14話 毛色の違う天使たちとのおしゃべり
「早く私たちの親友にも紹介したいね、シエラちゃん」
「そうよね」
「待て。俺はまだ、お前たちの学校に行くと決めたわけじゃないぞ。そもそも、学校に通うかどうかすら決まっていない」
俺は二人の会話を聞きながら、どうしてこいつらの友人に会うことまで決定事項になっているのか、不思議でならなかった。
正直、あまり聞きたくはなかった。だが、このまま放っておけば、いつの間にか話が進んでいきそうな気がする。
仕方なく二人に尋ねようとすると、二人は顔を見合わせ、「あ~……」と間の抜けた声を漏らした。
「うん。もう決まってると思うよ」
「……なんでだ」
この時点で、嫌な予感しかしない。
多分、俺の今後についてや、俺が何者なのかといった話を、おやっさんがしているのだろう。
こんな見た目をしているとはいえ、自分のことくらい自分で説明させてほしい。本人を差し置いて、周囲だけで話を進められるのはどうにも落ち着かない。
そんなことを考えていたからか、俺が眉をひそめると、純花はどこか諦めたような顔で答えた。
「うちのパパたちが、裏で何か動いてるはずだから」
「多分、うちも同じかな。それに龍一さんまで加わっているんだし」
……何でそこで純花の父親が出てくるんだ?
紹介されたとき、その場に純花の両親はいなかったはずだ。それなのに、どうして俺の今後に関わってくるんだろう。
それに、龍一さんまで何か関係しているのか?
確かに、喫茶店のマスターという肩書きだけでは説明できない雰囲気を持っている人だった。
感じのいい人ではある。だが、裏の世界に身を置いていた俺には分かる。
あの人は、多分、堅気じゃない。
息子の久遠が化け物じみた戦闘能力を持っているんだ。なら、その父親もただ者ではないと考えるのが自然だろう。
……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
俺は思わず頭を抱えたくなった。
「多分だけど、綾、パパたちが色々すると思うわよ」
「まじかよ……」
シエラの一言に、俺はうんざりした顔を見せた。
本当に拒否権はないのか。
本人の意思を置き去りにして、人の人生を勝手にレールの上に乗せるのは、いい加減にしてほしい。
そもそも、俺はまだ自分の置かれた状況すら把握しきれていないのだ。これからどこで暮らし、何をして生きていくのか。それを決めるだけでも、考えなければならないことは山ほどある。
確かに、今はおやっさんの家に世話になっている。だが、俺の親になるはずだった東雲家の二人は、あの事故で帰らぬ人となってしまった。
おやっさんが俺を受け入れてくれたとしても、俺が東雲の姓を捨てるとは思えなかった。
実際に二人と顔を合わせたのは、ネット通話を通じてのことだけだ。それでも、俺のような素性の分からない人間を受け入れ、愛情を注ごうとしてくれた二人だ。
そんな二人が事故で亡くなってしまったからといって、おやっさんが受け入れてくれるなら東雲の姓を捨てます、なんて簡単に割り切れるものじゃない。
俺にとって、東雲という姓はもう他人のものじゃないのだから。
「ん? ちょっと待て。お前たちの友人とは、どこで会うんだ? 俺は多分、十三区に帰ると思うんだが。いつ会うつもりなんだ?」
名児耶は、中央に十三区がある都市構造になっている。東京の二十三区に対抗しているような感じらしい。
その中央の十三区以外にも、いくつかの市が存在している。ここ綿津見市も、そのうちの一つだ。
日本列島の地形自体は前世と同じなのに、地名がところどころ変わっているのは、何とも不思議な話だった。
愛知県が名児耶になっていたりするのだから、初めて知ったときは思わず笑ってしまった。
おやっさんの探偵事務所は、その十三区にある。今俺がいるのは綿津見市だ。
同じ地域にあるわけでもないのに、どうしてこいつらの友人と会う話が進んでいるんだ?
俺は多分、十三区に戻ることになるはずだ。そう考えれば、わざわざ会いに来てもらわない限り、そう簡単に顔を合わせる機会なんてないだろう。
だからこそ、二人の話がどうにも腑に落ちなかった。
「そうなの?」
「だと思うけどな」
俺がそう答えると、シエラは不思議そうに首を傾げた。
……なぜ、そこで疑問に思うんだ?
普通に考えれば、そうなるだろう。
「なら、不破さんもこっちに引っ越すのかな?」
「それはないだろう。おやっさんは、あそこに探偵事務所兼自宅があるしな」
純花までそんなことを言い出した。
何やら嫌な予感しかしない。とはいえ、こればかりは二人に問い詰めても仕方がないだろう。後でおやっさんに直接聞いてみるしかない。
「だけど、さっきパパたちが『綾君がクラスメイトになったらどう思う?』って聞いてきたわよ」
……は?
シエラのその一言に、俺は言葉に詰まった。
クラスメイトって、小学校のことだよな?
なんでこの年になって、小学校に通わなきゃならないんだ。いまだにアニメでも連載している死神小学生じゃあるまいし、マジで勘弁してほしい。
もしそうなら、こいつらと同じ学校に通うことになるのか?
いや、行政のルール上そうはならんだろう。
もしかして、この世界では保護者の自由で行く学校が決められるのか?
ガキの面倒なんて見たくないぞ……本当に先が思いやられる。
こいつらがあと十年後とかなら別だけどな。
それに女は抱くに限る。
女を抱いて、そのまま一緒のベッドで眠るのは最高だ。だが、さすがにこんなガキどもに欲情するほど飢えているわけじゃないし、興味もない。
こんなガキどもと一緒に仲良しこよしって……本当に先が思いやられる。
最初こそ警戒していたものの、こうして話している限り、二人は年相応の子供に見える。
会話の内容はほとんど頭に入ってこない。女子供特有の、意味があるのかないのか分からない話を、よくもまあこれだけ延々と続けられるものだ。
……男も似たようなものか?
ギャンブルや女に下世話な話。話題のジャンルが違うだけで、やっていることは大して変わらないのかもしれない。
そういえば、おやっさんとはそういう話をしたことがなかったな。
まあ、おやっさんがそんな話を始めたら、それはそれで驚くべきことだと思うが。
それにしても、こいつらは俺をどうにか利用してやろうと企んでいるようには感じられなかった。
裏表がなさすぎて、こっちが毒気を抜かれてしまう。
どうやったら、こんな純粋なガキが育つんだ?
不思議で仕方がなかった。
俺はこれまで、財界の子供たちを護衛したこともあれば、仕事とは関係なく顔を合わせたこともある。
だが、そういう連中には、甘ったれたガキが多かった。何をしても許されると思い込んでいるような、クソみたいな奴らだ。
周囲の人間を見下し、自分たちは特別な存在だと信じ込んでいる選民意識の強いガキもいた。
そう考えると、あの鷹上もその類いだったのかもしれない。
それに比べて、この二人は今まで出会ってきたガキどもとは明らかに違う。
多分、こういうのが高貴な家で育つということなんだろう。
……まったく、俺とは住む世界が違う二人だ。
やがて、毛色の違う二人の天使にも眠気が襲ってきたらしい。
純花は何度も瞬きを繰り返し、シエラも小さく欠伸を漏らしている。二人とも、もう限界なのだろう。会話の途中でうとうとし始め、ついには眠りの世界へと旅立っていった。
……まあ、あれだけの騒ぎに巻き込まれたんだ。疲れて当然か。
俺は二人を起こさないよう、静かに席を立った。
部屋を出ると、控えていた純花付きのメイド、リルに一言告げ、案内されていた自分の部屋へと戻った。
扉を閉め、ベッドに腰を下ろした途端、全身から力が抜けた。
そのまま横になると、身体が柔らかな寝具に沈み込んでいく。身体全体を優しく包み込まれるような感覚に、思わず息が漏れた。
……なんだ、これ。
こんなに寝心地のいいベッドがあるなんて、今まで知らなかった。
おやっさんの家でも安心して眠ることはできた。けれど、ここのベッドは寝心地がまるで違う。身体にかかっていた余計な力が、少しずつ抜けていくようだった。
ここに来てから初めてづくしの連続だった。命がけの戦闘に、正体の分からない力。大勢の人間との出会いに、予想もしなかった一族の掟まで。
気を休める暇もないまま、ここまで来てしまったのだ。
精神も肉体も、とうに限界を迎えていたのだろう。
瞼が重い。頭を働かせようとしても、思考がまとまらない。今はもう、何も考えずに眠りたかった。
……いや、眠る前に一つだけ。
この一件を機に、魔法の訓練と、自分の身を守るための体作りを本格的に始めよう。
今回のようなことが、また起きないとは限らない。誰かに守ってもらうだけでは、いつか取り返しのつかないことになるかもしれないのだから。
せっかく手に入れた今の生活を、簡単に手放すつもりはない。
そう考えながら、俺は心地よいベッドに身を預けた。
前世では、眠っている間でさえ気を抜けないことがあった。
それでも、今はこうして眠れる。
雰囲気のいい部屋に包まれ、俺はようやく深い眠りへと落ちていった。
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