15話 夢の世界での邂逅
私が執筆している『転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~』と同じ名前や名称が登場する場合がありますが、基本的に両作品に関係はありませんので、気にせずお楽しみください。
ここはどこだ!
目を開けた瞬間、俺は思わずそう叫びそうになった。
いや、そもそも目を開けたという感覚が正しいのかどうかすら、よくわからない。
俺は確か、ベッドで眠っていたはずだ。あの心地よい寝具に身を預けて、明日もいろいろと面倒なことがありそうだな、なんて考えながら眠りについた。
それなのに、今いる場所はどう考えても普通じゃない。
周囲には床も天井も壁も見当たらない。上下左右の区別すら曖昧で、身体を支えるものが何ひとつないのに、俺は落下することもなく、宙に浮かんでいた。
まるで無重力空間に放り出されたような感覚だ。
試しに手足を動かしてみても、身体は思うように進まない。かといって、何かに拘束されているわけでもなかった。
……夢か?
そう考えかけて、俺は目の前に浮かんでいるものに気づいた。
青い指輪だった。
小さな輪の中央に、澄んだ青色の宝石がはめ込まれている。周囲に何もない空間の中で、その指輪だけがゆらゆらと揺れながら、まるで俺の視線を引きつけるように漂っていた。
見間違えるはずがない。
栞母さんが俺にくれた、あの宝石だ。
どうしてこんな場所にあるのか。そもそも、どうして俺はこんな場所にいるのか。
考えれば考えるほど疑問が増えていく。
そんな俺の目の前で、指輪にはめ込まれたブルーダイヤが、ふいに小さな光を放った。
『今度の主は弱いですね』
突然、女性の声が響いた。
俺は反射的に周囲を見回した。だが、床も壁もない空間には、俺と青い指輪以外に何も見当たらない。
……誰だ?
声は確かに聞こえた。聞き間違いではない。けれど、どこから聞こえてきたのかがさっぱりわからなかった。
まさか、目の前に浮かんでいるこのブルーダイヤが喋っているのか?
そんな馬鹿なと思いつつも、ほかに声の主らしきものは見当たらない。そもそも、こんな訳のわからない場所にいる時点で、常識に当てはめて考える方が間違っているのかもしれない。
俺は警戒しながら、目の前の指輪をじっと見つめた。
その直後、声の主が俺を馬鹿にしていることに気づき、頭に血が上った。
けど、今は状況の把握が先だ。こいつがこの場を作ったのなら、話を聞いた方が早い。
「てめえは?」
『まずは言葉遣いから直した方がいいですよ。見た目の年齢とその口の悪さだと、かなり浮きますから』
……大きなお世話だ。
自分の外見については、俺だって嫌というほど自覚している。鏡を見るたびに、どうしてこうなったと頭を抱えたくなるくらいだ。
だが、それとこれとは話が別だろう。
「質問に答えろ」
『あら、ご存知では?』
知らねえから聞いてんだよ。
こいつ、わざとやっているんじゃないだろうな。こちらの反応を楽しんでいるような口調が、いちいち癇に障る。
『本当にご存知ないみたいですね。では自己紹介を。私は栞様のデバイスだったティアと申します。神によって作られたデバイスで、いつかあなたの手元に届くよう、最初から定められておりました』
「それはご苦労なことだ!」
俺は皮肉たっぷりに言い返した。
デバイスだか何だか知らないが、神によって作られただの、最初から俺の手元に届くよう定められていただの、いきなり妙な話を聞かされても困る。
……いや、待て。
俺はふと、以前の出来事を思い出した。
魔法が使えるようになったとき、目の前に妙なステータス画面が表示されたよな。
あのとき、確か装備の項目に何か書かれていたはずだ。
俺は記憶をたどり、画面に表示されていた文字を思い返す。
装備。
・魔法の指輪「ブルーダイアモンド」 名称不明
装飾品。
・レッドダイア
そうだ。確かに、魔法の指輪と書かれていた。
あのときはほかにも気になることが多すぎて、深く考える余裕なんてなかった。けれど、今になってみれば、目の前に浮かんでいる青い指輪こそが、あのステータス画面に表示されていた魔法の指輪なのだろう。
しかも、栞母さんが持っていた指輪が、神によって作られたデバイスだったとは。
……いや、それよりもだ。
こいつは、いつか俺の手元に届くよう、最初から定められていたと言った。
それって、つまり……。
「ということは、栞さんや隆行さんが亡くなったのは……俺のせいか?」
口にした途端、胸の奥が嫌な重さを帯びた。
ティアの話が本当なら、あの指輪は最初から俺の手元に届くよう定められていたことになる。ならば、栞母さんたちが飛行機事故に遭ったことも、俺と無関係ではなかったのだろうか。
俺がいたから、二人は死ぬことになったのか。
『必ずしもそうとは限りません。実際、栞様と隆行さん、お二人だけであれば、助かる可能性は十分にありました。しかし、栞様は私を使おうとはしませんでした』
「……なぜ使わなかったのかを聞いてもいいか?」
思わず口を挟んだ。
助かる可能性があった。それなのに、栞母さんは魔法の力を使わなかったという。
いったい、どうしてだ?
『自分たちだけが脱出するのは許されない、とお考えだったのです。多少の人数なら何とかなったかもしれませんが、乗客全員と、あのような巨大な質量の物体を動かすのは無理でした。だから栞様ご夫妻は、運命に身を任せられたのです。もし私たちに万一のことがあった場合は、あなたに……と』
ティアの声は、相変わらず淡々としていた。
けれど、その説明を聞いている俺の胸中は穏やかではなかった。
自分たちだけなら助かるかもしれない。それでも、ほかの乗客を見捨てることはできなかった。
栞母さんたちらしいといえば、らしいのかもしれない。
「お前が、親代わりってことか?」
『いえ、違います。あなたのパートナーとしてです。あなたの資質は非常に優れているのに、それを有効に活用できていない。だから、あの鷹上とかいう矮小な者どもに苦戦し、最終的には勝利して倒れるという、非常に残念な結果になってしまったのです』
「好き勝手言いやがるな」
こいつ、言いたい放題だな。
確かに、あのときは苦戦した。怪我もしたし、最後には意識を失って倒れた。それは事実だ。
だが、こっちだって好きであんな目に遭ったわけじゃない。そもそも、相手は銃まで持ち出してくる連中だったんだぞ。そんな状況で、何もかも上手くやれと言われても困る。
『もし、久遠さんたちが来ていなければ、あなたはあそこで倒れたままだったかもしれません。そして生きていること自体が嫌になるような、酷い目にあっていたでしょうね』
……それは、否定できなかった。
俺が倒れた後のことは、久遠さんたちが処理してくれたのだろう。
意識を失う直前の状況を思い返す。鷹上たちとの戦いは終わっていたが、黒服の男たちの中には、まだ意識を保っている奴らがいた。
あの状況で、俺まで倒れて動けなくなっていたら、いったいどうなっていたのか。
純花とシエラの二人だけでは、残っていた男たちを相手にするのは難しかったはずだ。まして、俺が意識を失っている間に何か起きても、自分で身を守ることすらできない。
もし俺が倒れたままだったら。
そこまで考えた途端、背筋に嫌なものが走った。
どんな目に遭っていたのかなんて、想像したくもない。
結果だけを見れば、俺たちは助かった。純花もシエラも無事だったし、鷹上たちも倒した。久遠さんたちが駆けつけてくれたおかげで、最悪の事態は避けられたのだろう。
それでも、胸の奥に残った重苦しさは消えてくれなかった。
『この世界は、とても不思議な世界です。栞様がいた世界よりも、複雑で、どこか幼稚な世界ですね』
「さっきから聞いてると、てめえはこの世界のモノじゃないみたいに聞こえるんだが?」
俺が引っかかったのは、ティアが口にした「この世界」という言葉だった。
おやっさんとの生活では、今の世界は以前の俺が暮らしていた世界と、そう大きく違わないと思っていた。街並みも生活様式も、基本的には見慣れたものばかりだ。魔法なんてものが存在する以外は、前世と同じような感覚で暮らしていた。
だが、天魔の一族について知ってからは、その認識も少し変わっている。
魔法は、誰もが知っている当たり前の技術というわけではない。それでも、一部の人間には存在を知られていたり、深く認知されていたりするものなのだろう。
実際、俺自身が魔法を使えるようになったし、天魔の一族のような存在もいる。
だからこそ、ティアがこの世界を語るときの言い方が気になった。
まるで、自分がここに属していないことを前提に話しているように聞こえるのだ。
その口ぶりは、俺たちとはまったく違う場所から、この世界を眺めているかのようだった。
『そこからですね。私の出身は、多元世界の『セクティア』で誕生しました。そしてアヴァリスへと流れ着き、栞様のもとへ参りました。アヴァリスは、魔法と科学が高度に融合した国です』
……は?
セクティアにアヴァリス?
聞いたこともねえ単語ばっかりだ。
しかも、多元世界ときた。
俺の知識にある世界の話をしているようには、とても思えなかった。
『私は、わかりやすく言えば、この世界のものではありません。そうですね。あなたにもわかりやすく言うのであれば、別の惑星から来た物品だと思っていただければ結構です』
……こいつ、いちいち人を小馬鹿にしたような言い方しかできねえのか?
さっきから、こっちの理解力を試しているような口ぶりばかりだ。説明しているつもりなのかもしれないが、聞いている側としては、どうにも癪に障る。
これが人間の女性だったら、犯して自分の立場をわからせてやるところだ。
もちろん、相手は人間ですらないらしい。そもそも、指輪に向かってそんなことを考えている時点で、我ながらどうかと思う。
だが、それとこれとは別問題だ。
全く、ムカつくデバイスだ!
「だが、この世界は基本的に平和だ。あんなドンパチはねえのに、お前の存在は必要ないだろ」
それにしても、魔法と科学が高度に融合した国、ねえ。
先ほどの出来事がなければ、全部夢だったということで片づけられたのに、そうもいかなくなった。
目の前にいるティアは、俺の知らない技術や能力を備えているのだろう。神によって作られたという話も、別の惑星から来たという説明も、今の状況を考えれば、ただの寝言だと切り捨てるわけにはいかない。
それでも、疑問は残る。
そもそも、俺が暮らしているこの世界は、基本的には平和なはずだ。
少なくとも、銃を持った連中が大勢で襲いかかってくるような騒ぎが、日常茶飯事というわけじゃない。今回の事件だって、普通に暮らしていればそうそう遭遇するものではないだろう。
そんな世界で、こいつの力が本当に必要なのか?
俺には、まだ判断がつかなかった。
『それに、あなたは選択をしました』
「選択だと?」
突然話が変わり、俺は眉をひそめた。
『追加選択を選びましたよね』
「だが、あれをしなければ」
言いかけて、口を閉じた。
あのときのことは覚えている。
俺は、表示された選択肢の中から追加選択を選んだ。あれを選ばなければ、今とは違う結果になっていたのだろうか。
『実はあれは、あなたが動かなくても助かる可能性がかなり高かったのです。けれどあなたは、自分の運命を自分で切り開くことを選びました』
「もしかして……」
頭の中で、いくつかの点がつながりかけた。
あの選択は、単に目の前の危機を乗り越えるためのものじゃなかったのか。
俺が何を選ぶのか。その選択そのものが、これからの人生を左右するものだったとでもいうのか。
『その通りです。あれが、あなたが一般人のまま生きるか、波乱に満ちた人生を歩むかの分岐点でした。ですのであなたが覚醒した瞬間、能力は一時的に封印されていたのです』
……なるほどな。
ようやく、少しだけわかってきた。
俺が追加選択を選んだことで、普通の人間として生きる道から外れた。だからこそ、あの瞬間に能力が覚醒し、同時に一時的な制限もかけられていたというわけか。
もっとも、わかったところで、すべてを納得できたわけじゃない。
むしろ、聞けば聞くほど、俺の知らない事情が次々と出てくる。
結局は、あの時と同じってことか。
気まぐれで誰かを助けて死に、転生したあの時と……。
『あなたは自分の力を知り、磨かないでいれば、いつか必ず死にます。もしかしたら、大切なものを失うことになるかもしれません』
「おっかない予言をするな。貴様が俺の先生になって、鍛えてくれるってことか?」
『当面は、そうなりますね』
当面は、ねえ。
さらりと言ってくれるものだ。こっちはようやく新しい命をもらって、こうして生きていられるようになったばかりだっていうのに、今度は死ぬだの、大切なものを失うだのと、不吉な話を聞かされる羽目になった。
まったく、いい迷惑だ!
せっかく生き直す機会をもらったんだ。できることなら、余計なトラブルには巻き込まれず、平穏無事に暮らしたい。どうせいつか死ぬにしても、せめて穏やかに死にたいものだ。
いい女を抱いて、うまい飯を食って、世界中を旅行して、のんびり優雅な平穏ライフを満喫する。俺が思い描いていたのは、そういう人生なんだけどな。
それなのに、目の前の指輪は、そんな俺の希望をあっさり打ち砕いてくれた。
……まあ、鷹上たちとの一件を思い返せば、何の備えもなく生きていくのが危ういことくらい、俺にもわかっている。
大きな力を持ったら、それに伴う責任も生まれるってやつか。
いや、そもそも俺は、そんなものを背負うつもりで力を選んだわけじゃないんだが。
本当に、俺はなんて選択をしてしまったんだと言いたい。
あのときの自分に会えるものなら、一言どころか、小言の一つや二つは言ってやりたいくらいだ。
もちろん、今さら過去の選択を悔やんだところで、何かが変わるわけでもない。
俺は大きくため息をついた。
不本意ではあるが、結局のところ、ティアの提案に乗るしかなさそうだった。
「栞母さんから渡された、お前と同型の色違いの指輪も、同じようなものか?」
ふと思い出して、もう一つの指輪について尋ねてみた。
栞母さんから渡された、赤い宝石の指輪。ティアと同じような形をしていたから、あれにも何か特別な機能があるのではないかと気になっていたのだ。
『あれはただの宝石ですよ。栞様の実家にあったものです。ちなみに、隆行さんは地球の人です』
「母さんは、セクティアとかいうところから来た……宇宙人ってことか?」
『大まかに言えば、そうですね』
「この世界は、宇宙人が来訪する開かれた世界ってわけか?」
『それは違います。あちらの人々も基本的には、こちらに来られませんし、地球では外宇宙へ行く技術も、多元世界を渡る技術も存在しません』
「……なるほどな」
いや、なるほどじゃねえよ。
今さらっと、とんでもない話を聞かされた気がするんだが?
栞母さんは地球の人間じゃなかった。しかも、別の惑星どころか、多元世界とやらを渡ってきた存在らしい。
俺の知っている常識が、また一つ音を立てて崩れていく。
……あれだ。
栞さんは、リアルに『奥様は魔女』だったってわけか。
そう考えると、妙に納得できる気もする。いや、納得していい話なのか、これ?
俺は頭の中で情報を整理しようとしたものの、考えれば考えるほど、わけがわからなくなってきた。
その後、ティアから簡単にあちらの魔法について教わった。
どうやら、俺が今いる世界で使われている魔法とは、根本的な運用方法が違うらしい。
俺自身、魔法について詳しい知識があるわけじゃない。前世には魔法なんて存在しなかったし、今の世界でも、魔法を使ったのはついさっきが初めてだからだ。
ティアの説明によれば、俺が今いる世界の魔法は、自分の魔力を媒体にして、世界に存在するマナや精霊、神への信仰などを利用するものが多いらしい。
一方、セクティアの魔法は、己の内なる魔力の源を直接扱う。
同じ魔法という呼び名でも、力を引き出す仕組みそのものが違うようだった。
共通しているのは、杖や指輪などのアイテムを通すと、魔法が安定しやすくなる点だ。
ただし、ティアのように自立した思考能力を持つデバイスは、あちらでも珍しいらしい。自己修復機能をはじめ、ほかにもさまざまな機能を備えていると聞いた。
単に魔法を補助する道具というだけではなく、自分で考え、会話し、持ち主をサポートする。おまけに、自己修復機能をはじめ、ほかにもいろいろな機能を備えているらしい。
聞けば聞くほど、ただの指輪とは思えなくなってくる。
……こんなものを母さんが持っていたんだから、そりゃあ、普通の人間とは違うわけだ。
もっとも、今の俺には、ティアの機能をすべて理解できるほどの知識も経験もない。詳しい話を聞いたところで、すぐに使いこなせるようになるわけでもなかった。
今日のところはここまで、とティアに告げられた。
まだ聞きたいことは残っていたが、意識が徐々に遠のいていく。どうやら、この奇妙な時間にも終わりが来たらしい。
最後まで何とも釈然としない気分だったが、俺の意識はそのまま闇に沈んでいった。
そして、次に目が覚めたときには朝になっていた。
……まったく、寝た気がしねえ。
夢の中で指輪と話をしていたはずなのに、頭も身体も妙に疲れている。あれが夢ではなかったのだとしたら、今までの出来事も含めて、いろいろと考え直す必要がありそうだった。
もっとも、目を覚ましたばかりの俺に、そんなことをじっくり考える余裕はなかった。
俺の処遇が正式に決まったのは、その日の午後だった。
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