった。


「ひっ……!」


 僕の喉から、引きつった声が漏れる。

 怖い。

 目の前で起きていることが怖い。

 なのに――僕を襲っていた男たちは、誰一人として白い男を止められない。

 白い男は、止まらなかった。

 僕を助けてくれたのかもしれない。

 もしかしたらこの人が新しいご主人様になるのかもしれない


 そんな状況だから安心なんて出来なかったし、目の前に見える阿鼻叫喚の血の海が僕をどんどん恐怖に染めていった。

 この男は僕が今まで見たこともないような力で、大人たちを次々と叩き潰している。

 それなのに、表情ひとつ変えない。

 まるで、何も特別なことなんてしていないみたいに。

 やがて最後の大人が床へ倒れた。

 部屋が静まり返る。


 僕は荒い呼吸を繰り返しながら、目の前の光景を呆然と見つめていた。

 何が起きたのか分からない。

 分からないのに、どうしても目を逸らせなかった。

 そのときだった。

 頭の奥で、何かが弾けた。

「……っ」

 ズキン、と頭が痛む。

 知らない光景が浮かんだ。

 知らない声が聞こえた。

 いや――知らないんじゃない。

 知っている。

 ずっと忘れていただけだ。

 ひとつ。

 またひとつ。

 バラバラだった記憶が、凄まじい勢いで繋がっていく。

 僕が何者なのか。

 ここへ来る前に何があったのか。

 どうして僕が、この身体で生きているのか。

 全部が、頭の中へ流れ込んでくる。

「……そう、だ」

 自分でも気づかないうちに、声が漏れていた。

 ――そうだ。

 俺は、二度死んだんだ。

 一度目は、あの退屈で、けれど平和だった世界で。

 そして二度目は、たった今。

 死にたくない。

 最後の最後に、そう願った。

 その剥き出しの本能が、俺を死の淵から引き戻した。

 そして――奪われていた記憶まで、全部引きずり出した。

 人形のように怯えていた『僕』は、ここで死んだ。

 そして今。

 前世の記憶を取り戻した『俺』が、ここで目を覚ました。

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