21話 気になる奴の盾になれ
夕方ごろ、そろそろ純花が帰ってくる時間になった。
部屋で過ごしていると、廊下から複数の足音が聞こえてきた。しかも、いつもより明らかに騒がしい。気配を探れば三人分ある。
どうやら、純花だけで帰ってきたわけではないらしい。
俺は扉の前まで移動し、ちょうどいいタイミングを見計らってドアを開けた。
その瞬間、目の前にいたシエラが前のめりに倒れ込んできた。
「大丈夫か?」
「ありがとう……じゃないわよ! 勝手に開けるから倒れるんでしょうが!」
とっさに支えた俺の手に、シエラの胸がぽふっと当たった。
このままでは床に倒れそうだったので、慌てて肩を支え、身体を押し戻してやる。すると、シエラの顔がみるみるうちに真っ赤に染まった。
……仕方ないだろ。俺の方が身体が小さいんだから。
「その前にノックするものだと思うんだけどな。ここはシエラの家じゃないし。もし着替えてたら、恥ずかしいのはお前の方だぞ」
「そうね……助かったわ……って、違う!」
シエラは勢いよく手を振り上げかけたものの、どうにか思いとどまった。
「気にするな。ぺったん子の胸を触って喜ぶ俺じゃない。とりあえず、聞いていいか?」
「な……なによ」
どうやら、今度は話を聞く気になったらしい。
「なんでシエラがここにいる。今日は確か、塾の予定だっただろうが」
「ンなこと、沙樹の家に行かずに決めたからに決まってるじゃない。だから私たちが沙樹を連れてきたのよ。文句あるの?」
「止めようとはしたんだけどね」
純花が小さくため息をつき、申し訳なさそうにフォローを入れた。
「この数日で、こいつがどんな奴なのか、わかってる。無理だろうって」
俺は、二人の後ろにいるもう一人の女の子へと目を向けた。
栗色の髪をポニーテールにまとめた、小学生らしい女の子だった。シエラや純花と比べても、見た目だけなら一番まともそうに見える。
やっと普通のガキが来たか。
そう思って、内心では少しだけ安心した。ところが、そんな気持ちは長く続かなかった。
「私は如月沙樹。光風聖母付属小学校の小学三年生です。家族や友達からは沙樹って呼ばれてるよ」
……自己紹介から始まるとは、しっかりした教育を受けてきたんだな。
シエラや純花とは違い、初対面の相手にきちんと名乗るあたり、礼儀は身についているらしい。話し方も自然で、見た目相応の小学生に思えた。
「綾、東雲綾。九歳以上。縁があって月野夜の家で世話になるらしい」
自分でも適当な自己紹介だとは思うが、これ以上説明する気もない。どうせ、二人からいやというほど話は聞いてるだろう。
それにしても……決めたのは早まったかもしれない?
沙樹を前にした途端、俺は彼女の内側にあるものを感じ取っていた。
途方もない膨大な魔力。
純花から感じる魔力とも違う。底が見えないほど深く、ずっしりとした重みを感じさせる魔力だった。表面に漏れ出しているわけではないのに、意識を向けると、その存在をはっきりと感じる。
幸い、今はまだ目覚めていないようだが……。
『ティア、こいつ』
『栞様の世界の魔力波長です。内包している魔力は膨大ですね。現在は眠った状態です』
『発動してない理由は?』
『世界が違うからです。この世界にも魔力や超常現象は存在しますが、認識しない限りは基本的に反応しません。この間もお話ししたように、よほどのことがない限り発動しないので、安心してください』
……全然安心できなくなってきたぞ。
そもそも、栞母さんの世界の魔力波長って何だよ。そんなものを持った小学生が、どうして普通に生活しているんだ。
『反対に、俺と仲良くなりすぎると、力を発揮する可能性は?』
『あるかもしれません。私がいますので、可能性はゼロではありません』
『気にはなるな……』
『どうかなされましたか?』
『こいつの目だよ。この孤独な感じの目が、妙に気になる』
『さすがに、目と言われても私にはわかりませんので……あなたの直感を信じます』
孤独を感じさせる目。
見た目も喋り方も、この三人の中では一番小学生らしい。それなのに、目だけが妙に大人びていた。
どこか虚ろで、周囲の人間と普通に接しているはずなのに、まるで一人だけ別の場所にいるような、そんな印象を受ける。
ああいう目をしたやつは、往々にして無茶をする。
もちろん、俺の思い過ごしかもしれない。初対面の相手を少し見ただけで、何がわかるという話でもある。
それでも、どうにも気になった。
杞憂であってほしいが……。
結局、この三人とも、ただのガキには到底思えない危険な気配をまとっている。
シエラは行動が強引で、純花は膨大な魔力と二体のオートマタを抱えている。そして沙樹には、まだ目覚めていない、とんでもない魔力が眠っている。
三人とも、それぞれ違う意味で厄介そうだ。
しかも、三人が一緒にいると、それぞれから感じる気配が重なり合い、ますます強く感じられて仕方なかった。
「ちょっと綾、あんた失礼なこと考えてるでしょう」
シエラがじろりと俺を睨んできた。どうやら、さっきから黙っていたのが気に入らなかったらしい。
「なんだよ。俺が何か考えてたとして、シエラに許可が必要なのか?」
「失礼なことを考えるのは、よくないでしょ?」
「お前が読心術でも使えるなら話は別だが、この国には思想の自由があるから大丈夫だ」
「う~……」
シエラは不満そうに唸り、再び俺を睨みつけた。
なんか、女に上から見下ろされて睨まれると、妙にむかつくな。
いや、相手がシエラだから余計にそう感じるのかもしれない。こいつ、いちいち反応が大きいんだよな。
「純花ちゃん、いつもあんな感じなの?」
沙樹が純花に顔を向け、少し困ったように尋ねた。
「シエラちゃんと綾君、仲良しさんだから」
「「どこが」」
俺とシエラの声が、見事に重なった。
……おい。何でここでハモるんだよ。
「本当に仲良しさんなんだ……安心した」
「どこを見たらそう思うんだよ。何を見たら安心って思うんだ」
俺たちが揃って否定したというのに、沙樹はなぜか納得したように頷いている。どうやら、こいつの中では俺とシエラが仲良しということになっているらしい。
「だって、二人とも遠慮なく言い合ってるし、息もぴったりだったから」
「どこがだよ……」
思わず、ため息が漏れた。
「それに、二人から男の子を紹介したいって言われたときは、びっくりしたんだよ。二人とも、そういう話をする相手がいるんだって」
……そう言えば、そうか。
こいつら、野郎っ気ゼロだもんな。
普段から女の子同士で過ごしているところに、突然、男の俺を連れてきたわけだ。沙樹からすれば、何事かと思っても不思議じゃない。
「それにしても。もう少し小学生らしい会話がないのか、お前たちは?」
「?」
純花と沙樹が揃って首を傾げた。
「……いい」
俺は小さくため息をついた。どうせ、説明したところで理解してもらえそうにない。
……いや、そもそも俺が小学生らしい会話を語れる立場なのか、という問題もあるんだが。
それはともかく、ひとつわかったことがある。
この三人、確かに親友同士ではあるらしい。だが、三者三様、どこか歪な部分を持っている。
シエラは強引で遠慮がない。純花は妙に大人びているところがある。そして沙樹は、見た目も話し方も普通の小学生らしいのに、目の奥に何か引っかかるものがある。
……似た者同士ってことか。
まあ、そういう俺も人のことは言えんけどな。
「あの」
「なんだ?」
沙樹が少し前へ出て、俺の顔をまっすぐ見つめてきた。何か言いたいことでもあるのかと思って待っていると、沙樹は少しだけ首を傾げて口を開いた。
「綾ちゃんって呼んでも?」
……いきなり呼び方の相談か。
いや、待て。俺は男なんだが、こいつはその辺をちゃんと理解しているのだろうか。見た目がこんなだから仕方ないとはいえ、初対面からちゃん付けで呼ばれるのは、どうにも複雑な気分になる。
「ちゃん? 呼びたいように呼べばいい。シエラは呼び捨てだし、純花は君付けだ。あいつらが勝手にそう呼んでるだけだからな。お前も好きに呼べばいい」
「お前じゃなく、沙樹だよ」
……なんだ? こいつは何を言ってやがる?
「お前じゃなく沙樹。お前っていう子じゃないよ。名前で呼ぶのは大事だよ。うん、そうしたらすぐに友達にもなれちゃうんだよ」
こいつか。
先日、二人が言っていた変な理論を振りかざしてくる奴は。
俺は思わず純花とシエラの方へ視線を向けた。二人とも俺と目が合うと、小さく首を横に振ってくる。
なるほど。こいつらも手を焼いているらしい。
こうと決めたらテコでも動かない頑固さは、三人とも共通しているってわけか。自分が曲げたくないと思ったことは、相手が何を言おうと簡単には譲らない。
……これ、名前で呼ばないと延々と説教されるやつだな。
面倒だが、名前で呼べば済む話だ。ここで意地を張っても、俺に得はない。
「沙樹だな。基本はそう呼んでやるが、『お前』も無意識に出るときがある。気にするな。友人になりたいなら、そのへんは諦めろ」
「うん、でもなるべく沙樹って呼んでね」
「善処する」
「なによ! 沙樹の前では素直じゃないのね」
シエラが呆れたように口を挟んできた。
……おい。俺は別に素直じゃないわけじゃないぞ。
これは素直になったんじゃない。妥協だ!
「当たり前だ! お前らの頑固さと勝負してたら日が暮れるわ」
そんな感じで他愛もない雑談を続けていたのだが、話題が変わったところで、ふと気になる話が耳に入ってきた。
先日、クラスに転入生がやってきたらしい。
転入生そのものは珍しくない。家庭の事情や親の仕事の都合で学校を移る子だっているし、わざわざ気にするようなことでもない。
ただ、今回の転入生は少し事情が違うようだった。
その子がクラスに来てから、クラスメイトたちの様子がおかしくなったというのだ。
女子は全員、その転入生にぞっこん惚れてしまい、男子は男子で、本人が何か言えば何でも言うことを聞いてしまうらしい。
しかも、シエラたち三人まで、その転入生について妙なことを口にしていた。
特に気になったのは、「私もクラっと来る」という話だ。
……確かに、おかしな話だ。
芸能人顔負けのイケメンや美女が現れたところで、全員が一様に「この人、いいな」と思うわけがない。人間にはそれぞれ趣味や好みがある。誰かに夢中になること自体は珍しくないが、クラス全員が同じ相手に惹かれるとなれば話は別だ。
考えられるのは、魅了系か催眠系の能力あたりか……?
あるいは、意識そのものに干渉するタイプかもしれない。
そう考えると、こいつらが比較的影響を受けにくい理由にも説明がつく。
シエラは普段から純花や沙樹と一緒にいる。その二人が無意識のうちに結界のような役割を果たし、影響を和らげている可能性がある。
純花は天魔の一族だ。生まれつきの抵抗力が人間より遥かに強くても不思議じゃない。
沙樹も、あれだけ膨大な魔力を内に秘めている。本人が自覚していなくても、それが何らかの防御として働いているのかもしれない。
もっとも、話を聞く限りでは、純花や沙樹でさえ、たまに「いいな……」と思ってしまう瞬間があるらしい。
完全に防げているわけじゃないのか。
……これは、ただの転入生じゃ済まなさそうだ。
それとも、やっぱり意識操作系か?
俺が最も嫌いなタイプの能力だ。
他人の考えや感情に勝手に干渉するなんて、冗談じゃない。本人の意思を無視して操るような能力なら、なおさら放っておくわけにはいかない。
確か、来週から学校が始まるんだったか……。
「なぁ、お願いがあるんだが」
考えをまとめた俺が声をかけると、三人が揃ってこちらを向いた。
「綾が私たちにお願いなんて、珍しいわね」
「私たちにできること?」
「沙樹たちにできることなら手伝うよ」
三人とも、ずいぶん乗り気らしい。揃って身を乗り出してくる様子に、俺は少しだけ言い出しにくさを感じた。
「正確に言えば、レディルーチェさんと月野夜さんだな。シエラと純花じゃない。明日から学校に通えないか、聞いてくれ」
「あんなに学校へ行くのを嫌がってたじゃない?」
「なんでか聞いてもいい?」
シエラと純花が、ほぼ同時に尋ねてきた。
まあ、当然の反応だろう。今まであれだけ学校に行きたくないと言っていた俺が、急に通いたいと言い出したんだからな。
「全員に好かれるカリスマ性がどんな奴か、知りたいだけだ! 興味が出てくるだろ。俺は興味があったら、すぐに見たいんだよ」
もちろん、それは建前だ。
そんな都合よく、クラス全員から好かれる人間がいるわけがない。何かしらの能力が働いている可能性が高いし、放置しておけば、もっと面倒な事態になるかもしれない。
絶対に裏がある。
俺自身は、転生特典のおかげで直接的な被害を受けずに済むかもしれない。だったら、知らないふりをして放っておくという選択肢だってある。
……けどな。
この三人に何かあったら、目覚めが悪い。
だから、実際にこの目で確かめる。それだけの話だ。
そういえば、おやっさんと過ごしたあの一か月で、こんなことを言われたな。
『何でおやっさんは探偵なんかやってるんだ? 世の中を綺麗にしたいなら、刑事か政治家になればいいだろ?』
『それも立派な職業だとは思う。だがな、大きな組織に所属すると、そこから零れ落ちた人たちを護れなくなる』
『関係ない人だろ。無視すればいいじゃねえか。知らねえで命落としたら馬鹿だ!』
『そうかもな。でも俺は、そいつらの盾になりたいと思ってる。お前もいつか、剣じゃなく盾になってみろ。そうすりゃわかるさ』
『守ってばかりじゃ戦えねえだろ! 敵は先手必勝でぶっ潰せばいいんだよ』
『それが、お前の生き方なら文句は言わないし、考え方を無理に変えろとは言わん。だが……気になる奴の盾には、なってやれ』
人を害する剣ではなく、護る盾になれ。
おやっさんは、そんなことを言っていた。
あの時は、まったく意味がわからなかった。
護ってばかりじゃ、結局何も倒せない。元凶を突き止めて、そいつをぶっ潰した方がよっぽど早いし、面倒も少なくて済む。
わざわざ誰かを護るために危険を引き受けるなんて、俺には理解できなかった。
なのに、おやっさんは「その意味を知れば、もっと楽に生きられるはずだ」と言っていた。
……おやっさんに言われたからじゃない。
ただ、試しにやってみようと思っただけだ。
何もせずに「守りたくない」なんてわがままを言ったところで、誰も納得なんかしない。だったら、実際にやってみればいい。
面倒くさいが、やってみて、それでも俺には向いていないとわかれば、おやっさんだって納得するはずだ。
それに……、俺は、なぜかこいつらが悲しむ姿を見たくないと思っている。
理由としては、多分、家賃代わりだな。
金を払う代わりに、こいつらのことを見守る。それだけの話だ。
くだらない話で盛り上がっている三人を眺めながら、俺はそう結論づけた。
「転生したら女の子みたいな見た目の男の子になってたけど……平穏なんていうのは無かった」をお楽しみいただけましたか?
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