22話 俺の女たちに手を出すな
光風聖母付属小学校か。大層な名前の学校だな。
どうやら大学までエスカレーター式らしい。小学校から入れば、そのまま大学まで進めるというわけだ。
まさか、こんな学校に自分が通うことになるなんて、夢にも思わなかった。
いわゆる、お嬢様おぼっちゃま学校ってやつだ。
俺の戸籍をどうやって用意したのかは知らないが、手続きが受理された以上、俺もここに通わなきゃならない羽目になった。
本当なら、ちょうど区切りもいいし、来週の頭から通う予定だった。
だが、急遽予定を変更した。
理由は、例の転入生だ。
クラス中の人間を虜にしているという、得体の知れない奴。そいつが本当に、スペースオペラに出てくる獅子帝や、麦わらの海賊みたいな人物なら、まだ納得できる。
誰もが惹かれるだけのカリスマ性を持っている。そういう人間だって、世の中にはいるだろう。
だが、もし魅了系の能力や意識操作で、周囲の人間を意のままに操っているのだとしたら?
そんな最低な奴を放っておくわけにはいかない。
俺の知り合いに何かあってからじゃ、遅すぎるからな。
今はまだガキだが、あと十年もすれば、このまま順調に成長したら極上の女性になるだろうと思える子たちばかりだ。それを見越して、くだらない欲望を満たそうとする奴が出てこないとも限らない。
……いや、そもそも、俺が前世で生きていた世界と比べて、この世界は混沌としすぎている。
魔法なんてものが当たり前のように存在するうえ、視界に捉えられないほどの速度で動く武術家までいる。おまけに、人間よりも強力な天魔の一族までいるんだ。
何が起きても不思議じゃない。
下手をすれば、日常そのものが危険と隣り合わせなのかもしれない。
そう考えると、神を名乗るあいつが俺に不思議な能力を与えたのにも、何か理由があったのかもしれないな。
……いや、こういう考え方もできる。
神は何も言わなかったが、この世界に来た転生者は俺だけじゃないのかもしれない。
俺が知らないだけで、精神操作に特化した能力を持つ奴が、ほかにもいる可能性はある。
そういえば、あいつは確かに言っていた。
『ニコポやなでポじゃなくていいのか』
あのときの俺は、禁煙パイポの仲間か何かだと思ったんだが、どうやら違ったらしい。
なんでも、にこっと笑いかけたり、頭を撫でたりするだけで、相手に好意を抱かせてしまう精神・感情操作系の能力のことらしい。
……なんだ、そのふざけた能力は。
そんなものが実在するなら、本人の意思とは関係なく、誰かを好きにさせることだってできてしまう。
俺は、そういう手合いが大嫌いだ。
だからこそ、柄にもないことをしている自覚はあるが、予定を早めて学校へ来ることにした。
だが、早まったかもしれない。
まさか、小学校から制服とは思わなかった。
男女の違いは、スカートか半ズボンか。それだけらしい。
どっちも嫌だ!
この年で半ズボンだぞ。いくら見た目が子供だからって、精神年齢はアラフィフなんだぞ。羞恥プレイにもほどがあるだろ。
昨日、シエラにそのことを愚痴ったら、「嫌ならスカートしかないけれど」と、あっさり返された。
だから、そうじゃない!
そもそも、選択肢が極端すぎるんだよ。
結局、校則だから仕方ないだろうとまで言われてしまった。アラフィフの俺が半ズボンで登校するなんて、いったい何の罰ゲームだ。
……何で日本には飛び級がないんだ。
そんなことを考えながら、俺は教室の前で待たされていた。
別に、何か悪いことをしたわけじゃない。転入生として紹介するため、先生に呼ばれるまで教室の外で待っていてくれと言われただけだ。
担任は女性の先生だったが、話をしていると、かすかに暗示のようなものを感じた。
……やっぱり、何かあるな。
やがて先生に呼ばれ、俺は教室の中へ足を踏み入れた。
その瞬間、何かが俺の中に入り込んできやがった。
来たか!
俺は即座に自分の中へ意識を向け、入り込んできた何かに抵抗した。同時に、どこから仕掛けられたのか、その出所を探る。
そして、教室の中を見渡した。
……やっぱりな。
ご都合主義みたいな話だが、あの三人がいる教室だった。
純花と沙樹、それにシエラ。少なくとも、あいつらが魅了にかかっている様子はない。
では、ほかに影響を受けていない奴はいるのか?
まず目についたのは、小学三年生にして身長が百五十センチほどもある金髪の男だった。
しかも、全身を筋肉の鎧で覆ったような体つきをしている。どう考えても、普通の小学三年生には見えない。
もう一人、気になる奴がいた。
青と赤、左右で色の違う瞳を持った生徒だ。
虹彩異色症か。
……いや、今は虹彩異色症と呼ぶ方が一般的だったか?
こいつが転生者なのかどうかは、まだわからない。
ただ、もし転生者なら、全員が赤い目をしている可能性もある。
髪の色は関係ないらしい。俺自身、この世界では珍しい銀髪に赤い目をしているが、目の色が共通しているからといって、髪まで同じとは限らない。金髪だから違う、という判断もできないわけだ。
……まあ、今はそこを考えている場合じゃないな。
おそらく、これは自意識を保ったまま作用する魅了系の能力だ。
最初から一気に精神を奪ってしまえば、相手は人形のようになってしまう。だが、少しずつ好意を抱かせるように働きかければ、本人は自分の意思で好きになったと思い込む。
抵抗力が弱い相手なら、一目惚れに近い状態になることもあるのかもしれない。
もちろん、これだけで証拠になるわけじゃない。
それでも、魅了にかかっていない連中を除けば、ほかの生徒たちは俺にほとんど興味を示していなかった。
転入生が現れたというのに、珍しいものを見るような視線すらほとんど向けてこない。
なるほどな。
強い抵抗力を持つ相手には、いきなり強烈な効果を与えるのではなく、何となく気になるという程度から始まるのだろう。そこから徐々に相手のことを意識するようになり、やがて惹かれていく。
ある意味、厄介な魅了系だ。
本人の自意識が残っているぶん、非常に気づきにくい。しかも、自然な好意だと思い込んでいるなら、自分が能力の影響を受けていると疑うことすら難しい。
欠点があるとすれば、効果が出るまでに時間がかかることくらいか。
……これなら納得できる。
沙樹と純花は魔力を持っているうえ、その量も桁外れだ。だから、魅了に対する抵抗力も強いのだろう。
一方、シエラには特別な能力があるわけじゃない。
本人から聞いた話では、IQがとんでもなく高いらしい。具体的な数字は、聞いても面倒そうだったから確認していない。
ただ、三人とも、相手の気持ちを読み取ったり、感情の変化に気づいたりする能力は高いはずだ。
確か、そういう心の知能指数をEQというんだったか。
……いや、これも魅了への抵抗力に関係しているのかもしれない。
そういえば、彼女らは例の転入生について、何となく気になると言っていた。
抵抗力が強いからといって、完全に無効化できるわけじゃない。だからこそ、まだ強く惹かれてはいなくても、少しずつ気になり始めているのだろう。
ここまで考えれば、だいたいの仕組みは見えてきた。
そして、もう一つ。
こいつは俺にまで、ちょっかいをかけてきやがった。
……おいおい。
俺を魅了しようとしたってことは、喧嘩を売ってきたと思ってもいいよな?
「東雲綾、九歳。以上」
必要最低限の自己紹介を済ませた俺は、教壇の前から歩き出し、例のオッドアイの男の前へ向かった。
「東雲君、僕に何か用かな?」
男は、まるで何もわかっていないかのような顔で尋ねてきた。
「てめえごときが、俺にちょっかいかけるなんて一億年早えよ。それに、てめえが誰をその能力で落とそうが知ったこっちゃない。だがな……」
俺は相手の目を見据え、言葉を続けた。
「俺の女たちに手を出してみろ。地獄を見せてやるぞ!」
「綾君?」
純花が頬を赤くして、俺を見上げてきた。
「ちょっと綾、女たちって誰のことを言ってるのよ!」
シエラが非難めいた口調で食ってかかってくる。
「そんなの、お前らしかいねえだろうが。シエラに純花に沙樹だろうが」
「だから、いつから私たちがあんたの女になったのよ!」
「言ってねえだろうが! ただ単に友達を入れてないだけだ。頭いいんだから、それくらい察しろ」
「察しれるか!」
シエラが即座に言い返してきた。
「綾君、それはいくらシエラちゃんでも無理があるかと」
純花まで呆れたように口を挟んできたが、そんなことは知らん。
「俺の性格を知ってるんだから、わかるだろうが」
「何よ、あんた喧嘩売ってる?」
「はぁ? 俺は売り専じゃねえ、買い専だ」
俺がいつお前らに喧嘩を売ったっていうんだ。俺はいまだに、自分から喧嘩を売ったことなんてねえよ。
「純花ちゃん、シエラちゃんと綾ちゃんの話がわからないんだけど」
沙樹が困惑した様子で純花に尋ねた。
「多分、売り言葉に買い言葉だと思うよ」
純花は呆れたように答えているが、俺は別に呆れられるようなことを言った覚えはないんだけどな。
「お前……何? 沙樹やシエラ……純花を呼び捨てにしてるわけ?」
そこへ、オッドアイの部外者が俺たちの会話に割り込んできやがった。
「こいつらも言ってたけど、友人らしい」
俺は三人に視線を向けた。
すると、男の表情が険しくなった。
「はぁ? お前みたいなチンピラに、三人はやれるか!」
吐き捨てるように言った、その瞬間だった。
男から放たれる魔力が膨れ上がった。先ほどまでとは比べものにならないほど、魅了の効果が強まっている。
こいつ、強引に魅了をかけるつもりか!
俺は即座に動き、三人を自分の後ろへかばった。
『ティアも協力してくれ』
『了解しました。よく気づきましたね』
『これは、ティアや沙樹と同じような魔力波長か?』
『そのようですね。でしたら、最大限の防御が可能です』
『なら頼んだ』
念話を交わす間にも、俺は男から目を離さなかった。
こいつは、俺の警告を無視した。それどころか、三人を魅了しようと力を強めてきやがった。
「おい、クソガキ。忠告はしたぞ! 人の女に手を出すな。次は忠告じゃなく、ぶっ殺すから覚えておけ!」
昔取った杵柄だ。
俺は殺気を込め、ドスの利いた声で言い切ると、男の襟元をつかんだ。そのまま身体を持ち上げるようにして、壁へ向かって放り投げる。
ほぼ同時に、強烈な魅了の力が教室中へと放たれた。
直後、魅了にかかっていない者を除き、教室にいた生徒たちが次々と意識を失い、ばたばたと床に倒れていった。
「お前、覚えておけよ」
そう吐き捨てると、オッドアイの男は教室から出ていった。
残されたのは、得体の知れない男が一人。
オッドアイの魅了にかからず、あれだけの騒ぎの中でも平然としていた男だ。何者なのか、何を考えているのかもわからない。俺は警戒を解かず、目の前の男をじっと見据えていた。
「おいおい、警戒するのはわかるが、その殺気をやめてくれないか。俺はただの小学生なんだしな」
「よく言うぜ! 名は?」
「七枷サイツだ。よろしく! まあいいや、成り行きに任せるとするぜ」
「まあいい。俺は先ほども言ったけど、売り専じゃないしな」
俺はそう言って、指を鳴らした。
すると、教室で意識を失っていた連中が次々と目を覚ました。周囲を見回しながら、なんで自分たちが寝ていたのかわからないといった顔をしている。
当然、事情を説明するつもりはなかった。適当にごまかしておけばいいだろう。
あのオッドアイの男の名前は神威皇帝というらしい。
名前負けしているというか、いかにも中二病が好みそうな名前だ。
神の威を借りる小物ってところか。あいつについては、だいたいそんな印象だった。
それに比べて、サイツとかいう男の方がよほど得体が知れない。魅了にかからなかっただけでなく、あの場でも妙に落ち着いていた。俺の警戒心は、まだ少しも緩んでいなかった。
「転生したら女の子みたいな見た目の男の子になってたけど……平穏なんていうのは無かった」をお楽しみいただけましたか?
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