11話 規格外の助っ人
「純花! シエラちゃん! よく無事で……!」
合流したのは、女性二名と男性一名だった。
先ほど感じた気配は二人分だったはずだ。だからこそ、若い男性の姿を見た瞬間、俺の思考が一瞬止まった。
……龍一さんに、よく似ている。
顔立ちだけではない。落ち着いた佇まいや、こちらを見つめる眼差しにも、どこか見覚えがあった。
「君、大丈夫か?」
その男性が俺の様子を見て、心配そうに声をかけてきた。
「……大丈夫じゃないけれど、大丈夫です」
強がり半分で答えると、男はわずかに苦笑した。
だが、すぐに表情を引き締めた。そして、穏やかでありながら、鋼のように揺るぎない声で名乗った。
「俺は如月久遠。君が何者なのかは知らないが、二人を助けてくれたのは分かった。本当にありがとう。あとは俺に任せて、少し休んでくれ」
如月、久遠。
その姓を聞いて、俺は確信した。
やはり、龍一さんの息子さんだ。
「……気持ちはありがたいですけど、今はまだ休めそうにありません。あいつらが逃がしてくれそうもないですしね」
俺は夕姫を握り直し、敵の方へ視線を向けた。
久遠さんが来てくれたのは心強い。だが、敵が大人しく引き下がるとは思えなかった。
それに、俺の腹にはまだ焼けるような痛みが残っている。魔法を連発した反動も消えていない。今すぐ戦闘が再開されたら、まともに動けるかどうかさえ怪しかった。
「そうか。だが、その傷では無理だ。積もる話は後にして、休んでくれ」
久遠さんは俺を庇うように一歩前へ出た。
その背中からは、先ほどまでの穏やかさとは違う、戦う者の気配が漂っている。
だが、それでも懸念は消えなかった。
相手はイスカという怪物じみたメイドだけでも厄介なのに、どこから湧いてきたのか、黒服の集団まで現れやがった。
駐車場の入口付近や放置された廃車の陰から姿を現した連中は、拳銃を手にしたまま俺たちの逃げ道を塞ぐように左右へ散っていく。
気づけば、俺たちを取り囲むように包囲網が狭まっていた。
この状況を、刀一本でどうにかできるのか?
しかも、久遠さんからは魔力をまったく感じない。
そう思った瞬間だった。
黒服の一人が拳銃を構えた。
「撃てッ!」
短い号令と同時に、乾いた銃声が駐車場に轟いた。
俺は反射的に身構えた。だが、久遠さんは動じなかった。
次の瞬間、彼の姿が目の前から消えた。
「は……?」
いや、消えたわけじゃない。あまりの速さに、目が動きを追いきれなかったのだ。
一瞬前まで俺の前にいたはずの男が、瞬く間に黒服たちの懐へ踏み込んでいた。
銀色の刃が閃いた。
続いて、鈍い打撃音が立て続けに響く。
拳銃を構えていた男の手が弾かれ、握っていた銃がアスファルトへ落ちた。別の男は腕を押さえる間もなく地面に倒れ込み、さらにその隣では、反撃しようとした男が久遠さんに腕を取られ、そのまま勢いよく叩きつけられていた。
何が起きているのか、まともに理解する暇もない。
久遠さんが駐車場を駆け抜けるたび、黒服たちが一人、また一人と倒れていく。銃口を向けることすらできず、引き金に指をかけた男も、次の瞬間には武器を叩き落とされていた。
銃声は、ほんのわずかな間に途切れた。
最後の一人が地面に崩れ落ちると、駐車場には倒れ伏した男たちと、あちこちに転がった拳銃だけが残った。
……人間の規格じゃない。
魔力も感じなかったのに、マジで人間かよ、あの人。
この世界の人間は、みんなこんな運動能力を持っているのか?
そんな考えが頭をよぎったが、たぶん違うだろう。記憶を取り戻すまでの人生を振り返っても、こんな規格外の人間には出会ったことがなかったはずだ。
俺は夕姫を握ったまま、茫然と立ち尽くしていた。
あまりの光景に、俺はただ呆然と見守ることしかできなかった。
とはいえ、いつまでも見ているわけにはいかない。俺は腹部に手を当て、自己再生の呪文をかけ続けていた。
だが、やはり疲労のせいか、傷が塞がるまでに時間がかかっていると思う。少しずつ痛みは和らいでいるものの、まだ戦闘を続けられる状態とは言い難かった。
そうしていると、久遠さんの猛攻をすり抜けてきた数人が、死に物狂いで俺へと殺到してきた。
ちっ、こっちはまだ自己再生が終わってないのに!
俺は腹部に当てていた手を離し、夕姫を左手に持ち替えた。
肉薄してきた男の拳を紙一重でかわす。拳が頬のすぐ横を通り過ぎ、風圧が肌を撫でた。
俺は相手の懐へ踏み込み、空いた右拳を顎へ向けて突き上げる。
「『スカイアッパー』!」
格闘ゲームの対空技さながらの、鮮やかなアッパーカットが決まった。
顎を捉えた拳の衝撃で、男の身体が浮き上がる。そのまま地面へ倒れ込むのを横目に、俺は次の敵へと意識を向けた。
格闘ゲームの対空技さながらの、鮮やかなアッパーカットが決まった。
乱戦には向かない大技だが、残りの連中はすでに久遠さんがすべて片付けていた。
「……粗方、終わったな」
久遠さんが静かに告げる。
彼が来てから、戦況はあっという間にひっくり返っていた。
「みたいだな……」
俺はその光景を前に、それだけしか言えなかった。
いや、ほんとに何なんだ、あの人。
俺が魔法を使って必死に倒した自動人形の群れとは違い、久遠は、ほとんど息を乱してすらいない。
その差を考えると、なんとも言えない気分になる。
……まあ、今はそんなことを考えている場合じゃないか。
「こ、このバケモノめッ! イスカッ! その小娘どもを始末しろッ! は、早くッ!」
正門を背に、顔をひきつらせた鷹上とメイドのイスカが立っていた。
周囲を見回しても、もう鷹上を守る部下の姿はない。
自分を守るはずだった手駒が、ほとんど片付けられてしまったのだ。鷹上の顔からは、先ほどまでの余裕が完全に消え失せていた。
追い詰められた鷹上が、ついに最後の手札を切ったように思えた。
「……了解」
淡々と答えたイスカは、次の瞬間、弾丸のような速さで跳躍した。
地面を蹴った瞬間、アスファルトの上に砂埃が舞い上がる。
その姿が一気に頭上へと迫った。
無表情のまま振り下ろされる鋭い斬撃。
俺は反射的に夕姫を構えようとしたが、腹部の傷が痛み、動きがわずかに遅れた。
間に合わない。
そう判断した瞬間、俺は『不可視の盾』を即座に展開した。
ガキィンッ!
金属音が響き渡る。
不可視の障壁がイスカの刃を受け止めた。だが、刃を通じて伝わった衝撃は凄まじく、腕から肩へと突き抜けていく。
重い……!
衝撃を受け止めきれず、足元のアスファルトに亀裂が走った。
俺は歯を食いしばり、どうにか踏ん張る。
やがてイスカは刃を引き、その反動を利用して後方へ飛び退いた。駐車場の端に着地すると、間髪容れずにこちらへ身体を向ける。
隙がない。
久遠さんが加勢に入ろうと踏み出した。だが、イスカはその動きを見越したかのように位置を変え、俺と久遠さんの間に割り込むように立ち回る。
こちらが踏み込もうとするたび、イスカの刃がその進路を塞ぐ。
まるで、俺と久遠さんの両方を相手にするつもりらしい。
「イ、イスカ何をしているッ!? 小娘一人すら満足に殺せないのかッ! この鉄屑めッ!」
鷹上のヒステリックな叫び声が響いた。
本当に耳障りな男だ。
今まで部下に守られていただけの奴が、ヘタレパワー全開で喚き散らしてやがる。
……狙うのは、次の一撃。
イスカは、俺の体力が限界に近いことを理解しているのだろう。無闇に攻め込んではこない。こちらの反撃を警戒しながら、確実に仕留められる瞬間を狙っている。
なら、こちらもそのつもりで迎え撃つだけだ。
イスカが再び地面を蹴った。
低い姿勢から一気に間合いを詰め、鋭い刃を振り抜いてくる。狙いは俺の身体。防御が遅れれば、そのまま斬り伏せられるだろう。
俺は夕姫を構えるのではなく、正面に『不可視の盾』を展開した。
刃が障壁へ接触する、その瞬間。
俺は盾に込めた魔力を、一気に爆発させた。
ギャインッ!
凄まじい衝撃音が駐車場に響き渡る。
限界まで力を受け止めていた障壁が、内側から弾けるように砕け散った。光の粒が周囲へ飛び散り、爆発的な反動がイスカの身体を押し返す。
ほんの一瞬だけど、イスカの体勢が崩れた。
だが、それで十分だった。
俺は夕姫を両手で握り直し、無防備になったイスカの胴体へ全霊を込めて振り抜いた。
「はぁぁぁぁああああああああああッ!」
炎の刀身が唸りを上げる。
「――『絶影両断』!」
ドバァアアッ!
夕姫を振り抜いた瞬間、爆発的な衝撃が刀身から解き放たれた。
一刀両断の剣撃が、イスカの身体を真正面から捉える。
まともに受けた彼女の身体が宙を舞い、駐車場の端へと吹き飛ばされた。そのまま廃材の山を突き崩し、さらに奥に放置されていた車両へ激突する。
ガシャァァンッ!
金属がひしゃげる凄まじい音が響き渡った。
車体が大きく歪み、積み上がっていた部品が崩れ落ちる。巻き上がった砂埃が周囲を覆い、イスカの姿を完全に隠してしまった。
やがて、砂埃の向こうから何かが地面へ滑り落ちる音が聞こえた。
もう立ち上がる力はないはずだ。
「……はぁ、はぁ……」
俺は炎を纏う夕姫の柄を握り直し、ゆっくりと顔を上げた。
目の前には、信じられないものを見るような顔で固まっている鷹上がいた。
「次はお前だ……。まだ、やるか?」
俺は冷ややかな視線を向けた。
夕姫の炎がパチパチとはぜ、その音だけが妙にはっきりと聞こえる。
鷹上の顔から、一気に血の気が引いていった。
ざまあみろ……と言いたいところだが、正直な話、こっちも限界だった。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ」
息が苦しい。
腹部の傷は痛み続け、魔法を使いすぎたせいで頭もまともに働かない。夕姫を構えているだけでも、腕が重く感じられた。
「とりあえず、後は俺たちに……」
久遠さんが駆け寄ろうとした、その時だった。
崩れた廃材と、ひしゃげた車両の陰から、地獄の底を這いずるような咆哮が響いた。
「死ねぇぇぇぇぇ! クソガキィィィィィ!」
「……は?」
嘘だろ。
必殺の一撃をまともに食らって、まだ立ち上がるのか。
想定外にもほどがある。
砂埃が揺れ、その向こうからイスカの姿が現れた。
衣服は破れ、身体のあちこちが損傷している。
切れた皮膚の隙間から機械じみたものが見えていた。
先ほどまでの無機質な表情は消え失せ、むき出しの憎悪がその顔を歪めている。
眼差しは、目の前の俺だけを殺すことに向けられていた。
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